白熱! 村Vs村 その4
「うおおおおお! マトカ、頑張れー!」
「応援してるからな、俺が、応援してるからな!」
村中の男たちの咆哮がこだまする。単純な奴らだ。
「ええ、応援よろしくねー!」
そんな男たちに笑顔で答えるマトカだが、この娘は気付いていない。一列に並ぶ他の娘たちが一斉に睨みつけていることを。
彼女らは皆フリルとレースで飾られた豪勢な衣装をまとい、化粧を施しさらに帽子まで被る者もいた。競技でなく、明らかに美女コンテストを目的とした参加だった。皆自分の容姿に揺ぎ無い自信を持っている。
そこにマトカというガサツな娘が現れたのだから、彼女らが不満に思うのは当然だろう。そしてマトカが一番声援をもらっているという現実にも、彼女らは不満を募らせていた。
「さあ麗しいお嬢様方、位置についてください」
審判も心なしか背筋をピンと伸ばし、キリッとしている。
スカートの裾を持ち上げ構える若い娘たちに会場は大いに沸いた。ただひとりマトカだけが腰を低く落としスタートダッシュを狙っていた。
あれだけの才能、放っておくにはもったいないよなぁ。コウジがスカウトだったなら、すぐにでもスポーツ選手に誘っていただろう。
ドラムの合図とともに走り出した女たちと、ぶっちぎるマトカ。大方の予想通りマトカの圧勝だった。
割れんばかりの大声援にマトカは感激しながら観客席に戻る。そんな彼女を一切見ないように、他の女子選手たちは会場を去った。
なお、続く男子大人の部はトップを走っていたマラカナ村代表が転倒というアクシデントのおかげで、またもラフォード村に勝利を奪われてしまった。
午前の部が終わり一旦休憩をはさむ。バレンティナらの昼食のためだ。彼女はテントの中で優雅なランチを楽しんでいる。
「ううーん、このままだと難しいな」
広場に張り出された得点表を見ながら、マトカが唸った。午前が終わった時点で勝利競技数はマラカナ村3、ラフォード村5。
巨人のヤケンとナコマ、マトカの3人以外、徒競走、ボクシング、砲丸投げ、走高跳と負けが続いていた。
砲丸投げでは真ん丸に磨かれた岩石を使うのが新鮮だったが、おもしろさは元の世界のそれとは全く変わらなかった。敗れてしまったものの、選手の剛力にコウジは熱くなった。
残る競技は男子相撲大人の部と子供の部、そして一番人気のフットボールの3つ。総合優勝のためには残る競技すべてで勝たなくてはならない。
「相撲は俺が出る! 絶対に勝つよ」
鬼族の少年が屋台で買った串焼きを頬張りながら自分を指差す。相撲は男子のみの競技だ。結局女子が出られるのは徒競走だけのようだ。それも本気で走ろうとしている女性はほとんどいないという現状。
「頼りにしてるわ、頑張るのよ!」
マトカに頭を撫でられて意気込む少年。その後ろでは男たちが羨望の眼差しを向ける。先ほどの競技で敗れてしまった彼らに、マトカに頭を撫でてもらうよう申し出る資格は無かった。
「当り前だよ、コウジ兄ちゃんに教わった技があるからね!」
少年が力強く言い切り、コウジに向き直った。
「俺、絶対勝つよ!」
照れくさくて笑って返すコウジだが、その時、少年につられて一緒に振り返ったもうひとつの視線があることを見落とさなかった。
走り去る少年の背中を見るコウジに、鬼族の青年が近付く。
「なあ、俺にも教えてくれよ。相撲のコツ」
ぶっきらぼうな物言い。不服だが頼まざるを得ないと思ったのだろう。
少し驚いたものの、ようやく認められたようでなんだかコウジは嬉しかった。
「いいよ。でも、後で串焼きおごってね」
コウジは快諾した。
「本当にこれで勝てるのか?」
鬼族の青年が一歩歩くごとにちらちらとこちらを見ながら、会場へと向かっていく。
「安心しなって。ルール違反じゃないんだから」
「とは言ってもなあ」
ぶつくさと呟きながら会場に向かう青年。その背中を見守るコウジの手には串焼きが握られていた。
相撲・子供の部は各村から5人が出場し、一組ずつ戦って勝ち数が多い側、つまりは先に3勝した村の勝利になる。いわゆる星取り戦方式だ。
なんと、アレクサンドルもこの第三回戦に出場する。
出場者は皆、鬼族や巨人族といった体格自慢の子供たちばかり。その中で一際細く小柄な人間のアレクサンドルは明らかに浮いていた。
「大丈夫かなあ」
最初のタックル以外にも技をいくつか教えたとはいえ、それでもコウジは不安だった。ここ数日で皆の相撲の腕が上がったのは事実だが、無理して怪我しないか、そこが心配だった。
そして対戦は始まる。
各代表から子供が一人ずつ、前に出て向かい合う。
先鋒はマラカナ村からは鬼族の少年、対するラフォード村はイノシシの獣人の子供だ。鼻が平べったく垂れた耳を頭に生やす、小太りの少年だ。
二人とも子供だというのに、そこらの大人も軽く吹っ飛ばしてしまいそうな気迫だった。体格ならばラフォード村の方がやや有利か。
互いにじっと腰を低く落とし、相手の一挙手一動作を観察する。準備は万端だった。
「第一回戦、始め!」
審判の声とともに、ふたりはとび出した。パアンと乾いた音が響き、互いにぶつかり合う、かと思えばすぐさま腕を伸ばして相手の胸や腰に手を回してがっぷり組み合う。
子供同士の戦いにも、会場は凄まじく盛り上がる。
「おら、そこだいけぇ!」
「押し込んじまえ!」
大人たちが声援を送り、どこかの誰かがフライパンを鳴り物代わりに打ち鳴らし始めた。
互いに組み合って拮抗しているのか、両者ピクリとも動かない。だが、ここぞとばかりに獣人の子供が右足を前に運ぶ。力と体重で一気に押し倒すつもりだ。
ここを鬼族の少年は見逃さなかった。自分の左足を浮かせ、今突き出されたばかりの相手の右足と絡ませる。
きれいに決まった。突如の奇襲に足を取られた獣人の子供はバランスを崩す。左足一本で全体重を支えながら、ふらついた。
その隙をついて鬼族の少年は全力で押し込む。さすがの大柄な獣人の子供も、足一本で鬼族の力を抑え込むことはできない。後ろに倒れ、地面に背中を叩き付けた。
「マラカナ村、一勝!」
跳びはねて喜ぶ鬼族の少年に、背中をさすりながら頬を膨らませる獣人の少年。会場は二人に盛大な拍手を贈った。
二回戦も巨人族の少年が相手の鬼族の少年を力で押し込み二勝目を挙げる。あと一勝でこの種目は勝ちだ!
いよいよアレクサンドルが前に出る。出場者唯一の人間であり、一番小柄な彼はひとりだけ場違いのようだった。
相対するは大人顔負けの体格を誇る、巨人族の少年だった。10歳にも満たないというのに、既に170センチはあろう。他の出場者ほど筋肉質ではないとはいえ、アレクサンドルと並ぶと親子のような違いだった。
観客もざわつく。
「いいのか、あんなの勝てるわけねえよ」
「この勝負もらったが……あの子怪我しないか不安だな」
ついさっきまで熱狂していた大人たちもこの時ばかりは冷静さを取り戻していた。
コウジがちらりとテントのバレンティナを見てみると、令嬢は胸に両手を当てて祈るように弟を見つめていた。ここまでの体格差だ、心配もする。
だが当のアレクサンドルは意外にも平然としていた。普通ならば震えてビビりそうな状況にもかかわらず、この公子はいつもの習慣の如く悠然と相手と向かい合い、身体を低く落として構える。
その時、観客席のコウジにちらりと顔を向けると、一瞬にこりと微笑んだ。そしてすぐさま目の前の相手を見据え直すのだった。
「第三回戦、始め!」
合図とともに巨人族の少年は腕を伸ばす。あの腕につかまれば、圧倒的な体格差の前に敗北は必至。
しかし同時に、アレクサンドルは弾丸の如く飛び出していた。
振るわれる腕を身を屈めてかわし、まっすぐ相手に突き刺さる。巨大な相手はよろけた。アレクサンドルが身を打けたのは膝の高さだった。最初にコウジの教えた低いタックルだ。
だがこれだけで相手は倒れない。すかさず腕を伸ばし、アレクサンドルの服の背中を鷲掴みにする。
やられた! 誰しもがそう思った。だがアレクサンドルは相手の膝にしっかりと両腕を回すと、がっちりとホールドする。そしてなんと、全身を後ろに引いて抱えた膝を引っ張ったのだ。
ずっと押し込む姿勢で前に体重をかけていた巨人族の子供は突然相手が力の方向を変えたことに対応できず、バランスを崩す。アレクサンドルは相手の膝を抱えたまま肩を前に突き出した。
ついに相手の膝は折れ曲がった。巨人の少年は腕を振り回しながらゆっくりと傾くも、復帰する手段は無い。ついにズシンと音を立てて、上半身が地面に崩れる。
「勝者、マラカナ村!」
この日一番の盛大な歓声。圧倒的体格差を覆し勝利を収めた人間の子供に、敵対するラフォード村の住民も我が子のように賛辞を贈った。
コウジも拍手を贈り、アレクサンドルの成長を祝った。実は今の動きはコウジの教えたものではなかった。アレクサンドルが相手を見て瞬時に思いついた、彼オリジナルの技だ。
体格では他に劣るアレクサンドルだが、もしかしたら彼は驚くべき才能を秘めているのかもしれない。
照れ笑いしているアレクサンドル。巨人族の少年も立ち上がると、彼はアレクサンドルの股に頭を入れ、そのままひょいっと肩車にしてしまった。
慌てて頭につかまるアレクサンドルに、笑い飛ばす巨人族の少年。この姿に観客はさらに大きな拍手を鳴らした。
バレンティナも両目を掌で覆って震えている。
マラカナ村の勝利の確定した後も相撲・子供の部は続く。結局コウジの教えた技が功を奏し、全勝での勝利を獲得したのだった。
一方、その後開かれた大人の部。
互いに2勝2敗で勝負はいよいよ最終戦。マラカナ村の大将は鬼族の青年、対するラフォード村は牛の獣人の大男だった。
体格ではラフォード村有利。しかもこの相手はこの10年間連続で出場し続けて全勝している実力者だ。ラフォード村応援団もヒートアップする。
「よりによってこいつかよ……」
鬼族の青年は既に半泣きだった。だが、ここでカッコいい姿を見せないと示しがつかない。
つい先ほどコウジからいくつか技を教えてもらった。その中でも格上の相手に勝つ方法をひとつ、ぶっつけ本番だが賭けてみよう。
互いに腰を低く落としてにらみ合う。会場もしんと静まり返る。
「第五回戦、始め!」
合図とともに獣人の大男は足を出した。
だが鬼族の青年が出したのは両手だった。突っ込んでくる相手の目の前すぐまで手を伸ばし、そこで思い切り両手を叩いてパシンと響かせる。
猫だまし。相撲ではまれに見られる戦法だった。
思いもよらぬフェイントに、獣人の大男は両目を瞑った。
今だ! 青年は相手の懐に潜り込み、そのまま自慢の力で相手を押し倒す。
地鳴りのような轟音で倒れた大男。唖然とする会場。
「やった! 勝ったぞ、見たか!」
大喜びの青年。だが彼に送られたのは拍手よりも笑い声だった。
「ナイスアイデアだろ、どうやって思いついたんだよ!」
「いや、勝ったけどさ。ぎゃはははは、せこい!」
期待していた反応と違い、固まる青年。獣人の大男も地面に座りながらガハハと笑っている。
「まさかあのような手にワシがやられるとは、これは一本取られたのう。まだまだ鍛錬が足りんかったか」
彼はある意味、この日一番の盛り上がりを演出したのだった。
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