雪上の競技会 その1

「バレンティナとはニケ王国に行った時に知り合って、そのまま意気投合しちゃったの。で、是非遊びに来てねってホルコーレンに招いたのよ」


 湖畔のカフェの一室を貸し切りコーヒーを囲むコウジたちとバレンティナ、そして金髪碧眼の女性。


 歳はバレンティナと同じほどで彼女に劣らぬ高貴な身なりだが、くりっと丸い目は好奇心に富み、肩にかかる程度で短めに切りそろえた髪のおかげでより活動的な印象を受ける。


 彼女はニケ王国のイーガン侯爵の娘、サタリーナだ。あのデイリー公子が話した、新たな許嫁である。


 王都にて行われた競技会の開会式の後、イーガン侯爵一家は領地として参加はしていなかったものの次回からの参加を踏まえて視察に訪れていた。


 その際に婚約者のデイリー公子と出会い、さらに居合わせたバレンティナとも食事の席を設けたらしい。同世代の女の子ということもあり、バレンティナとサタリーナはすぐに打ち解けてしまった。


 ヘスティ王家の血を引き、現国王とも強いパイプを持つ侯爵家は冬になるとホルコーレンに所有する別荘へと移り、雪の絶景とスキーを楽しむのが慣例となっている。


 今回はサタリーナの友人としてバレンティナも同行し、慣れない豪雪と厳寒を楽しんでいるようだ。


「コウジ殿がヘスティ王国に招かれることはお聞きしていましたが、まさか昨日来られて今日出会えるとは、不思議な縁ですね」


 縁、と言われてコウジはどきっとしたが、確かにコウジはバレンティナに引き立てられたおかげで今の地位を得られたのだ。運命が実在するにせよしないにせよ、特別な存在であることに変わりは無い。


「バレンティナ殿もこの国は初めてですかな?」


 外交官が尋ねると、バレンティナは「ええ」と頷いた。


「領地では雪は降ってもこれほどは積もりません。湖の氷も人が乗れるほど厚くなりませんし、何もかもが新鮮です」


「その割りにはスケートもスキーもすぐにうまくなったじゃない。本当に初めてなの?」


 サタリーナが横やりを入れ、バレンティナは苦笑いした。


「バレンティナ様すごいです。コウジ様はついさっきも子供に笑われていたというのに」


 ナコマがそう言うとコウジは苦笑いをしつつも彼女を睨みつけた。


 最近この使用人は主を弄る楽しみを覚えたようだ。他人にコウジを馬鹿にされるのは許さないが、自分は問題無いらしい。


「あら、コウジさんはスケートは苦手? よかったら私が手取り足取り教えてあげましょうか?」


 サタリーナがにやつきながら意味深に指を動かす。正直あまり行儀のよろしいものではないが、不思議とこの娘ならなんだか許せるような気もした。


「ちょっと、コウジ殿が困ってらっしゃるわ」


 バレンティナがサタリーナの手をつかむが、その頬は少しばかり紅潮していた。


 バレンティナとは180度違うこんなお転婆と結婚するとなれば、デイリー公子も大変だろうな。


「ところでバレンティナ様、いつ頃までここにおられるのですか?」


 ナコマが尋ねると、バレンティナは慌てて話題を変えるように答えた。


「そうね、あと1か月くらいかしら」


「バレンティナには私が優勝するところを見てもらいたいからね」


 胸を張って言い放つサタリーナに、コウジは首を傾げる。


「サタリーナはこの都のスキー大会で毎年上位に入っているそうですよ」


 察してバレンティナが補足する。ブローテン外交官も「おお」と何かを思い出したように口を開いた。


「そうでした、あなたのお顔どこかでお見かけしたと思っていたのですが、確か毎年スキー大会に出ておられていますね。去年は準優勝だったかと」


「そう! 今年こそは優勝してやるんだから」


 そう言ってサタリーナは意気込んだ。活発な印象もその実績を聞けば頷ける。


 聞けばこのスキー大会は男女別で行われ、ここ数年サタリーナは毎回女子の優勝争いに食い込んでいるそうだ。


 優勝経験はまだ無いが、強者ぞろいのヘスティ王国民を差し置いて外国人の彼女が上位に入るのは珍しい。その麗しい外見も加わって男性観客からは毎年凄まじい歓声を受けるそうだ。


「毎朝山までスキーを走らせて特訓中よ。どう、コウジさんも来ない?」


「いえ、ご遠慮しておきます。仕事もありますし」


 そもそもそこまでの体力も無いしな。




 昨夜は外交官の屋敷に泊まったが、今日からは王城の一室を借りてしばらくの間そこで生活する。食事も準備してくれるので大変助かる。


「明日は体育館の視察か。床の材質もちゃんとボールが反発するか調べないとな」


 蝋燭の灯りを頼りに今後のスケジュールを確認する。日が沈むのが早いこの国では、どうしても夜更かししてしまう。


「コウジ様、いつまで起きているのですか?」


 巨大なベッドの上ではナコマが目をこすりながら欠伸をしている。


 またしてもベッドがひとつしか用意されていなかったが、このパターンにもすっかり慣れてしまった。二人いっしょに大の字で寝られるほど大きいのだからもういいや、と完全に順応したのだった。


「ここには仕事で来ているんだからね。ビキラ国王陛下のご意向に沿うためにも、ちゃんと競技のできる環境をこの国にも作らないと。サッカーとベースボールのできる競技場も新設するらしいから、その会議にも出ないと。あ、それに」


 膨大な書類を前にぶつぶつと呟くコウジの背中を見ながら、ナコマは口を尖らせる。


 それに気づいたコウジはふっと笑みを浮かべてこう言うのだった。 


「そうそう、事前に平均台とか鉄棒の設計図は送っておいたから、明日は体育館で器械体操もできるはずだよ」


 それを聞いてナコマは耳をピンと立て、重い瞼もたちまち見開くのだった。


「本当ですか!? やったあ、久しぶりに私も本領発揮できます!」


 ナコマはそう言うと布団に潜り込み、本当に一瞬で眠りについてしまったのだった。よほど楽しみなのだろう、興奮して眠れないどころかコンディションを最高に持っていくとは。


 さあ、僕もそろそろ寝るか。コウジはすっかり文字で埋まったメモ帳を閉じた。

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