雪上の競技会 その3

「いける、おまえならいけるぞ、気合いだ気合いだ!」


「お姉ちゃんがんばれ!」


「有り金全部賭けてんだ、必ず勝ってくれよ!」


 広場の中央のスタート地点に集まった女性出場者たちに、観客から熱い声援が贈られる。


 声援に応えてスマイルとともに手を振る選手もいればじっと固まって精神を研ぎ澄ませている選手もいるが、いずれも勝利を目指して燃えていることに変わりは無い。


 スキーは男女関係なしにこの雪国で生きていくには必須のスキルだ。よって見世物の意味合いも強かったコッホ伯爵領の女性種目とは違い、この都ではスキーの熟達度合いは死活問題であり、男女問わず名人は尊敬を集められる。


 そういった背景もあって、全力本気の、いわばガチの競技会が女性でも開かれているのだ。


 コウジ達もスタート地点からほど近い位置に立ってサタリーナを見守る。


 前回準優勝という実績に加えて優れたルックスを兼ね備えた彼女は人気も高く、名指しで声援を送るファンも多い。先頭一列目と良い位置をあてがわれ、コース脇の観客に手を振ってアピールするサタリーナは可愛らしくも頼もしく見えた。


「サタリーナ様、ファイトですよ!」


 ナコマが仕切りのロープから身を乗り出して応援すると、それに気付いてサタリーナはにかっと笑いながらこちらにも手を振る。コウジも手を振り返し、侯爵令嬢の勇ましい姿を目に焼き付けた。


 いよいよスタートの合図が鳴らされる。


 今までざわついていた観客も選手も、皆一様に静まり返る。街全体の時間が止まり、ただ空から降り下りる雪だけが動いていた。


「用意……」


 赤色の旗を持ったスタッフの声とともに選手全員がストックを強く握る。ぎぎっという音が観客の耳にも届いた。


「スタート!」


 スタッフが旗を振り上げ、同時に何十もの選手たちが一斉にスタートを切る。


 踏み固められた雪の上をスキー板が滑り、二本の筋を残す。後続の選手達はまるでその上をなぞるようにしながら、スキー板を雪の溝にはめ込んでストックを懸命に動かし前に進む。


 応援の声も一際大きくなり、凍り付く寒さの中、マラソン大会にも劣らぬ熱気が街を駆け巡る。


 コウジ達もすれ違いざまにサタリーナを応援するが、レースが始まった途端に彼女の表情は一変し、観客の声などまるで耳に入っていない様子だった。


 選手の集団はあっという間に広場を抜け、雪の敷き詰められた大通りへと向かう。この後、都の各地をぐるっと一周して近くの丘を越え、ようやくこの広場へと戻って来るらしい。例年なら一番の選手が帰って来るまで1時間ほどだという。


 この寒さの中待つのはきついな。コウジが先回りして観戦場所を移そうと動き出した。


 その時、他の観客が一斉にハイテンションな歓声を上げ始めたのでふと立ち止まる。


「みなさん、今年もいよいよスキー大会が開催されましたね!」


 魔族の女性だ。広場の隅に作られた巨大な雪壁、その脇に設けられた特設の舞台に上がり、白い雪の中真っ黒の防寒具を着込んだ女性が高らかに話している。


「そんなスキー大会の様子は私、魔女マリットが皆様にお知らせします。さあ、選手たちは今どうなっているのでしょうか?」


 コウジのよく知る魔女カイエと違い、こちらは非常に恵まれた体つきで色っぽい声の持ち主だ。男性観客たちが競技以上にテンションを上げるのも納得できる。


 そんな魔女マリットが雪壁に手を触れ、「んっ」と艶かしく力を込める。途端、その手を中心に白一色の壁に様々な色彩が波紋のように広がり、同じ色同士が集まって形を作る。


 コウジたちは驚きのあまり言葉も出なかった。


 魔女の力により雪は巨大なスクリーンとなって、スキーで駆ける選手たちを映し出したのだ。


 家々に挟まれた大通りをすいすいと滑り、坂道ではストックを突きながら歩く。


 音声までは聞こえないものの、その懸命な姿に観客は割れんばかりの歓声を上げる。いわば魔法のパブリックビューイングだ。


「すごい、王都でもこんな魔術を使う方は見たことがありません」


 バレンティナが漏らすと、護衛の兵士が得意気に話す。


「あの魔術は魔女マリット様が独自に開発したものです。競技会で観客に選手の様子を伝えられないかと考案したのが始まりで、今年で3年目です。コースの各所に水晶を持った魔術師が立ち、それに映り込んだ景色を雪壁に映し出しているのです」


 さしずめ魔術師はカメラマンでマリットは映写技師といったところか。


 人間が科学を用いて達成した技術を、この世界では魔術をもって実現しつつある。


 それにしてもその目的が軍事でも外交でもなく、スポーツ中継とは。コウジもくすりと笑えてしまう。


 そんな広場の観客の声援を直接耳にすることは無いものの、雪壁に映し出された選手たちは激しいデッドヒートを繰り広げていた。


 隣の選手より1秒でも速く、互いに譲らず全力でスキーを進めるふたり。一方で後半の巻き返しを図ってか、落ち着いた滑りで集団の後方にぴったりととつける慎重派。滑り方も作戦もそれぞれだ。


 意図的な接触は当然禁じられている。だが実際にこのような複数の選手が同時にコース上を走る競技は位置取りが重要なために頻繁に接触は起こる。


 先程から何度もスキー板やストックが他の選手に触れたり、勢い余って転倒し、その後ろを走っていた選手を巻き込むようなシーンが映されている。


 そんな白熱したレースは四人の先頭集団が引っ張っていた。いずれも毎年上位に食い込む強豪ばかり、そしてその内ひとりの顔を見てコウジたちは沸き立つ。


「サタリーナ様だ!」


 帽子と毛皮の防寒着の隙間から覗くくりっと丸い青色の瞳。侯爵令嬢サタリーナは見事なストック捌きと無駄の無い滑りで息を乱すこと無くトップグループに割り込んでいた。


 入れ替わり立ち替わり先頭を走る選手が変わるものの、まだ勝負に出る時ではないと判断してか一気に飛び出す者はいない。


「サタリーナ……頑張って!」


 バレンティナが両手を絡め祈るように応援する。ちょうど下り坂に差し掛かった先頭集団は全員、白い雪の粉を巻き上げて疾走した。


 彼女たちはついに都を囲む城壁を抜けた。これから勝負の舞台は針葉樹茂るU字谷の裾野へと移されるのだ。

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