初めての冬
朝起きると、見慣れた石畳は真っ白の雪に覆い隠されていた。
「わあ、初雪だ!」
関東育ちのコウジは冬場寒くとも雪を見る機会は少ない。寝間着のまま外套を羽織るとそのまま外に飛び出す。
身体を突き刺すような寒さだ。耳に痛みが走り、白い息もそのまま凍り付いて落ちてしまいそう。
それでもコウジは素手のまま地面に積もった雪を掻くと、冷たさを堪えながら丸めて小さな雪だるまを作ったのだった。
普段雪の降らない地域の人間がいざ雪を見た時のテンションの上がり様は凄まじい。
「コココココウジ様、ななな何をされてるんでしゅかー?」
開けっ放しのドアから出てきたナコマはがくがくと震えていた。頭のとがった耳も今日は丸まっている。
やはり猫の獣人、寒さにはめっぽう弱いらしい。
異世界にやって来て初めての冬だ。秋の競技会の後も仕事に打ち込み続けていれば、いつの間にかこんな季節になってしまった。
ここ数ヶ月は次回の競技会の企画や新設する体育館についてなど次々に仕事が舞い込んできたので、気を休める暇が本当に無かった。
だが今日は違う。つい昨日、バスケットボールにも対応した新設の体育館について建築家のドゥイエ子爵と話をつけたコウジには、もうしばらくの間大きな仕事は無い。
そして明後日から一冬の間、コウジとナコマはこのニケ王国を離れる。
「ココココウジ様、ひひひ冷えますのでしっかりとあたたたたためておきました」
室内だというのにガタガタと震えながら紅茶を注ぐナコマの傍らで、コウジは今朝届いたばかりの手紙を開いていた。
ヘスティ王国のブローテン外交官からだ。出向期間の終わった彼は今故郷に帰って執務に当たっている。ニケ王国でスポーツが発展しつつあることを故郷に報告したところ、国王はじめ多くの高官が興味を示したらしい。
そこでニケ王国と同様ヘスティ王国でもスポーツの普及に当たってほしいと、ビキラ国王を通じて命令が下されたのだった。
ヘスティ王国とニケ王国は隣国同士であり、文化的にも近しいために交流が盛んだ。外交分野での国益も考慮して、コウジをしばらくの間貸し出すことで二国間の同意が得られたらしい。
荷造りも昼間にナコマがやってくれたおかげで万全だ。あとは明後日の出発を待つだけ。
「今の季節は雪が積もってスキーを楽しむ子供で町が溢れかえっているんだってさ」
外交官からの手紙の内容を口にするのを聞いて、ナコマはさらに背中を丸めた。
「これ以上積もるなんて、なぜよりにもよって冬に呼ぶのでしょう」
ナコマはわざとらしくため息を吐く。
機会があればこの娘にもスキーの楽しさを教えてやれないか、そうコウジは画策していた。
「おはようございます、パンを届けに来ました!」
女の子の声とともに呼び鈴が鳴らされる。ユキが来たのだ。
「いやあ道が凍り付いてここに来るまで大変でしたよ。でもご安心を、パンはまったく冷めていません、焼き立てですよ」
出迎えたナコマと朝のガールズトークに興じる彼女は、来年いよいよプロ投手としてデビューする。
パン屋の女主人も娘のように思って接していたユキが表舞台に立つと聞いて「やっぱりあなたはベースボールの神様に愛されていたのよ」と言って送り出したという。パン屋にお世話になるのももうしばらくの間だろう。
そしてマトカにベイルも。彼らも近々プロのスポーツ選手になるのだ。
親しい友人の活躍を嬉しく思うのは当然だが、同時に奇妙な喪失感を感じながら、コウジは朝の紅茶に口をつけたのだった。
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