逃亡の果てに

 それから十日ほどたった。いつものパチンコ屋へ寄って遊んだ後、夕方六時過ぎに玉を流す。五億円持っていても連チャンして爆発すればやはり興奮してしまう。貧乏性はなおらないらしい。


 その日も俺は三万円ほど勝つと、いそいそと家路についた。


 車を出すとまた松城達が性懲りもなく俺を追ってくる。


「ちっ!」

 俺はくわえ煙草を窓から捨てスピードをあげる。ドローンの最高スピードなんか確か五十キロメートルぐらいだった筈だ。俺は易々と降りきるが、いかんせん信号が多い。ドローンが追い付いてくる。後はこの繰り返し。しかし今までと違うのはパトライトを点灯しているということだ。さらにサイレンまで鳴らし始めた。嫌な予感がする。


「そこに止まっている車、車両を左に付け停車しなさい!」


 俺は仕方なく左に横付けし、停車する。


 車から出ると松城達がドローンを降り、こちらへ向かって来た。


 と、突然。

「土門秀志!お前を未来の自分と人生の分岐点をたがえた罪によって逮捕する。大人しくお縄につけ!」


 五十代の桃恵の殺害の容疑ではなく、分岐点を違えた、より逮捕状の取りやすい罪で別件逮捕するつもりらしい。未来への旅で唯一の禁止事項だ。俺は動揺した。その手があったのかと。松城は逮捕状を俺に突き付けてくる。


 気づいた時には脱兎の如く逃げ出していた。松城と桑野はドローンに乗って後を追ってくる。俺は必死に逃げ回る。やがて大通りから路地裏に入ると、二人は俺を見失っている様子で大通りを過ぎて行った。


 俺は桃恵に連絡を取った。コールが鳴る。テンコールしても出ない。じりじりとした時間が流れる。


 二十コールほどしてようやく桃恵が電話を取った。俺は深呼吸をして、桃恵に告げる。


「桃恵か? ヤバい事になった」

「えー、なに?」

「俺に逮捕状が出た。今は逃走中だ。お願いがある。未来の俺の病院に行っててくれないか。俺もすぐに後を追う」

「逮捕状!分かったわ。向こうで待っていればいいのね」

「タイムマシンを忘れるなよ!」

 

 電話を切った。後は俺がたどり着けばいいのだか……


 ドローンの音がまた大きくなってきた。戻ってきたらしい。


「見つけたぞ。追え追え!」

 まるで猟犬のように俺を付け狙う。俺はまたダッシュをし、路地裏を進む。


 ドローンが入ってこれない細い通りに入るとドローンは空高く舞い上がる。松城が血眼になって追いかけてくる。


「それ以上逃げるな。発砲するぞ!」

 その言葉に俺はカーっとなり、胸の内ポケットからむかし未来の俺から取り上げた拳銃を取り出す。

「それはこっちのセリフだ!」

 空に向かって威嚇射撃をする。松城は驚いている様子でこちらを見ている。


「遂に正体を表したな」

 松城が俺に向かって照準をあわせる。俺はまた逃げ回る。松城は銃をしまい、ドローンを俺にぶつけてきた。どさりと倒される俺の上に松城が組み付いてきた。


 しばらく揉み合いが続いた。

「その銃はどこで手に入れた!」

「覚えちゃいねーよそんなこと」

「小バカにしやがって!」

 松城が殴ってきた。俺は口の中を切ったのか、血へどを吐いた。鉄をなめた味がした。


 パンッ!


 俺はついに一発松城の肩を撃ってしまった。


「ぐうっ!!」

 しばらく動けなくなった松城を背にまたもやトップスピードで逃亡する。次は相方の桑野が無線で何かを言いながらこちらも猛スピードで追ってくる。


 とうとう追い付かれてしまった。俺は今度は冷静にドローンのプロペラ部分を狙う。


 カン!


 ドローンが斜めに傾き体勢を保てなくなった。横へ飛びガリガリと壁を削っている。


「ええい!」

 桑野がドローンから飛び降りた時にはもう俺は消えていた。


 今度はまた松城だ。奴は肩を撃たれた怒りにまかせて、俺の足を狙って発砲してくる。ヒュン、ヒュンと弾丸が空気を切り裂く音が聞こえる。俺はまた狭い通りに入り、奴をまく。


 大通りに出たところで運よくすぐタクシーを見つけた。さっき逃げていた路地裏には、十台ほどのドローンが群がって俺の捜索を始めている。


 タクシーを出してもらった。パトカーも続々と到着しているようだ。反対車線を走っているこのタクシーに俺が乗っているなんて夢にも思っていないらしい。


 これで一旦は捜索の目から逃れる事ができた。


 しかし、安心したのも束の間、現場には既に規制線が張られていた。怪しげな車両が止められていく。もうおしまいか……俺は観念したが、なんと運のいいことにタクシーは素通りしてしまった。俺はやっとの事で逃亡に成功し、口の周りをぬぐう。腕には大量の血が付いた。


「菅原病院までお願いします」

 行き先を伝えると俺はやっとソファーに深く腰を下ろした。


「何か事件があったんですかね」

 タクシーの運転手が気軽に俺に話しかけてくる。俺は適当に答える。

「まあ、物騒な世の中ですからね」


 足がまだ震えている。これで俺の起訴は確実になったであろう。警官を撃った罪は重いとどこかで聞いた事がある。桃恵との幸せな日々にさよならしなければならないかも知れない。俺はうつむき考える。大人しく捕まった方が良かったようだ。しかし反射的に逃げ出してしまった。その過去を無かったことにできないか。タイムマシンを使ってパチンコ屋を出た一時間前に戻ればあるいは……


 だが、何らかの形で時空の歪みが生じ、結局同じ結末になる公算の方が高い。とにかく今は病院にたどり着く事を第一にすることにした。




 タクシーが病院に着いた。俺は入り口を入ろうとすると、玄関には鍵がかかっている。もう夜の七時、病院も閉まっている時間だ。仕方なく裏口へ向かう。


 インターフォンに向かって面会を申し込む。家族だと言うとすんなり通された。


 桃恵が、待合室で待っていた。俺を見つけて抱きついて来る。


「逮捕状なんて、一体どうして」

「俺が未来の俺と人生の分岐点を違えた事に対する罪だとさ。しかし問題は反射的に逃亡してしまい、警官を一人撃ってしまったんだ」


 俺はポケットにしまってあった拳銃を取りだし、椅子の上に置く。


「どうしてそんなことをしたのよ、バカバカ!大人しく捕まっていればおそらく執行猶予がついていたかもしれないのに」

「でも俺は強制的に過去へと還される。桃恵との生活ともおさらばだ」


「そんな……」


 二人の間に沈黙が続く。俺は気を取り直して未来の俺のいる個室へと足を運ぶ。


 もう、逃げ切るしかないと心に誓いながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る