再びアメリカへ
三日後のアメリカ時間の午後六時前、俺はドモン&ヘッパーズのビルの最上階にあるバーで一杯引っかけてジェイコブを待っていた。
赤い夕日の薄明かりが消えない内に、目の下にあるビル群に、一つ、また一つと明かりが灯っていく。俺はまさに自分は成功者だと実感する、この舞台装置の妙。
「お父さん、久しぶりでーす!」
ジェイコブがやって来た。いまやタイムマシンは勿論、自動車、二人のりドローン、家電製品から、介護用アンドロイドまで、扱う商品は多岐に渡る、ドモン&ヘッパーズ・ホールディングスの押しも押されぬCEO様である。
「相変わらずお若い。三十年前と変わりませんね。私はもう六十になってしまいました。よ。ハッハッハ」
快活にそう笑うと、バーテンダーにシャンパンを注文する。
「私の直のお父さんから電話があった時には驚きましたよ。あれから三十年も音沙汰がありませんでしたからね。未来へタイムスリップをしてたんですね。何でもすい臓に転移して、もう末期だとか。今度正式にお見舞いに行かせてもらいますよ」
「ああ、未来の医療に賭けてみる事にしたんだよ。あいつの寿命は俺の寿命でもある。これをやると、禁止事項に抵触するかも知れないがそんなこと知ったこっちゃない。自分の命がかかってるんだ。手を出さずにいられるかってんだ」
俺はカクテルをぐいっと飲み干す。
「桃恵さんは、元気ですか」
「二人で何とかやっているよ。あいつの大学では除籍処分になってるはずだ。それは悪い事をしたと思っているが、本人はあっけらかんとしたもんで段々母性に目覚めたのか、もっと子供がほしいーとか言っているよ」
ジェイコブが笑う。
「桃恵さんは、その方がお似合いですよ。二人で幸せな家庭を作って下さい」
「ありがとう。五人は産むつもりだ」
「五人!兄弟は多い方がいいですからね、羨ましいですね」
「さて本題に入りたいんですが、社外取締役の方はポストを空けてあります。いつでもウェルカムですぬ。今現在、社外取締役は六人います。お父さんは七人目ですね。勤務時間は朝の十時から会議がはじまり、上がってきた企画書なんかのチェックをします。なに、緊急の案件でもなければ、大して口を挟むような事じゃないですよ。その会議が一時間から二時間。だいたい昼休み前には終わります。一日の仕事はこれだけですが、お父さんには、もっと重要な役割をこなしてほしいんです」
「重要な?」
「はい。あれから商品開発部にくる子らは、お父さんの理論をきっちり把握しているのか怪しい人間が続々と配属されてきました。私も、商品開発部の部長も専門外ですからね。誰がきっちりと理解しているのか、判断がつかないんです。あまりにも難しい数理モデルなもので。そこでです。今およそ三十人ほどいる社員らの、真贋を見極める作業をお願いしたいんです」
「俺の理論を完璧に把握しているのかどうかを見極めろと?お安いご用だ。」
「なんだかんだ別の事業に手を出してきましかが、やはり、核に有るのはタイムマシンの存在です。この商品開発部にもしも素人が紛れ込んでいた場合、とんでもないことが起こる事が予想できます。この際分かりもしてない人間はバッサリと配置転換するつもりです」
「分かった午後一時からやろう。しかし、惜しいところまで行っている子には、完全に分かるように、コーチをしてやろう」
「コーチをしてくれる!助かります」
夜も暮れてカクテルを飲みながらジェイコブは夜景を見ている。
「それじゃあ、取締役の件は……」
「勿論オーケーです。お父さん。これからよろしくお願いいたします」
二人は固く握手した。
「そうそう」
ジェイコブが、大きめのディスプレイのモバイルをかばんから取り出した。
「朝の定例会議は、このモバイルで行います。つまり会社に来なくてもいいんです。社外取締役六人のうち、三人は自宅で仕事をしています。お父さんもアメリカに移り住む事はありませんね。自宅にいて朝の十時になったらこのモバイルを起動してください」
「便利な世の中になったな」
俺はモバイルをあたってみる。スマホとさほど変わりがない。これならいけるだろうという感触を得た。
「これがチュートリアルが入った、段ボールの入れ物ですね。ここに置いておきます。午後の仕事のコーチングの詳細は、部長と詰めて下さい」
俺は以前から疑問に思っていた事を質問してみる。
「菜々子の事はどう思ってるんだい?」
「菜々子さん?ああ、お父さんの恋人ですね。どうかしましたか?」
「いや、遺産が、半分ほど菜々子が取っていくそうじゃないか。厄介な存在だと考えてるんじゃないかと思ってさ」
「ワッハッハ。考え過ぎですよ、お父さん。私はすでに大金持ちですね。もうさほど金銭欲もないですよ。遺産の半分は菜々子さんに行くように祈ってますよ」
「なるほど、金持ち喧嘩せずか」
「金持ち……なんですか?」
「いや、こっちの話だ。とにかく仕事は全力で頑張らせてもらうよ」
雇用契約書を開き、同意書を一応眺めると年棒三十万ドルの文字が。社外取締役としては破格の待遇だそうだ。俺はサインをし、契約終了だ。
ジェイコブが右手を差し出し、俺達は握手をした。
「ウェルカムトゥカリフォルニア!」
これで仲間だという意味らしい。俺も英語で「サンキューソウマッチ!」
と答える。しばらく、この時代の社会情勢を聞いている。
一番の変化は現金が無くなった事であろう。全てクレジットカードで済ませなくてはならない。現金主義の俺にとっては嫌な世の中になったなと感じる。
それから、古いスマホは使えなくなっていたので新しいのを四つ買わなくてはならない。
電気は太陽光パネルが飛躍的な進歩をとげ、エネルギー変換効率が九十五パーセントにまであがり、電力はほぼ全てそれで賄われているらしかった。
細かいところでは、参議院が廃止され、動物園や水族館が全てなくなり、車はすべてが電気自動車になり、二人乗りドローンが行き渡りと、まさに近未来が現実的になった世の中に変貌を遂げていた。
ジェイコブは次の仕事があるらしく、丁寧にお辞儀をし、帰って行った。
俺も、あと一杯カクテルを飲み干すと、宿泊先のホテルへと戻って行った。
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