就活してたら異世界へ!? その2
明るい太陽。青い空に浮かぶ丸い雲が清々しい気分にさせてくれる。
広大な小麦畑のはるか彼方に、なだらかな山々が連なってさらなる世界の広がりを予感させる。朝には山の向こうから太陽が顔を出すらしい。
だが太陽の昇る方角を東だとしたら、今太陽があるのは北の方角だ。日本ではまず起こり得ない事態に、コウジは自分が別の世界に転移してしまったことを実感した。
小麦畑のあちこちで農作業に精を出している人々は老若男女皆生き生きして楽しそうだ。
そんな彼らの姿は普通の人間もいれば、ヤギのような角を生やした赤毛の男、普通の人間より頭二つ以上背丈の飛び出た緑っぽい肌の大女、3人がかりで大きな丸太を運ぶ小学校低学年ほどの身長しかない老人。
日本どころか地球上どんな場所でも見られない光景がそこには広がっていた。
「ここはニケ王国。その辺境のマラカナ村だ」
呆然と畑を眺めるコウジの傍におじさんは立った。麦わら帽子を外し、立派な角を太陽に照らしている。
「その、あんたが言うトウキョウのある世界とはまた別の世界だと思ってくれたらいい。このクベル大陸はあんたの元いた世界には存在しないようなんでね」
聞いてコウジの頬を涙が静かに伝った。就職どころでなく、人生そのものを奪われた喪失感に。
「おっさん、今日も良い天気だねえ!」
ちょうど家の前を通りかかった馬車を操る男が声をかけてきた。体つきは人間だが、皮膚の表面は立派な茶色の体毛に覆われている。まるで狼と人間を混ぜたような出で立ちだ。荷台には樽や陶器の瓶が満載されている。
「ん、そこの人間の兄ちゃんは新入りかい? 見かけない服装だな、どこの国の出だい?」
コウジに気付いた人狼の御者はしげしげとその姿を眺めるが、コウジは振り返ろうともしなかった。
「ああ、まさかとは思うが……マレビトだよ」
おじさんがぼそっと呟くと、御者は「ひょえ?」と大げさにひっくり返ってしまった。
「マレビトだってぇ? こりゃ大変だ、領主様にお知らせしないと!」
御者が馬に鞭を入れ、土埃を上げながら去る。それでも立ち尽くしたままのコウジの肩に、おじさんはポンと手を置いた。
「とりあえず腹減ったろう。飯でも食って休め」
言われるがままにコウジは家の中に戻る。風車小屋を備えた大きな家。このおじさんはこの畑を領主から任されている農民たちのリーダー格らしい。
固いパンとブイヨンで味付けされた豆のスープは素朴ながらも喉に染み渡る温かさがあり、傷心のコウジを少しは慰めたようだ。木製の匙で丁寧に口へスープを運ぶコウジを見て、おじさんはふふっとほほ笑んだ。
「あの……」
ようやくコウジが自分から口を開く。おじさんも、スープをよそっていた娘のマトカも視線を向けた。
「マレビトって……何ですか?」
コウジにはわからないことだらけだった。異世界にワープして、そこでマレビトと呼ばれて。先ほどは混乱した思考をクールダウンさせるためにぼうっとしていたので尋ねようと思えなかったが、今なら訊ける。
「ああ、たまにだがこの世界には異なる世界から人間がやってくることがあって、それで現れた者を俺たちはマレビトって呼んでいるんだ」
僕と同じような人もいるのか。コウジはパンを小さくちぎり、スープに少し浸してから噛んだ。一口ごとにスープが滲み出してさらに美味しさが際立つ。
「マレビトはこの世界の歴史を語る上で欠かせない。元いた世界の進んだ知識と技術を持ち込んで、文明を大きく発展させるんだ。古くは農耕のノウハウ、文字の統一、法律の制定、蒸気機関……ありとあらゆる分野でマレビトは関わってきた。最近は元の世界の文明があまりに進み過ぎたようで、どんな技術が使われているのかよくわかっていないマレビトも増えたようだがな」
しかもそう珍しい話ではないようだ。なんの前触れも無く突然行方不明になる人というのもたまにニュースで見かけるが、あの中にはこの世界にマレビトとして招かれた人もいるのだろうか。
話し込むおじさんの隣にスープをよそった皿を持ったマトカが座る。安心したような顔だ。
「良かったー、マレビト様のお口に合うかどうかわからなかったけど、食べてもらえているようで嬉しいわ。おかわりあるから、遠慮なく言ってくださいね」
「あ、ありがとう、とても美味しいよ」
さっきは状況が状況だけによく見ている余裕も無かったが、笑った顔は結構かわいい。角が生えているとはいえ、女の子からこんな顔を向けられた経験の少ないコウジは少しだけ顔を赤くした。
そう言えばこの人たち、日本語で話しているなとコウジは思う。昔この世界に転移して文字を伝えた人というのはどうやら日本人らしい。日本人でラッキーだった。
いや、ラッキーじゃないからこんな場所に転移したんじゃないか。コウジはぶんぶんと頭を振る。
「そういえば前にこの国にマレビトが現れたのは4年前だったわね。そのマレビトって今どうなっているのかしら?」
マトカが尋ねると、おじさんはええとと目を天井に向けて思い出す。
「一度は王城に招かれたそうだが……聞いた話ではコーコーセーとかいうまだ働いたことも無い若者だったみたいで、今は王都で普通に馴染んで生活しているらしいよ」
そりゃそうだ、日本の高校生が一人やって来たところで進んだ知識がもたらされることは無い。
この世界がいくらマレビトの存在で発展を促されているとはいえ、見たところ電気やガスは通っていないようだ。それらインフラの存在を当り前に享受している一般的な日本人にとって、こんな世界はサバイバルも良いところ。コンピューターの知識があっても、コンピューターそのものが無ければ意味が無い。
そんなことを考えながら匙を口に運んでいると、突如ドアがノックされる。
マトカが「はーい」と客を迎え入れると、外で立っていたのは鎖帷子を着た兵士だった。さらけ出した赤髪の間からは、やはり立派な角が飛び出していた。
「領主様がお呼びだ、マレビトを迎えに来た」
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