かつてない競技会を その2

 競技場を埋め尽くす大観衆の前で演説を終えたビキラ国王に惜しげない拍手が贈られる。


 夏の盛りを過ぎて涼しい風も感じるこの時期は、スポーツをするに相応しい季節だろう。


 改修されたばかりの王立競技場、そのこけら落としに開催された複数の領地をまたいだ大規模な競技会。その運営にコウジの尽力があったことは言うまでもない。


「コウジ殿、お疲れ様です」


 競技会の一角の関係者専用席に並んで座るコウジは、ブローテン外交官からのいたわりの言葉を受けていた。外交官の家族もすぐ傍に座り、子供たちは選手たちの入場行進に目を輝かせていた。


「コウジ、しばらく見ない間にお前も立派になったな。ここまで大規模な競技会をプロデュースするなんて」


 背後からデイリー公子がコウジを小突くと、その隣のバレンティナもふふっと口に手を当てて笑った。


「アレクサンドルもいつか競技会に出るんだと張り切っております。最近どんどん身体が大きくなってきて、特に格闘技に励んでいるようですよ」


 あの小さかったアレクサンドルがもうそんなに。数ヶ月しか経っていないのに、男の子の成長は思った以上に早い。


 公子とバレンティナ以外にも、関係者席には複数の領地から訪れた代表が座っている。彼らも各領地で選手集めに奔走したこの大会の貢献者だ。コウジは言い表せないほどの感謝の念を彼らに抱いている。


 さらにブローテン外交官をはじめ、クベル大陸の他3国からも外交官が招待されていた。既に国際社会へのデビューは始まっていたのだ。


「コッホ伯爵領代表も入場してきましたわ。あ、マトカも見えます」


 旗手を先頭にして入場する選手たち。領地ごとにおそろいの衣装を着たその列の中に、一際輝く赤毛の少女がいた。マトカもサッカーと女子陸上短距離走の代表として出場するらしい。


 まだまだ女子選手の参加率は低く、全体の一割にも満たない。女子だけで分けられている競技は陸上しか無く、マトカが男ばかりのサッカーに出場できているのは例外中の例外だ。


 なおもう一人、ユキも王都代表としてベースボールに出場する。男子に混じって活躍する女子選手は既にファンも付いているようで、開会式にはユニフォームを着て見に来ている客もちらほらと見られる。


 これからはもっと競技の裾野を広げないとな。入場する選手たちを見つめながら、コウジは襟を正していた。


 そして参加者の中にひときわ大きな体を揺らせて行進する男。巨人のベイルだ。彼はベースボールの四番打者として出場する。


 音楽に合わせていくつも打ち上がる花火。そのふもとにいるであろう魔女カイエは、彼の姿をどう思って見つめているのだろうか。


「そうだコウジ、言い忘れていたことがある」


 デイリー公子が思い出したように言い、コウジは「どんな用事?」と気軽に尋ね返した。


「縁談が決まった。来年の春には挙式する」


 ぶっとコウジが噴き出し、バレンティナも「ええ?」と小さな悲鳴に似た驚きの声を上げた。


「ちょ、ちょっと早すぎない? バレンティナ様との縁談が無くなったのってついこの前だよ!?」


「ああ、あの後いくつもの領地からうちの娘を嫁にと書状が届いてな。色々考えて、イーガン侯爵のご令嬢を迎え入れることとなったのさ」


 公子が軽く言ってのける。


「おめでとうございます公子。イーガン侯爵家といえばヘスティ王家の血も引く名門ではないですか。他国とのつながりもできますし、ファーガソン公爵家もさらに発展を遂げるでしょうね」


 バレンティナも頷いている。


「というわけでコウジ」


 デイリー公子が口に手を添え、コウジの耳に顔を近づける。そして小声で話すのだった。


「お前も立派な貴族だ、バレンティナ様との身分の差も無くなっている。あとは……わかるな?」


「余計なお世話だよ!」


 コウジは顔を真っ赤にして公子の顔を押しのけた。




 連日繰り広げられる白熱した試合に熱狂する王都の片隅、とある高級レストラン。一組だけのために全館貸し切りされるこのレストランは、貴族や大商人でさえも気軽に使うことはできない。


 そんなレストランの一室に集められたのはブッカーはじめいくつもの事業を手掛ける経営者たち。彼らは皆プロスポーツビジネスのために知恵や資金を出し合った者たちだ。その大半は秘密結社ディグニティ・ユニオンのメンバーである。


「皆様、今日はお忙しい中お集まりくださりありがとうございます」


「コウジ、そう堅苦しくなるな。俺たちだってお前には感謝しているんだ」


「はは、ありがとうございます。私の思い付きに皆様が耳を傾けてくださり、惜しみも無い協力をくださったおかげで今日この時を迎えることができました。このクベル大陸の歴史で初めて、スポーツのプロリーグが創設されたのです」


 今日はスポーツのプロリーグを統括する団体、NPSO(ニケ王国プロフェッショナルスポーツ機構)の結成式だ。代表はブッカーだが、多くの実業家が資本を出し合い多くの貴族も関わっている。コウジも顧問として名前が連ねられている。


 来年からはサッカーとベースボールのリーグがスタートする。将来的にはテニスや格闘技などの個人競技でもプロスポーツビジネスの創設を目指している。


 挨拶を終えて人だかりの中に戻ると、コウジの背中をブッカーがばしんと叩く。


「やったな、お前のおかげで停滞していたこの国のビジネスモデルが動き出したぜ」


 白い歯を見せつけて笑うブッカーに、コウジは苦笑いで返した。


「こんなに平和なのにですか?」


「ああ、100年前に蒸気機関の技術を巡って戦争が起こって以来、この世界に技術革新と言えるものは起こっていない。科学技術だけじゃない、文化でも経済でも、革新より保守の声が強くなってしまった。おかげで大きな争いも起こらず社会は安定はしたが、新しい技術や発想を受け入れるのに二の足を踏むようになってしまった。大学で行われている先進的な研究も社会で評価されず、実現できずくすぶっている技術も多くあると聞く。だが」


 ブッカーがぐいっと顔を近づける。


 その近さにコウジは若干引いたものの、これくらい強引な性格が実業家には必要なようだ。


「コウジ、お前はスポーツという誰もが受け入れやすいものを持ち込んできた。スポーツは遊戯からビジネスまで幅が広く、人を惹きつける。今はまだニケ王国だけだが、やがて世界中でプロスポーツ組織が生まれ、発展していくだろう。そして培われた発展の土壌が、新たな技術を受け入れる素地となる」


「そうだ、いいこと言ったぞ!」


 ブッカーの隣に立っていた初老の実業家が小さく拍手を起こす。つられて近くの者も拍手を始め、終いには部屋中の誰もがコウジとブッカーに賛辞を送っていた。


「お前の功績は決してスポーツだけじゃない。社会の発展への大きな一歩を促したんだ」


 喝采の中、ブッカーはコウジの肩に手を置く。


 コウジは目頭にじーんと熱いものを感じながら、ゆっくりと頷いた。

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