就活してたら異世界へ!? その3
兵士の駆る馬車に揺られながら、土の剥き出しになった道をコウジは進んだ。
延々と広がる小麦畑にぽつぽつと建つ家々には、たいてい風車が備えられている。ここは一大穀倉地帯なのだろう。
「領主様は優しくて素敵な方よ」
農夫のおじさんは良いとして、なぜか一緒についてきたマトカ。彼女は石盤と白いチョークを使って親切にもコウジにこの世界についてレクチャーを講じていた。地図を描いて領主の館までの道のりを説明した後、ついに本題に入る。
「このクベル大陸には大きな5つの国があるの」
マトカが大陸の絵を描く。南北に長いラグビーボールのような楕円形で、中央に大山脈が走っているという。
「で、私たちがいるのはここ、ニケ王国。大陸の西海岸に面して、一年中海からの西風を受けている豊かな国よ」
チョークの先で楕円形の左側をカツカツと叩く。
彼女が言うのは偏西風のことだろうか。高校の地理の授業を思い出しながら、コウジは鞄から取り出したメモ帳にボールペンで書き込んでいた。
そんな時、子どもたちの笑い声が聞こえてコウジはふと顔を上げる。
見ると道の脇の草地で男の子たちが遊んでいた。普通の人間の子どももいれば小さいながらも頭に角の生えている子、イノシシのように大きな鼻と垂れた耳を持った子、身長が他よりもずば抜けて高い緑色の肌の子どもと種族は様々だが、皆そんなことはさも当たり前のように互いに組み合って戯れていた。
「あ、マトカだ!」
男の子のひとりがこちらに気付いて馬車を指差した。マトカが手を振ると子どもたちは一斉に駆け寄り、御者の兵士も馬を止めた。
「マトカ、どこに行くのさ? 誰その人、恋人?」
「なわけないでしょーが! これから領主様の館に送りに行くのよ」
マトカは笑いながら茶化した子の頭を軽く叩いた。
「ねえ、俺新しい技編み出したんだぜ。ちょっと見てよ!」
赤髪で角を一本生やした8歳くらいの男の子が自分を親指で示してアピールした。マトカと同じ種族だろう。
「あら、すごいじゃない。じゃあちょっとくらい見ていってもいいかしら?」
マトカが御者の兵士をちらっと見ると、兵士は快く頷いた。
「あまり時間かけるなよ」
父親の言葉に「はーい」とだけ返事すると、マトカは馬車から飛び降りる。それを見て父は苦笑する。
「あの娘はいつまで経ってもお転婆で……嫁の貰い手には苦労するな」
そうは愚痴るものの、自分より背も小さな子供たちに混じって一緒に遊ぶマトカをおじさんは優しく眺めていた。この父親は誰とでも分け隔て無く接する娘を本当に愛しているようだ。
男の子は草地の上に立つと、二人が互いに向かい合う。そして真ん中に立った別の子が「スタート!」と合図すると、互いに取っ組み合った。
押し合いの喧嘩、いや、相撲だ。土俵は無いが、互いに組み合った状態でじりじりと押したり押されたりを繰り返している。
「いけ、そこだ!」
「負けるな!」
子供たちの歓声に混じり、マトカも応援する。赤髪の男の子は自分よりも大柄な子を相手にしながらも、一歩も退かなかった。
だが大柄な子がその体重を活かし、右足を一歩前に出す。
その時だった。赤髪の子が左足を地面からふっと離し、そのまま相手の右脚の膝の裏を掬ったのだ。
右足の重心を失った大柄な子の身体がぐらりと傾く。その隙に赤髪の子が全力で押し込むと、ふたりはそのまま地面に倒れ込んだ。
どよめきの後、背中を着けたのは大柄な子で、赤髪の子はその上に乗っかる形になる。勝者は誰が見ても明らかだった。
「すごーい! あんたホント天才ね!」
マトカが拍手すると、赤髪の子は照れくさそうに笑いながら身を起こした。大柄な子も悔しがりながら立ち上がる。
「へっへっへ、この技はみんなに教えてやるぜ。これで隣村の連中をやっつけてやる!」
子供たちが一斉に沸いた。だがその中で、ただ一人沈んでいる子がいるのをコウジは見ていた。
美しい金髪だが一番小柄で、目立たない男の子だった。着ている服はつぎはぎも無く清潔で、手足も細くとても見た目で運動が得意とは思えない。
「よし、全員組み合え、これから俺が技を伝授してやる」
赤髪の子の言葉に従い、子どもたちが自然とペアになった。その小柄な男の子の相手もそこまで大きくないとはいえ、それでも体格差はかなりのものだった。
「よし、始め!」
号令と同時に子供たちは組み合った。互いに先ほどの技を見様見真似で掛け合う。
だが最も小柄な子は技をかける以前の問題だった。力の差で組み合った瞬間に押し倒されてしまう。
組み合ってはすぐに倒され、立ち上がり、また組んでは倒され、また立ち上がり……。
その姿から必死さは伝わるものの、どうも見ていられない。コウジは馬車を飛び降りた。
「もっと低く突っ込んでみよう」
コウジはその子に話しかけていた。
尻もちをついたまま目を丸くして振り返る男の子。それだけではない、他の組み合っていた子たちも、マトカも、御者さえもぽかんと口を開けたままコウジに視線を向けていた。
「いいかい、重心を崩さなくちゃ相手は倒せない。相手の胸にぶつかってもだめだ、体当たりは低く、思い切って股下を狙うくらいのつもりで突っ込むんだ」
金髪の子は「う、うん……」と言って立ち上がる。自分よりもはるかに大きな相手をじっと目でとらえ、狙いを定めた。
低く、低く。相手をひっくり返すくらいに。
男の子が地面を蹴り、飛び出した。相手の子も一歩、足を踏み出す。
だが、金髪の子はぶつかる直前、上半身をさらに低く下げた。相手の子からすれば向かってきた敵が突然ふっと消えてしまったように映っただろう。
そして次の瞬間、金髪の子は相手の腰をがっしりとホールドしていた。さっきまでぶつかっていた胸の位置と比べて、はるかに低い。重心を崩すには十分だ。
直後、相手の子は背中から倒れ込んでしまった。今までとまるで違う力に驚いて目が点になる。
「すごいよアッちゃん! どうやったのさ、今の?」
もつれて倒れる二人に、他の子がわっと駆け寄った。
「ねえ、今の僕にも教えてよ!」
「みんなで覚えて隣村の奴らぎゃふんと言わせてやろうぜ」
小柄な男の子は瞬く間にみんなのヒーローになった。顔を赤くしながらも、「ええと、身体を低くしてね……」とみんなに教え始める。
一方のコウジは馬車に戻っていた。さすがに領主を待たせるのは良くない、マトカも荷台に乗り込むと馬車はすぐに発進した。
「へえ、あなた格闘やっていたの?」
マトカはじろじろとコウジの身体を見た。筋肉質という言葉には程遠く、むしろ骨ばって痩せ気味だ。身長も170センチと高くも低くもない。
「いいや、ただ昔本で読んだのを真似しただけだよ」
コウジはへへっと笑った。
彼は決してスポーツが得意とは言えない。中学、高校とサッカー部には所属していたものの、自分よりはるかに上手い選手はごまんといて、公式戦への出場は三年生になってからだ。それもベンチからの途中出場が大半で、スタメン入りは片手で数えられる回数しかない。
そしてふたりはこの世界についての講義を再開する。そこからは驚くほど早く、領主の館に到着した。
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