テレビ会議

 日本に戻ってきた。俺はスマホを四つ買い、まずは自宅のマンションを目指す。お土産のアメリカ名物のジェリービーンズを手にして。


「寂しかったー」

 桃恵が抱きついてくる。もう冬である。桃恵はエアコンをガンガン効かせて、俺の帰りを待っていた。


 ジェリービーンズを半分ほどお菓子入れに移すとリビングに持ってくる。


「これ、映画とかでよく見るけど食べるのは初めてなのよねー」


 とりあえず喜んでくれたようだ。俺も一つ取り、口の中に放り込む。

「未来の世界ではドローンが、一般にも広まっていてね……」

 俺は未来社会の様子を桃恵に伝える。桃恵は興味深々で聞いている。


「日本では見ないわね」

「おそらく公共の乗り物だけじゃないか。パトカーとか」

「日本は規制だらけだわね、でもアメリカはさすがに自由の国ね。早く行きたーい」

「ところがな…」


 俺はモバイルを取り出すとテレビ会議の事を説明した。


「えーそうなの。じゃあ家で仕事が出来るのね」

「そうなんだよ。君も慣れた日本で出産した方が安心だろう」

「それもそうね。あと二月半、動かない方がいい時期に入って来たものね」

 そういうとジェリービーンズをパクリと口にした。


 久しぶりに未来の俺を見舞いに行った。未来の俺は点滴を打たれ、無残にも痩せこけた姿になっていた。


 俺は土産のジェリービーンズを棚に置き、スマホを二つ渡し菜々子に聞く。

「大丈夫なのか?」

「それが……新しい抗がん剤が体に合わないみたいなの。見る間に痩せ細っていって」

 菜々子は泣きそうになっている。

「放射線治療はどうなっているんだ。効かないのか」

「それもなかなか…重粒子線治療も効果がないみたいなの」

「会話は出来るのか」

「それは大丈夫よ。短い時間なら」

 俺は椅子を顔の横に持っていき、少し大きめの声を出した。

「社外取締役の件な、オーケーが出た。お前のおかげだよ、ありがとう」

「そうか、上手くいったか」

「仕事は朝の十時から十二時までの二時間。モバイルでできるんで、アメリカに移り住まなくてもいいそうだ」

「そうか、桃恵ちゃんにとってもいいじゃないか。じたばた動き回るとストレスがたまるだろうからな」

「ああ、ありがたいと思っているよ。ただ時差が十六時間もあってこっちは夜中の二時から四時までになる。慣れるまでがたいへんだよ」

「まあ、時差ボケはすぐに慣れるさ。まずは録画してみんなの顔と名前を覚える事だ」


「この報告だけはしたくてな。かなりきついみたいだし帰る事にしよう」

「しっかり働くんだぞ」

「言われなくても分かっているよ。じゃあな」


「よろしく頼むぞ」

 俺は菜々子に一言だけ告げると、病院をあとにした。




 俺は久しぶりに緊張をしていた。日本と、カリフォルニアの時差は十六時間だ。向こうでは朝の十時に会議が始まるのでこちらは真夜中の二時から四時までということになる。

 生活時間をそれに対応しなければならない。


「ウェルカムトゥカリフォルニア!」

 二時に突然サプライズだ。俺は同時通訳モードに切り替えた。

「やあ、君が今回社長から推薦されたヒデシ・ドモンかい?創業者と同じ名前だね、親戚かい?」

「ああ、今の社長とはいとこにあたる。これからよろしく頼むよ」


 モバイルには左側に今しゃべっている人間が大きく映り、しゃべっていない者は右側に分割されたワイプで小さく表示される。


「まずは自己紹介といこうじゃないか。録画はオンにしてるかい?」

「大丈夫さ」

「俺の名前はディビッド。この朝の会議はみんなファーストネームで呼び会うんだ。俺はこの社外取締役会議のリーダーだ。ちなみに年齢は五十五歳だ。君は三十歳くらいに見えるけど何か特殊な仕事でもしてたのかい」

 いかにもフレンドリーなアメリカ人らしいアメリカ人だ。

「いや、大学院でタイムマシンの構造を研究していただけだ。だからタイムマシンについては、完璧に理解しているつもりだ。この会社の商品開発部が近頃、数理モデルをよく理解できていないまま配属されている人間が多くなっているのを嘆いて社長直々にスカウトされたのさ。内部役員だったら甘えが出るので敢えて社外取締役にされたってわけだ。怪しげな奴は、大鉈をふるってバッサリとやるためにね。これからよろしく頼むよ」

「こちらこそ。おれはアレル工業の元社長だ。五十を境に引退を考えていたんだが、ミスター・ドモンにひっぱられてね。今はのんびりやっているよ。つぎはマイケルだ」

 画面が切り替わる。

「俺の名前はマイケルだ。ニコラス薬品の役員とパドレス薬品の役員を歴任し、退職を期にここに飛び込んだってわけさ。専門は経営学だ。よろしくな。次は……」


 こうして、六人全ての自己紹介が終わった。俺はほとんど眠りかけていた。


「おーい、起きてるかー?ハッハハハ」

 ディビッドに起こされる。俺は必死に取り繕う。


「まあ、まだ時差ボケ中だからな。段々遅く寝て体内時計を調節するんだぞ。お気楽な仕事と言っても寝てちゃしょうがないからな。さて今日の議題はアンドロイド部門の売り上げがあまりかんばしくないと言うことだ。早速だがヒデ、何か意見があるか?」

 俺は思った通りの事を聞いた。

「アンドロイドは性に対応する型があるのか?」

「セクサロイドのことか、勿論取り扱っている。これが稼ぎ頭だからな。しかし、当然競争が激化している部門でもあってな。なにか、問題でもあるのか」

「そこはアメリカだから白人女性ばかりを売っているんだろう。しかし東洋人の俺から見れば、白人と東洋人のハーフが一番美しい。路線変更をしてデザインをそれに一新すればいいんじゃないかな」

 ビルが言う。

「なるほど、白人の俺達には気づかない穴だ。早速アンドロイド部門を統括する常務に進言してみよう。新機種を何パターンか出して、売れ行きをみてみよう。グッジョブ、ヒデ」


 こんな調子で会議は進んでいくのであった。


 一時間の休憩を取ったのち、今度は問題の商品開発部の部長を呼びつけた。露骨に嫌そうな顔をしてテレビ会議に応じる。


「何か不都合でも起きたのですか」

 年齢は五十半ばだ。俺は気圧けおされまいと咳をする。


「早速だがそちらの部署の全人員を載せたリストを見せて欲しい。リストが整ったらこちらのモバイルに転送して欲しい」


「分かりました、ミスター・ドモン」


 向こうが言うか言わないかの内に俺は机にうつ伏せになって眠りについていた。


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