マンション

 自動運転で行き交う車の中を、俺達はマンションへ向かう。取り壊しなどされていないように祈りながら。三十年も経っていると何が起きているか分からない。


 マンションが見えてきた。ホッとする俺達。

 マンションの入り口にある、生体認証のロックを開け、ドアの前に行きカード式ロックを突破すると、ついに我が家に到着した。


「疲れたねー」

 桃恵が弱音をはく。冷蔵庫の中は全ての食料が腐っていた。


「ゆっくりしてなよ。今弁当を買ってきてやる」

「お願いね。もう何もやる気が起きない」

 桃恵がソファーに寝転び天井を見上げている。

「幕の内弁当をお願いね」

「オーライ。行ってくるよ」


 俺はまた車を出すとカーナビに弁当屋を入力し、自動運転で弁当屋に向かい、幕の内弁当を二つ買うと家路についた。桃恵が冷蔵庫の中を処分していた。


 二人は黙々と晩ごはんを済ませる。少し寂しいのでテレビを着けてみる。いつものようにニュースが流れる。ようやく日常を取り戻した。


 風呂場にいき、水回りを確かめる。お湯が出る。どうやら壊れてはいないようだ。俺は鼻歌まじりに風呂掃除を念入りに済ますと、湯をはった。桃恵に先に入るように促す。それからまたニュースを見る。


 俺は桃恵が入ったのを見計らって自分も服をぬぎ、一緒に風呂につかる。そろそろお腹の赤ちゃんが目立ってくるころだ。まだ足で蹴ってくるような時期ではないらしい。二人して風呂を上がる。


 さっぱりしたようで桃恵に笑顔が戻ってきた。ニュースから民放のバラエティーにチャンネルを移すと誰も知った顔がいない。時を渡って来たのを実感する。


 腹が満たされると眠くなってくるのは生理現象のようだ。俺達は疲れていたので、寝室に向かい、早めに寝ることにした。


 エアコンをかけ、ベッドへ仰向けに倒れ込むと、疲れがどっと出る。やがてまどろみ、二人ともすぐに眠ってしまった。




 次の日は昨日早めに寝たので朝六時前に目が覚めた。

「今日は『お掃除本部』にまるごと掃除をしてもらおう」

「やったー!ところどころに蜘蛛の巣がはってて私一人じゃどうにもならないって思っていたの」


 俺達は業者に電話を掛けると、午後から予約が取れると言う。それまでまた弁当を買いに行き、午後を待った。


 午後一時、業者が掃除道具を持ってやって来た。俺達は打ち合わせをし、こことこことここを重点的にやってほしいと注文をつける。


 掃除が始まった。十名ほどのスタッフがきびきびと動いている。


「奥さん!冷蔵庫の中もおまかせ下さい」

 桃恵が冷蔵庫の処分をしていると作業員の一人が声をかける。


 桃恵は手持ちぶさたになり、ベッドのシーツなどの洗濯を始めた。布団カバーにソファーカバー、テーブルクロスの順に洗濯機に放り込む。


 およそ四時間かけて、我が家は見違えるほど綺麗になった。


「さすがに業者は違うわね」

 俺は結構な金をむしりとられたがそれに見合うだけの事はあった。




 それから俺達は近くのスーパーへと足を運んだ。


 桃恵が真剣に食材を吟味している。俺はかごの中にガムだのスナック菓子だのをポイポイと入れていく。


 今日のメニューは久しぶりのすき焼きだ。それと松前漬けと野菜の煮物。好物が並ぶ。腹一杯食って未来の俺に電話をかける。


「よう、こっちはマンション無事だったぞ」

「良かったじゃないか。もしなくなっていたとしたらまた住みかを探さなくちゃならない。賃貸を借りるなら、保証人や、在職証明書などめんどくさい事がたくさんあるからな」


「だからたのみがある。桃恵はもう大学を卒業できない。そこでだ。俺を社外取締役として推薦してくれないか。報酬はいくらでもいい。今現在誰が会社のトップなのか調べて伝えて欲しい。なにか社会に繋がっていないと正直不安でな。俺に出来るのはドモン&ヘッパーズのご意見番ぐらいなものさ。頼んだぞ」

「まあ、任しとけ。今からジェイコブに連絡を取ってみよう。三十分待っとけ。いいな」

「了解」


「未来のあなたに電話をかけてたの?」

「ああ、君はもう大学を卒業できないから社外取締役に推薦する事は難しい。そこでだ。俺が直々に役員になることにした。君も旦那が毎日パチンコ漬けになっているのは嫌だろう」

「ふふ、そうね。パチプロみたいだもんね最近」

「まあ、社外取締役っていうのは顧問っていうか、隠居老人の仕事ってイメージがあるから、普段の仕事は楽勝だし、緊急時だけに本領を発揮する役だ。たぶん休暇もたっぷり取れるし、海外旅行にもたくさんいけるぞ。これからは二人して人生を楽しもう」


 桃恵は梨を剥きながら楽しそうに聞いている。

「いろんな所の空を飛びたいわ。二人で」

「そうだな、それがあったな。世界中を飛び回ろう。ははは」


希望に夢を膨らませながら一緒に笑う。一緒に泣き、一緒に不安がり、一緒に楽しみ、一緒に怒り、一緒に笑い合う。そんななんともない出来事に俺はどれだけ励まされて来ただろう。その笑顔のためなら、アメリカでもどこても行ってやる。


 心は波に似ている。憂いと楽しみが互い違いに俺を襲う。しかし桃恵となら乗りきって行ける。今ほど彼女がいるありがたみが分かった事はない。


 電話が鳴る。未来の俺からだ。俺は電話にでる。


「どうだったジェイコブの方は」

「問題なしだ。ジェイは今ドモン&ヘッパーズのCEOにおさまり、人事権も全て握っているらしい。そちらの年棒も三千万円変わらず。三日後の現地時間の午後六時に最上階のバーで待ってくれとの事だった。」

「了解した。手間取らせたな。後はゆっくり休んでくれ」

「もう寝るところだよ。それじゃあな」


 俺はホッとした。と同時に睡魔が襲ってきた。


 二人してベッドに潜り込む。俺はこれからの仕事の事を話した。


「じゃあジェイコブさんの鶴の一声で、ポストが決まるのね。ジェイコブさんも社長か。出世したものね」

「ああ、ジェイがCEOで良かったよ。他の人間なら、ごり押しのコネ入社なんかしてくれないだろうからな」


 俺は桃恵と手を繋ぐと、まぶたを閉じた。


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