さらに未来へ

 俺は個室をノックし、中に入る。未来の俺と、ソファーには寝ずの看病を続ける菜々子の姿があった。俺の方はかなり痩せ細り、最近は食欲もあまり無いとの事だった。


「どうしたんだ、こんな夜に。何かあったのか」

 俺達二人はパイプ椅子に座り、今日あった事の顛末をうなだれながら話した。


「なんて事だ!警官を撃つなんて。実刑は免れないぞ」

「そうだろう。それで逃げ通す事にしたんだ。お前も自分の命が惜しかろう。そこでどうだ、更に三十年未来に行ってみるのは。医療は確実に進歩しているに違いない。今よりいい抗がん剤が開発されているかもしれない。いや、確実にすい臓ガンでも完治出来る技術が確立しているに違いない。未来に賭けてみるんだ。俺達四人の行く末を!」


 未来の俺が腕組みをして、天井を見上げ考えこんでいる。


「それに俺の事情として、ここより未来に行く事は、時空警察のレーダーに引っかからない計算がある。年月日のどこに行ったかなど誰にも分かりゃしない筈だ。俺の推察では、時空の歪みが起きた時だけに反応するレーダーのようだからだ。開発者は違えど原理はタイムマシンと同じさ。俺がそう言うんだから信用してくれ」


「なるほど、未来に賭ける…か。その頃の俺は八十七歳。丁度平均寿命辺りだな。身分証にマイナンバーが使えるギリギリのところか。いいだろう。その話に乗ってやるよ」


「分かってくれたか。必ずお前を救って見せる。お前の寿命は、未来の俺の寿命でもあるわけだからな」

 俺はここに警官がやってこないか焦りながら未来の俺を励ます。


 四人それぞれ腕時計型のタイムマシンを取りだし、行き先を確かめ合う。


「いくぞ! ワン、ツー、スリー!」


 俺達は一斉にリューズを押し込む。体全身が銀色の光に包まれ、やがてこの時代から消えて行く。




 どさり!


 四人いっぺんに出現した。着いたのは菅原病院の駐車場のようだった。まずは未来の俺に肩を貸し、病院内に入って行った。


 外来患者の席に着き、受付へ行く。


「すい臓ガンなので入院をしたいのですが」

「そうですか、まずは受診をお願いいたします」

 番号札をもらいその間に、俺は世話人として本人の病歴などの問診票を書いていく。


「失礼ですが、マイナンバーは覚えていらっしゃいますか?」

 俺は自分の財布を取りだし、マイナンバーカードを見ながら、記入していく。


 しばらくすると、また受付嬢がやってきた。

「おかしなところがあるんです。ご記入されたマイナンバーは、本人死亡のため失効されています。ご記入に誤りがあるのでは?」

「そうかい。とにかく外来の受診だけは受けさせてくれ。俺はその間に少しだけ用事がある」


 俺は外に出るとタクシーを呼んだ。十分ほど待つとタクシーがやってきた。


「めずほ銀行へ行ってくれ」


 マイナンバーが使えない事は半々の確率で織り込み済みである。


 銀行に着いた。俺は生体認証の指紋を使い、仮想通過で最も信頼性が厚い、バイタルゴールドに一千五百万円入金した。入院の方は金にモノを言わせるつもりだ。


 銀行から取って返すと、未来の俺の診療が終わる間もなく外来の医師に面会をする。


「何も言わずに受け取って下さい」

 俺はスマホのバイタルゴールドの一千万円分の画面を見せると、事情を簡便に説明する。過去からやってきて、未来の医学の進歩に賭けているのだと。


「患者の土門秀志は、過去の世界でまだ五十七の若さですい臓ガンに犯されました。彼の頭脳が必要なんです。先生に倒れられるとタイムマシンを始め、量子力学の一分野に決定的な穴が開いてしまいます。どうぞ基礎研究の大切さが分かっていらっしゃるのであれば、入院させてもらってはいただけませんか」


 俺は助手を演じ、必死に懇願した。太古の昔から情と利をもってすれば、人は必ず動く。


 医師は考え込んでいたが、情の方に共感したらしい。

「わかりました。あのタイムマシンの発明者となれば、放っておいていい筈がありません。引き受けましょう。こちらも力の限りを尽くしましょう!」


 俺達は固く握手をし、入院の運びと相成った。


 俺達は個室に通された。過去の個室と全く同じ個室であった。


 俺は銀行から下ろした一千五百万円のうち、病院にあるATMで一千万円を外来の先生の口座へ、二百万円を菜々子に当座の生活費として入金した。


 入院費は、なんと破綻が噂されていた保険形式から消費税を財源にあてた形式に切り替わり、医療費は実質ゼロ円になっていた。そのかわり消費税は二十五パーセントに膨れ上がったが、仕方がないと皆が納得をした。そのため物価が跳ね上がり、世界で最も物価が高い国に変貌していた。俺が看護師に聞いたのはそれくらいの情報だった。


 菜々子はホームセンターへ簡易ベッドを買いに出て行き、俺達も当座の着替え等を買いに街へ繰り出した。


 まずは中古車を買って足を確保し、百貨店へ向かう。


「逃げきれるの…かなあ」

 桃恵が少し諦めの表情をして呟いた。

「大丈夫だ。大丈夫。俺の頭脳を信じてくれよ」

「まあ、秀ちゃんがそう言うんだったら信じるけど。あ、そうそう。それより私達のマンションどうなったかしら。そのままだったら着替えなんて買わなくていいし。早くまた普通の生活に戻りたい」


「今日からまた新生活だ。最低限は買っておこうよ」


 そうこうするうちに百貨店へ到着した。俺達はまず下着のコーナーへ行き、それから着替えを二セットずつ購入した。


 晩ごはんをレストランで済ませて、また車を病院に走らせた。


 午後五時をとっくに過ぎていた。裏口へ回り関係者だと告げると、またすんなり通してくれた。少しだけセキュリティの甘さに不安を抱きながらエレベーターに乗る。そして個室を目指す。


 菜々子は夜になると折り畳み式の簡易ベッドを引っ張り出し、マットレスを敷き睡眠を取っていると言う。献身的な介護に未来の俺は満足をしているらしかった。


 すい臓ガン用の新しい抗がん剤も出ているらしかった。これはガン細胞だけを破壊し、健康な組織は傷付けないという、画期的な物のようであった。


 ナースステーションに立ち寄り情報を得ていると、桃恵が軽く腕を引っ張る。帰ろうの合図だ。お腹の赤ちゃんも、もう七ヶ月。そろそろ安静にしておかなくてはならない。


「じゃあ、帰ろうか。我が家へ」


 俺達は病院を後にした。

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