フットボール狂詩曲 その1

 村対抗の競技会は5勝同士で最後の種目までもつれこんだ。そして最後の種目こそ大会の目玉、フットボールだ。


 各村10人の男が入り乱れてボールを奪い合うというこの競技、コウジはここに来てからその試合を見たことがまだ無い。


 以前アレクサンドルから聞いていた限りではフィールドの端に立てられた各チームの旗がゴールとなり、そこまでボールを運んで下に置いたら1点。先に3点を取ったチームの勝利で、制限時間は無い。


 ボールを扱うのは手でも足でもよい。投げてパスしてもよいが、バウンドなどでボールが地面に着いた時点で相手にボールが渡り、試合再開となる。


 そして何より、ボールを持っていない相手選手への接触は禁じられている。これは裏を返せば、タックルや無理矢理なボール強奪は当たり前という意味だ。蹴ったり殴ったりは禁じられているが、熱中してしまうせいで度々そのルールは破られるらしい。


 かなり穴だらけのルールにも思えるが、ルールブックなどは存在しない。というのもフットボールは地域ごとにルールが異なり、近隣の住民さえルールを共有できれば問題無いからだ。


 世界中でボールを蹴る競技は古代から存在しているが、特にイギリスでは相手陣地にボールを運んで得点を競うスポーツをフットボールと呼んだ。


 ブリテン島各地には異なったルールのフットボールが存在し、祝祭日にはその試合で人々は盛り上がっていたという。


 それらが統一されたのはイングランドにパブリックスクールが普及した19世紀。学校の体育の一環でフットボールを行う際、そのルールを成文化して学生同士が共有し、その後卒業生が各地にルールを広めていったのがきっかけとされる。鉄道が敷かれ地域間の移動も容易になり、地域をまたいでの試合も可能となった時代背景も少なからず影響しているだろう。


 ラグビー校でルールの制定されたフットボールはラグビー・フットボールへと発展し、一方で手の使用を制限したイートン・カレッジのルールがアソシエーション・フットボール、アメリカ英語でサッカーと呼ばれる競技へと発展した。両者は現在、世界中で普及して多くの人々を熱狂させている。


 世界的に有名な『ハリー・ポッター』シリーズに登場する架空のスポーツであるクィディッチもフットボールの一種と言えよう。


 村から選りすぐりの10人とあって、この時の会場は割れんばかりの歓声に包まれていた。魔女カイエも奮発して魔法の花火をバンバン打ち上げている。


 しかし入場を直前に、マラカナ村代表選手たちは深いため息を吐いていた。


「どうしよう、こいつ」


 狼の獣の青年が頭を掻いた。一同は串焼きの屋台を背に丸くなって縮こまる鬼族の青年を見下ろしていた。


「俺は……カッコイイとこ……見せたはず……だよな?」


 うわごとのようにブツブツと呟き続ける青年。目も虚ろで焦点が合っていない。


「すっかりふさぎ込んでるね」


「カッコつけるつもりだったのに、爆笑されたのがショックだったらしい。アホだな」


「そんなあ、これからフットボールの試合だっていうのに、どうするのよ!」


 男たちの中心でマトカが地団駄を踏む。この娘は何も気付いていないなと、男たちは鬼族の青年に同情した。


「とにかく代役、誰でもいいから! 何なら私が出るから」


「女子は無理だよ。ただでさえフットボールは危ないんだ、怪我なんてさせられないよ」


 興奮するマトカを男たちが宥める。そんな彼女の目にふと映り込んだのは、アレクサンドルと並んで串焼きを食べるコウジの姿だった。


「コウジ! 代わりにあなたが出場しなさい!」


 突然大声で名前を呼ばれ、びくっと跳び上がるコウジ。


 振り返るとにっこり笑顔のマトカがずんずんとこちらに迫っている。だが作ったようなその顔が不気味だ。アレクサンドルがコウジの背中に隠れた。


「い、いかがなさいましたか?」


 コウジが尋ねてもマトカは答えない。そして目の前まで近付くと、コウジの腕をがっしとつかむと、そのまま引っ張るのだった。


「な、何するのさ!」


「ひとり使い物にならなくなっちゃったの。というわけであなた、フットボールに出てちょうだい」


「無茶だよ! まだ試合してるところ見たこともないのに!」


「サッカーみたいなものよ、大丈夫、私が保証するわ」


 そんな何のアテにもならない保証、期待できるわけがない。コウジは腕を振り回して抵抗するが、鬼族のマトカの腕力に敵うはずも無く、ずるずると競技場に引きずり出されるのだった。


 いつの間にやら男たちも加勢し、コウジを羽交い締めにしていた。


「もう諦めなって。一緒に楽しもうぜ」


「うちのお嬢様には逆らえねえ、悪く思うな」


 こうしてコウジは思いがけずしてフットボールに参加させられたのだった。

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