魔女はスポーツがお好き その3
夕食を前に、食堂の隣の談話室ではお茶会が開かれていた。
純白の磁器に注がれた熱い紅茶をおともに、伯爵家姉弟と客人が談笑している。全員すっかり夕食用におめかしして、その様子はたいそう華やかだった。
「魔女様はこの一年いかがお過ごしでしたか?」
細く白い指でカップを支えながら、ソファに腰かけたバレンティナが尋ねる。向かい合う魔女の黒色とは対照的な銀白色の光沢のドレスだ。
「別に例年と変わらんよ。近くの村の祭りに出向いて魔術を披露しては日銭を稼ぐ、そんな日々じゃ」
伯爵令嬢を前にしても臆せず紅茶をすする魔女カイエ。その態度はもはや無粋とも言える。
「すっかり平和になってしまったからの。昔は引く手数多じゃったのに、最近では食いはぐれてすっかり落ちぶれた同族もおるようじゃ」
「魔女様は昔はどのようなことをされていたのですか?」
何気なくコウジが尋ねると、魔女は一瞬ギロリとコウジを睨み付けた。思わずぞくっとしたコウジだが、魔女はすぐに穏やかな顔に戻った。
「そういえばお主はマレビトであったな。この国の歴史を知らぬのも無理はない。つい100年前まではこの大陸全土を巻き込んだ戦争が続いていたのじゃ」
魔女カイエの口調が変わり、一同がカップをソーサーに置く。100年の歳月をついと呼ぶのに違和感はあるが、ここではないどこか遠くを見ている魔女の瞳に誰も口を挟もうとはしなかった。
「あの頃はどうかしておった。戦乱の原因など皆忘れ、とにかく目の前の敵を殺すことだけを考えておった。魔族は兵力として重宝され、流しの傭兵魔族でさえも破格の扱いを受けたものよ。わらわも最前線に出仕した時には、家を何軒も建てられるほど稼いだものよのう」
不敵に口角を上げてふっふと笑う魔女に、コウジは言いようの無い恐怖を覚えた。この魔女は見た目こそ幼い少女だが、人生経験はコウジの何倍も重厚で複雑なものだ。伊達に200年生きていない。
「そうやって人を怖がらせない!」
巨人のベイルが大きな掌をカイエの頭に載せると、その重みでソファが少し沈む。魔女はうっと言葉に詰まりきっと従者を睨み返すも、ベイルは平然としていた。
「うちの主の悪い癖です。実際は最前線に向かう途中で和平が結ばれて、ろくに戦場に立ったことなんて無いのですから」
「ふん、別世界からの客人に魔族の恐ろしさを教えておっただけよ。わらわのようなおとなしい者だけでない、魔族には余りある魔法の力を良からぬことに使う連中もおるでの」
強がって言ってのける魔女。もはや何が真相かわからない。
そんなやりとりを口を押さえて笑っていたバレンティナが話を切り替えた。
「魔女様には感謝しています。毎年競技会を盛り上げるためにその魔力を振るってくださって、領民は大盛り上がりです」
「なあに、あの程度の火術で盛り上がるならお安い御用じゃ。何ならもっと派手な魔法をぶちかましてやっても良いぞ。その分料金はかさむが」
親指と人差し指でわっかを作る魔女に、従者は「コラ!」と叱責した。
その時、ノックの後に談話室の扉が開かれる。使用人が夕食の準備が整ったことを告げ、一行は隣の食堂へと移った。
客人のための急ごしらえとはいえ豪勢に飾り付けられた食卓と食事の数々を見て、魔女と従者は目を輝かせた。普段は切り詰めた生活を送っているのだろう。
アフターディナー恒例の談話会は、なんと今日は開催されなかった。いや、正確には二か所で開かれたと言おうか。
食後、バレンティナは弟と魔女カイエを連れて応接室へと移動し、残されたコウジとベイルは食後酒のウイスキーを飲み交わしていた。
本来はこのように男女別れるのが作法らしい。昨日までは姉弟とコウジしかいなかったので全員で集まっていたが、今日は違う。酒を飲み対等に話せる男の久々の登場に、コウジは少しばかり嬉しかった。大学で頻繁に参加していた飲み会をちょうど懐かしく思っていた頃だった。
「我が主はただの天邪鬼なのです。実際は皆さまと仲良くしたいのですが、不器用な性分でしてあのような振る舞いをしてしまうのです」
ベイルは笑いながらくいっと喉に琥珀色の酒を流し込んだ。熊のように巨大な手では大きめのブランデーグラスもミニチュアのおもちゃにしか見えない。
「ところでコウジ様、今日の昼間にやっておられたあのスポーツは一体何と呼ぶのでしょう? どこの競技会でも見たことが無いのですが」
「ええ、サッカーです。私の板世界では最も人気のあるスポーツでした」
ほうほうと頷くベイル。
「どのようなルールなのです? 村の皆もすっかり気に入った様子で、非常に面白そうですが」
「ええ、単純ですよ。ベイルさんもスポーツはお好きですか?」
まさか同志か。コウジは酒のせいで逸る心を抑え、尋ねた。
「私も好きなのですが……それ以上に我が主が。意外に思われるかもしれませんが、あれで豪勢なディナーよりもフットボール観戦を選ぶ
これは驚いた。あの斜に構えたような言動の裏には自分と同じスポーツバカの本性が隠されていたのか。
「信じられないでしょう? 普段は家事も私に任せきりなのですが、領内で競技会があればすぐに飛んで行って、魔術を披露するという名目で一緒になって観戦しているのです」
「じゃあ、ここにいらしたのも?」
「もちろん。金を稼ぐなんてただの方便、実際は熱狂して試合を楽しみたいだけなのです。だからここに向かう途中に未知のスポーツを目にして、姿を消してあなたたちに近付いたのです」
あの魔女があそこにいたのは偶然では無かった。生まれた世界も種族も違えど、同じスポーツを愛する一人だったのだ。
そう思うとあの魔女にも随分と親近感を覚える。本人のいない場所で、コウジには仲間意識が芽生えていた。
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