あたしメリーさん。いま異世界にいるの……。

佐崎 一路

第1話 あたしメリーさん。いま異世界にいるの……。

 どうにか四次死亡……もとい志望の大学へ滑り込むことに成功した俺は、この春から晴れて東北の田舎から上京をして一人暮らしを始めることになった。


 まあ大学のキャンパスは都内だとはいえ、俺が借りられたアパートは荒川を渡った先の埼玉なんだが、関東=東京=シャレオツと認識している田舎者カッペには大して違いはない。


 で、荷物を運びこんで、あと心配してついてきた親父やお袋が――「宝塚観て、帰りに銀座で買い物して土産買うわ」と、本当に心配してきたのかと疑問に思うような餞別の言葉を残して――帰って行ったその晩。雑然とした中でベッドとテレビだけセットして部屋の中で、さて晩飯どうするべえか?

 面倒なので持ってきたカップ麺でも食うか、探検がてら近所の食い物屋にでも行ってみるか……と思っていたところで、不意に尻ポケットに入れていたスマホに着信があった。


 番号を見ても見覚えがない。

 さては何かのセールスか。詐欺か。都会は怖いところだっていうからな。下手に出るとろくなことにならないだろう。

 そう思ってそのまま放置していたが、一向に着信が止まらない。


 五分……十分……十五分……。

 あ~~~っ、鬱陶しい! 面倒臭くなった俺は電話に出た。


「はいっ! もしも――」


 怒気をはらんだ俺の声に応えたのは、どこか硬質な響きのある幼い女の子の声だった。

『もしもし。あたしメリーさん。いまゴミ捨て場にいるの……』

「……はあ~~?」

『あたしメリーさん。あなたが捨てたお人形よ』

 続いてクスクスと不気味に響く含み笑いを前にして、俺は卒然と思い出した。


 〝人形のメリーさん”。いつの頃からかうちにあった外国の少女を象った人形のことだ。そして、俺が上京するのにあたって、荷物の整理ついでに捨ててしまった人形のことである。

 つまり――。


 俺は慌てて通話を切った。

 途端、静寂が戻ったアパートの薄い壁越しに、同じ大学生らしい隣の部屋の騒ぎが聞こえてくる。


『イッキ、イッキッ!! 業〇スーパーのマヨネーズ(1㎏)イッキッ!!』

『おおおおおおおおお~~~っ!!!!』


 ……東京は怖いところだな。と、色々な意味で冷や汗が止まらない。


 まさか引っ越したその日に、自宅でのゴミ出しの状況とか把握されて悪戯電話がかかってくるなんて。東京では個人情報が駄々洩れだから気をつけな、といっていた婆ちゃんの心配は本当だったのか……。


 とりあえず下手に出歩かない方がいいだろう。今日のところはカップ麺で……と、準備を始めたところで、再度スマホに着信があった。またさっきの番号である。


 面倒臭いがきっちり〆ておかないとマズいだろう。

 そう思って通話にしたところ――。

『あたしメリーさん。いま駅にいるの……』

「間もあってますっ!」


 何か電車の音とプラットホームの喧騒が背後から聞こえた気がした。

 まったくご苦労なことである。わざわざ移動しながらセールスの電話を掛けてくるなんて。


 とはいえ、ビシッと断ったからもう電話を掛けてくることもないだろう。そう思いながら湯沸かしを探して、荷物の梱包を解く俺だった。

 と・こ・ろ・が――。


『あたしメリーさん。いま電車で浜吉田にいるの……』

『あたしメリーさん。いま駒ヶ嶺にいるの……』

『あたしメリーさん。いま原ノ町にいるの。土産物で萩〇月売ってたわ……』

『あたしメリーさん。いま浪江にいるの。D〇SH村ってこの辺りよね……』

『あたしメリーさん。いま富岡にいるの。そういえば除染大丈夫かしら……?』


 いちいち駅ごとに位置情報を連絡してくるなっ!

 つーか、鈍行か!? 新幹線かせめて特急を使え、あとなんで常磐線なんだ!? 東北本線の方が早いだろう、こらっ!!


 そう突っ込んでも返事はない。


『あたしメリーさん。いま四ツ倉にいるの。海が見えるわ。海はいいわね……』


 ただ単に海が見たかっただけか、おいっ!!

 どちらにせよこのペースだとこっち来るまでに七~八時間掛かりそうだ。付き合いきれんわ。

 俺はスマホの電源を落とした。


 隣の部屋のどんちゃん騒ぎは佳境のようで、何やら隠し芸大会へ発展しているようである。

『九番、UFO召喚の踊りを踊ります!』

『おおお~~~~~~っ!!!』

『『『ベントラ、ベントラ、スペースピープル! ベントラ、ベントラ、スペースピープル!』』』


 ……都会人は暇なんだなぁ。と思いながら布団をかぶって眠りにつくのだった。


 さて、田舎者の朝は早い。太陽が昇る前、だいたい今の時期なら四時半くらいに目が覚める。

 そのうち都会のリズムに慣れるのだろうけど――どーでもいいけど、なんで東京の人間ってあんなに歩くのが早いんだろうか? 時間に追い詰められているのかねえ――いつもの時間に目を覚ました俺は、念のためにスマホを付けてみたところ、案の定どえらい数の着信履歴があった。

 つーか、いま現在も着信があるんだけど――はあ~……。


「……はい、もしもーし」

『あたしメリーさん。いま東京駅にいるの……』

「ふーん」

 鼻をほじりながらそう相槌を打つと、自称メリーさんが黙りこくった。

『…………』

「要件がないなら切るぞ」

『――待って! あなた東京にいるんじゃないの?』


 ああ、こいつも東京の大学=東京にいると勘違いしてるんだなー。これだから田舎者は。と、都会デビュー二日目の俺は大いに留飲を下げながら優越感に浸っていたのだが、そこでふと気が付いた。


「……つーか、もしかして家まで来る気か!?」

『あたしメリーさん。そうよ。住所を教えなさい』


 うわっ、マジですか! ストーカーですか!? 怖っ!!

 警察に通報したほうがいいかな~。でも男が(多分)女の子にストーキングされていたとか、警察が取り合ってくれるかな。くれなさそうな気がするな~。爺ちゃんが都会の警察官は無能でおまけに怠惰で事件があっても面倒なので見ないふりするから信用するな、って言ってたしな。


『あたしメリーさん。ほら、早く! 早くしてよ!』

「…………」


 なんだろ。女の子の切迫した声で「はやくはやく!」と、急き立てられるとおかしな気分になるな。――って、これが噂に聞くハニートラップ!? び、美人局びじんきょく(※『つつもたせ』です)。

 あ、危ないところだった。だがバカ田大学とはいえ大学生になった俺に隙はない。

 即座に相手の意図を看破した俺は、

「……あ~。わかったわかった。俺のアパートの住所は、東京都千代田区一丁目一番地の一だ」

『あたしメリーさん。いまからそこへ乗り込むわ……』


 満足げなメリーさんが、何かの金属――具体的には出刃包丁――を交差させたような、禍々しくも澄んだ音をこちらに向かって聞こえよがしに響かせながら電話を切った。


「…………」

 大丈夫かね。まさか本当にいまの住所――皇居に出刃包丁持って侵入するつもりなんじゃ。いやいや、どんなアホの子でも御堀の辺りで気が付くだろう。


 と、思ったところで。なんで俺が心配せにゃならんのだと思い直して、朝食は外で食べて気分転換を図ることにした。


 三時間後――。

 今度はメリーさんとも違う番号から電話が掛かってきた。


『――あ~、もしもし。こちら皇宮警察ですが。妹さんが出刃包丁を持って皇居正門を押し入ろうとしたので確保したのですが……駄目だよ、お兄さん。妹さんに変な嘘を吹き込んじゃ!』


 刹那、さっき散歩がてら見つけた店で食べた○亀製麺のウドンが逆流しかける(なんと都会では七時半から営業だったのだ!)。


「いやいや、その子俺の妹でもなんでもないんです! ただちょっと頭の弱い子でして!」

 必死に否定をするするんだけれども、皇宮警察を名乗るおっさんは最後まで疑いの口調を崩さない。

『とにかく君を身元引受人に指定しているんだから、来てくれないと困るんだけれどね! ったく、早朝だったからよかったようなものの、こんなことがマスコミに公になったらどうなることか。今回は子供の悪戯ということで内内に処理をするけどね!』

『あたしメリーさん。お兄ちゃんの住所を教えてもらえればひとりで行けるわ』

 その向こう側で殊勝な声を出しているメリーさん。

『……ったく。じゃあ君の住所を控えるからいまから言って。言っておくけど、嘘をついたら罪になるし、調べようと思えばすぐにわかることなんだよ?』


 ぐぬぬぬぬ……。

 思わず歯噛みする俺には、警官の後ろでほくそ笑むメリーさんの姿が、まるでその場にいるかのように幻視して見えたのだった。


 三十分後――。


『あたしメリーさん。面倒だから埼玉までタクシーで行くの……』

 そう言って「ふっふっふっ……」と勝利を確信した笑みを付け加える。


「――ちっ!」

 思わず舌打ちする。

 スマホで千代田区からここまでのルートを計測したところ。三十~四十分もあれば着けるとある。意外と近いな。田舎だったら自転車チャリで通える距離だ。


 そして四十分後――。

『あたしメリーさん。いまアパートが見える角のゲッキョク駐車場にいるの……』

月極つきぎめ! な?」

『…………』

「…………」

『ちょ、ちょっとテンパっただけなの。そういう読み方もあるの知ってるもん……』


 きまり悪げな口調で乱暴に通話を切るメリーさん。

 それとほぼ同時に隣の部屋の住人と、泊まり込んでいた仲間たちが起きだしたらしく、騒々しくアパートの階段を下りていく様子が伝わってきた。


『よ~し。朝飯前の起き掛けに神様に祈りをささげて、今日もさっぱりするぞ~~っ!』

『『『『おおおおおおお~~ッッッ!!!!!』』』』

 

 都会人も意外と信心深いところがあるんだなぁ。

 朝っぱら神棚と仏壇に拝んでいた田舎の婆ちゃんを思い出して感慨に浸る間もなく――。

『あたしメリーさん。いまあなたのアパートの前にいるの……』

 という連絡が入ってきた。


 同時に――。

『『『『『ルルイエふんぐるいの館にてむるぐうなふ死せるくとぅるうクトゥルフるるいえ夢見るままにうがふなぐる待ちいたりふたぐん! 我は飢えたりいあ・いあ! 神の与え給う恵みにくとぅるー・ふたぐん!』』』』』

 アパートの前から変な祈りの言葉が聞こえてきた。


『あたしメリーさん。なにこれ……?』

「都会の習慣だろう気にするな」

『都会人って朝から黒頭巾をかぶって、地面に魔法陣を描いてアクロ語唱えるの……?』

「あふろ語? すまん。俺外国語はサッパリなんだ」


 大学では第二外国語は面倒のない中国語にしようかと思っているくらいで、受験用の英語ですらギリギリの状態だったので、第三国の言葉を尋ねられても答えようがない。


『あたしメリーさん。いえ、そういうことじゃなくて……』

 と、メリーさんからの通話に覆いかぶさるようにして、電話の中と外から扉越しに隣人たちの声が響いてきた。


『おお~~っ!! 見よ! あれなる金髪幼女を邪神様の生贄に奉げるのだ!! 一同、念を込めろっ!!!』

『『『『我は飢えたりいあ・いあ!! 神の与え給う恵みにくとぅるー・ふたぐん!!』』』』』


 ヒートアップする唱和から逃れるようにして、小柄な子供が大急ぎで階段を駆け上がってくる音がする。

 がんばれメリーさん!


『はあはあ……わ、わたしメリーさん。いまあなたの部屋の外にいるの……』


 肩で息をしているメリーさん。

 昨晩から鬱陶しく思って確執もあったけれど、一晩経って落ち着いてみれば、なんとなく『はじめてのおつかい』をやり遂げた子供を祝福するような、そんな優しい気持ちになっている自分がいた。


 まあせっかく来たんだからジュースの一本ぐらい飲ませてやろう。

 そう思って一人用の冷蔵庫からペットボトルのジュースを出して、

「わかったわかった。ちょっと待ってろ。――ほい、お待たせ~」

 一応チェーンを掛けたまま玄関のドアを開けた――刹那。


『『『『『我は飢えたりいあ・いあ!! 神の与え給う恵みにくとぅるー・ふたぐん!!!』』』』』』


 佳境に入った祈りの言葉とともに、一瞬目の前に光が走った……ような気がしたけれど、やっぱり気のせいだったみたいで、目をこすってみても代わり映えしない日常がそこには転がっているだけだった。

 あとついでに扉の外には誰もいない。


『うお~~っ! やったぞ! 我らが神の元へ生贄が届いたぞっ!!』

 外では昨日の酒が抜けていないのか、隣の大学生らしく一団が喝采を叫んでいる。


 う~~む、やはり誰かのいたずらだったかと思って扉を閉めた直後、またもやスマホにメリーさんから通知があった。


『あたしメリーさん。いま異世界にいるの……』

「…………」

 天丼ネタもしつこすぎると飽きるな。

 そう思いながら俺は無言で通話を切った。


 すぐさままたバイブが鳴るスマホ。

「おい、いい加減に――」

『あたしメリーさん。本当よ!! いきなり目の前の光景がババーッと変わって、いま森の中にいるの……』

「ふーん(鼻ほじほじ)」

『角の生えたウサギが跳ねて行ったと思ったら、緑色の怖い顔をしたメリーさんと同じくらいの背丈のコビトが、石のトンカチで叩いて殺して生で食べてるの……!』

「ああ、それ多分ゴブリンだわ」


 異世界の定番ですな。

 しかし今度はそういう路線変更できたか。まあまだ大学も始まらないので、暇つぶしに付き合うか。


「ステータスはどうなってるわけ? 『ステータス・オープン』って唱えて自分のステータスを確認してみそ」

『え? あたしメリーさん。ス、ステータス・オープン? ――きゃっ! なんだか透明な画面が空中に出てきたわ……』


 メリーさんもノリノリだな~。


「なんて書いてある?」

『あたしメリーさん。えーと……。

 ・メリーさん 呪い人形(女) Lv1

 ・HP:5 MP:24 SP:7

 ・筋力:3 知能:2 耐久:4  精神:10 敏捷:5 幸運:-29 

 ・スキル:霊界通信。無限出刃包丁

 ・装備:布のドレス。エナメルの靴。出刃包丁(×3)』


 うむ。予想通り知能が低い。アホの子だわ。

「つーか、まだ出刃包丁持ってたのか。てっきり全部取り上げられたものかと思ってたんだけど」

『あたしメリーさん。女には秘密の隠し場所がいっぱいあるの……』

「はいはい。じゃあとりあえずゴブリンぶっ殺してレベル上げしよう。ゴブリンは一匹だけ?」

『あたしメリーさん。見える範囲では一匹だけなの。背中を向けてウサギを食べてるの……』

「なら好都合。そのまま背中からブスリ刺せばレベルアップだ」

『あたしメリーさん。そうすれば帰れるの……?』

「そうそう。そうやってレベル上げすれば、いずれどうにかなると相場が決まっているもんだ」


 漫画かラノベだったらね。


『あたしメリーさん。わかったの。レベルをあげて元の世界に戻ってあなたの寝首を掻くの……』

「おー、頑張れよ。ああ、体格が同じくらいの相手を殺る場合は、下手に切りつけようとしないで、893の鉄砲玉と同じように腰だめに両手で出刃包丁を構えて、体ごとぶつかっていく勢いでないと一撃必殺とはいかないからな」

『あたしメリーさん。じゃあ殺ってくるの……!』

「おーっ。きっちり命殺タマとってくれば、メリーさんも一人前の極道……じゃなかった、冒険者だ!」


 声援を受けてメリーさんが颯爽と駆け出す足音がスマホ越しに響いてきた。


『あたしメリーさん。食らえ――なの……!』

 同時にやたら生々しい肉を切り裂く音と、聞くに堪えない濁った絶叫が聞こえてくる。

『くっ……しぶといの!? この……この……きゃああああっ! 痛たた……こん畜生なの!!』

 結構てこずっているらしい状況がリアルタイムで聞こえてくる。


 そういえば荷物の整理がまだ途中だったなあ。

 思い出した俺はスマホを充電しつつ、メリーさんの奮戦の様子をBGM代わりに、段ボールに入った荷物の整理を始めるのだった。

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