異世界サッカー教室 その2

 マトカという壊れ性能プレイヤーの思わぬ参加もあり、サッカー教室は大いに盛り上がっていた。


 子供たちはマトカのフォームを真似して力強いシュートの打ち方や効率よいパスの出し方を身に着け、コウジの指導で連携の練習まで進めていた。


「そうそう、互いにパスしながらボールを一気に敵陣までえぐり込ませるんだ。そしてゴールの近くに来たら、シュート!」


 左サイドと右サイドに分かれながらボールをパスし合い進み、ゴール目前でシュートさせる練習を繰り返す。


 サッカーはとにかくボールを相手に渡らせないよう味方にうまくつなげるのが重要なスポーツだ。互いにボールを受け渡しできるのは選手として必須スキルと言えよう。


 また、子どもたちの成長が思った以上に早いのでキーパー役も置いた。農作業用の手袋を借りて、唯一ゴールの近くならばボールに手で触れてもよいプレーヤーを仕立てる。


 攻撃役がパスで翻弄しながらシュートを放ち、キーパー役が受け止めるという流れを繰り返していた時だった。農作業を終えた村の若い男たちが集まってきたのだ。


「おうマトカ、何やってんだ?」


 五人ほどの若い男たちは懸命にボールを転がす子供たちには目もくれず、一直線にマトカに向かった。


「サッカーよ、遠い国のスポーツらしいわ」


「サッカー? 初めて聞くな。おもしろいのか?」


「ええ、ちょっとあんたたちもやってみなさいよ」


 マトカは子供たちに呼びかけてボールを受け取ると、足元に置いた。


「このボールを足だけであのゴールネットに蹴り入れるんだよ」


 親切にもルールを説明しようと割って入ったコウジに、男たちはギロリと眼光を向けて睨みつけるのでコウジは縮こまってしまった。分かりやすい男たちだ。


 だがサッカーの単純明快なルールも手伝って、男たちはすぐにルールを理解し仲間同士でボールをパスし合う。まだ動きはたどたどしいものの、似たようなスポーツの経験と日頃の農作業で鍛えた身体のおかげで基本的なプレーは驚くほど早く身に着けていた。


「なるほどな、ドリブルとパスを使い分けて敵を突破するわけか」


 鬼族の青年が行く手を阻む二人の男の目前で、保持していたボールをちょんと軽く斜め後方に蹴り渡す。近くにいた人間の青年が飛び出し、そのボールを受け取るとそのままの勢いでゴールに近付き、渾身のシュートを放った。


 ボールはゴールネットギリギリへと食い込むが、キーパーが飛びついて指先で弾き、麦畑の中へと飛んでいった。


 大人ならではの連携と力強いプレーに子供たちも「おおっ」と声を上げた。ボールを弾いたキーパーは手をプラプラと振りながらも、子どもたちに向かって得意げに微笑んだ。


「なあ、こんなにいるんだし、大人と子供交えて試合やろうぜ」


 ボールを拾ってきた鬼族の青年が言うと、「そうだな」「俺も賛成」と声が上がる。子供たちはやや戸惑っていたものの、鬼族の子供とアレクサンドルが「やろうよ!」と男たちに混じったのをきっかけに、ついて行った。


 結局、マトカ含め大人6人、子ども10人とがちょうど2チームに分かれ、コウジを審判に据えてのミニゲームが始まった。


「すっかり乗っ取られちゃった気もするけど……まあいっか」


 コウジが手を上げながら口笛を吹いて試合開始を合図すると、直後アレクサンドルがボールを後方の味方に蹴った。


 ボールを受け取った巨人族の子供はまだドリブルがうまくない。もたつきながら右へ左へとボールが反れる。


 そこをめがけて相手チームの鬼族の青年と鬼族の子供が素早く駆け寄り、身体を押し付けてボールを奪おうとする。


「こっちだ、回せ!」


 人間の青年が声を上げると、巨人族の子供が慌ててそちらにパスをする。なんとかボールを受け取った青年は突破を仕掛けるも、ゴール前から巨人族の男が駆け寄ってきたので足を緩めた。


 鬼族の二人はその隙を突いた。スライディングのように横から足を滑り込ませると、青年の足からボールがはじき出され、転がったボールを鬼族の子供が拾ってまっすぐに相手ゴールへと向かったのだった。


「危ない!」


 皆一様にボールを持つ子供を慌てて追いかける。だがさすがは身体能力に優れる鬼族、大人顔負けのドリブルはまるで普通に走っているような自然な動きで、他の子供たちの間も難なくすり抜けてしまった。


 そしてゴール目前で右脚からシュートを放つ。キーパーを任されていた犬族の青年がパンチングですかさずはじき出し、ボールは後方の麦畑に落下する。


 ほっと息を吐く面々だが、安心するのは早い。コーナーキックが待っているのだ。


 拾ったボールを足で引いた線の角に置き、ゴールを狙うのは鬼族の青年。ゴール前にメンバー全員が集合して目をぎらつかせているが、守る側はすっかり怯え切っているようだ。


 鬼族の青年は不敵に微笑むと、足を大きく上げてボールを蹴り込んだ。ボールは地面を這うように転がると、驚くべき速さで仲間の人間の青年に向かう。


 このボール、もらった! 青年がタイミングを合わせて足を上げた時だった。すっと前に割り込んだ影がボールを横から音も無く奪い取ったのだ。


 全員の目が点になった。なんとそこにいたのは、キーパーとしてゴールを守っていたはずの巨人族の青年だったのだ。


「お前、なんでここにいるんだよ!」


 仲間の大人たちが叫ぶも、巨人族の青年はしれっとしながら周囲の子供たちからボールを守っていた。


「俺だってボールを蹴りたいぜ」


 その目はちらっと、ボールを奪わんと走り寄るマトカに向けられていた。そのことに気付き、大人たちは口汚くののしり合うのだった。


「お前だけイイトコ見せようとしてんな、ずるいぞ!」


「そのボール寄越せ!」


 始まったのは味方同士のボールの奪い合いだった。子供たちはぽかんと口を開け、アレクサンドルに至っては呆れて犬族のキーパーと目を合わせて苦笑いしている。


「おいおい、サッカーはチーム対チームのスポーツだよ。味方同士で争うなんて」


「「「お前は黙ってろ!」」」


「……はい」


 男三人の剣幕にコウジは完全に怖気づいてしまった。


 醜い争いの末、ボールはころころと集団から転がり出る。


 男たちが振り返り、慌ててボールを追いかけるも、いち早く反応したのはマトカだった。最初に追いついたマトカは巧みな足さばきでドリブルを繰り出しながら、子どもたちの間を抜ける。


 さっきまでボールを奪い合っていた敵チームの男たちが追いかけるが、鬼族の青年が最初に横から足を差し込む。


 だがマトカがボールを一際大きく跳ね上げると、ボールは男の足に触れることなくふっとバウンドし、それにすぐ追いついて再びマトカはドリブルを再開させた。


 初心者離れしたそのボールセンスは、女メッシと表す他無かった。


 最後に誰もいなくなったゴールの目前で強く蹴りつけ、無人のゴールネットを大きく揺らす。


「やったあ、一点!」


 飛び跳ねて喜ぶマトカに、巨人族の青年は頭を押さえた。その大きな脇腹に鬼族の青年と人間の青年が拳を何度も打ち込んでいる。




「日が沈むまでやってしまいましたね」


 薄暗くなった麦畑をコウジとアレクサンドルは並んで歩いていた。


 結局白熱した男たちは子供たちが帰った後もマトカが「疲れた」と言うまでサッカーを続けたのだった。


「それにしてもサッカーっておもしろいですね。もっと多くの人に教えたくなりました。ボールをもっと用意しましょう」


「そうですね、さすがに一個ではこれ以上人数が増えたらきつい」


 領主の館の前の兵士が一礼し、石造りの重厚な塀をくぐる。先にアレクサンドルを帰らせたコウジは、ボールを物置に片付けるため裏庭へと立ち寄った。


「ん?」


 物置の近くに人影が見え、どうも奇妙な動きをしていることを不審に思いコウジは立ち止まった。なんだか小さな影が飛び跳ねているように見える。


 怪しいな。じっと目を凝らして見てみると、その人影はどうも宙返りをしているようだった。だがうまくいかない、地面に背中をビタンと叩き付けられている。


 そして背中を押さえながら痛がるその正体に気付くと、コウジはだっと駆け寄った。


「ナコマ! 何やっているんだい?」

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