雪上の競技会 その4
なだらかな起伏の連続する雪原を駆ける先頭集団の4人は、市街地と違い吹き荒れる風を直に受けてもなおスピードを落とすことは無かった。
既に後続とは大差がついている。このまま何もなければこの中の誰かが優勝するのは明白だ。
「ここからしばらくは上り坂ですが、それを越えればゴールまではほとんど下り坂です」
親切にも隣に立つ衛兵が教えてくれた。時間からして折り返し地点は過ぎている。スパートをかけるのはこれからだろう。
雪の中でも緑の葉を晒す針葉樹林に拓かれた上り坂を四人は登り続ける。さすがの達人でもこの坂はしんどいようで、荒い息遣いが画面越しに聞こえてきそうだ。
サタリーナは現在2位。とはいえ先頭のすぐ後ろを張り付くようにキープしているので、いつでも追い抜く準備は万端だ。
そして長い膠着状態にあった試合も、ここにきてようやく変化を見せる。
集団の最後尾にいた選手がどんどんと遅れ始め、いつの間にか上位3名と大きく差が開いてしまった。
ちらりと後ろを見た3位の選手は好機ととらえたのか、上り坂にも関わらず足の回転を高めて一気に追い上げる。
サタリーナ含む先頭2名はすかさず反応した。一瞬でスピードを高め、互いに追い抜き追い越されを繰り返す。
少しでも良い位置取りを。雪上の熱戦に観客は大いに沸いた。
「サタリーナ、そこですよ!」
バレンティナも顔を真っ赤にして応援する。こう熱くなる姿を見るのはコウジも始めてだ。
ついに長い上り坂を終え、選手たちはいよいよ最後の下り坂に差し掛かる。勝負どころだ。
3人が一塊となって雪の粉を巻き上げて滑り降りる。これまでのスピードとは段違いで、撮影係の魔法使いも間に合わないのか、画面がころころと切り替わる。スキーマラソンというよりアルペンスキーの滑降を見ているような気分だ。
ただ滑り降りるだけも地力の差は出るもので、先ほどまで勢いよく飛ばしていた3位の選手が徐々に遅れていく。
だが一度スピードの乗った先頭ふたりはもう止まらない。ただ前のみを見つめてストックを巧みに操作し坂を駆け下りる。
林道、雪原をあっという間に突き抜け、ふたりは並んだまま市街地へと戻ってきたのだった。
ここから先の道はほとんど平坦だ。坂で乗ったスピードそのままに狭い路地を抜け、観客に見守られながら互いに競り合う。
いよいよ最後の曲がり角。広場の観客はすでに大声援でふたりを迎えていた。
「あ、見えました! サタリーナ様は……2番目です!」
観衆の中でジャンプをしながらナコマが伝える。
両脇を大勢の人々で埋め尽くされた広場の大通りを、サタリーナは先頭の選手のすぐ斜め後ろを走っていた。このまま最後の直線で抜かせば優勝だ。
「今だ、とばせ!」
「逃げ切れ、あんたに全財産賭けてんだ!」
応援にも熱が入り、地震が起きたかのように空気も揺れる。その中をふたりは全身全霊の力を振り絞っていた。既にスタミナは限界を超えているのだろう、ふたりとも肩で息をして口を閉じる余裕も無い。
だがそれでもふたりのスピードは落ちるどころか、ゴール目指してさらに加速するのだった。
その時、ほぼ横に並んだふたりのスキー板が重なりあう。
通常ならばよくあることで姿勢を正して元に戻れただろう。だが今のふたりにはそんな余力は残されていなかった。
揃って前のめりに倒れ、勢いそのままに雪の上を滑る。広場にどよめきがわき起こり、コウジたちも「ああっ」と言葉をあげた。
「サタリーナ! 無事ですか!?」
バレンティナが前に一歩踏み出し、護衛の衛兵に遮った。
ゴールを目前に雪の上に倒れ込んだふたりだが、まだレースは終わっていない。3位とも大きく差のついた今、先に立ち上がった方が優勝だ。
「ま、負けないわ!」
サタリーナは白い雪に手をつくと、残された力をすべて腕に集めて上半身を起こした。そして声援を後押しにスキー板で立ち上がると、ストックを突いて再び前に進むのだった。
相手選手も急いで立ち上がる。だがすでにサタリーナはゴールラインを割っており、観客も今年の新たなチャンピオンを祝福していたのだった。
「やった、やったわサタリーナ!」
バレンティナが目頭を擦る。友人の栄誉を我が身のように感じ入っていた。
「サタリーナ様すごいです!」
「よっしゃあ、ようやくあの姉ちゃんが優勝したぜ!」
「俺の全財産がぁぁぁぁぁぁ!」
一部を除き大歓声に包まれた広場。サタリーナは観客にニコッと笑顔を送ると、その場にへなへなと腰を落とす。
男子の部も終了し、表彰式も無事に終わる。都最大の競技会は今年もようやく終わったのだった。
「サタリーナ、おめでとう!」
サタリーナの別荘で催された夕食は優勝を祝っての豪華なものだった。冬の海の幸とチーズ、保存されていた燻製肉をふんだんに使った最高級のディナーだ。
「バレンティナありがとう! みんなも応援ありがとうね!」
バレンティナだけでなくコウジとナコマにも笑顔を贈るサタリーナ。高貴な身分にも関わらず人を選ばないこの明朗さには好感が持てる。
「サタリーナ様ほどのスキー技術は私の元いた世界でも滅多に身に付きません。オリンピックでも金メダルが狙えます」
「当たり前よ。この日のためにずっと特訓していたんだもの。ところで、オリンピックて何かしら?」
「コウジ様の世界の競技会だそうです。4年に一回、いろんな種目の選手が集まり競い合うようです」
「金メダルは優勝者に贈られる最高の栄誉、そうでしたよね?」
ナコマとバレンティナの補足にコウジは「ええ」と頷いた。
「世界中ですって? 私はこの都だけの大会の優勝者って考えると、まだまだね。私もその大会に出て、もっと強い人たちと競ってみたいわ」
「ニケ王国のビキラ国王は大陸全土を巻き込んだ競技会の開催を望んでおられます。私はそのためにスポーツ振興官に任命され、この国にやって来たのです」
コウジもやや得意気に話すと、サタリーナの表情はさらに明るくなった。
「まあ、それは楽しみだわ! そういえば競技場の新設にも関わっているみたいね。その日までまた特訓して待たなきゃね!」
「ええ、コウジ殿には期待しなきゃね。ところでサタリーナ、足は平気?」
バレンティナがちらっと友人の足に目を移す。彼女の右足には痛々しくも木の棒が添えられ、がっちりと固定されていたのだった。
「ええ、曲げると痛いけど、軽い打撲ですって。すぐ良くなるわ」
明るく笑うサタリーナに、バレンティナは心配の眼差しを向けつつもそれ以上深くは尋ねられなかった。
夕食を終えて王城に帰り、コウジとナコマはすぐに床についた。
翌朝、昨日の喧騒が信じられないほどに都は静かな日の出を迎える。
コウジも身だしなみを整え朝食をいただきに冷え込む城の廊下を歩いていた。至って普通の朝だった。
だが事は既に起こっていた。衛兵が駆けつけ、コウジにと一枚の紙を手渡す。
それはバレンティナからの伝言だった。サタリーナの容態が急変した、と。
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