ドモン&ヘッパーズ

 二日後、ジェイコブがホテルのロビーで待っていた。俺達はホテルのレストランで昼食を済ませるとドモン&ヘッパーズの本社へと向かう。


「アメリカは二度目だそうですね」

 ジェイコブが陽気に話しかけてくる。コネ入社したのは間違いないが、実力の方はどうなんだろう。これも有名なC大学のMBA (経営学修士) を持っているらしいが、そもそも文系出身で商品開発の音頭など取れるのだろうか。


 おそらく難しい理論は部下達に任せて、管理職に徹しているに違いない。何事も経験という事か。


「着きましたよ」

 目前には巨大なビルが立っていた。その巨大さに圧倒される俺と桃恵。ジェイコブに案内されるままに受付へと通される。やがてアポイントメントを取っていた、副社長のヘッパーが、直々に迎えに降りてきた。

「ウェルカムトゥカリフォルニア!」

「カリフォルニアへようこそと言っています」

 そのくらい分かるよと思いながらも俺達は握手をする。そして、桃恵とも。

「美しい奥さんで羨ましいです」

「ありがとうございます」

「聞いてました通り本物の過去の社長ですね。創業当時を思い出します」

 ジェイコブが通訳をしてくれる。俺達はエレベーターで最上階を目指す。


 最上階には足元からガラス張りの壮大な景色が見えるバーがあり、バーテンダーがコップを拭いている。聞けば最新式のアンドロイドだという。動きは人間と全く変わらない。未来は確実に進歩しているのだ。


「今のうちのラインナップです」

 最上階に設置したバーの壁にガラスケースに入った最新式のやつがズラリと並ぶ。

「これは純金で出来たもので末端価格は五億円、今現在一番高いやつです。これは派手な電飾を取り付けたもの、これは……」

 ヘッパーが次々に商品の説明をしている。一息つくと、バーでカクテルを頼む。


 そういえば桃恵はタイムマシンをもっていない。最新式のやつを一つもらう。


 俺は一番気になっている事をズバリと聞く。

「タイムパラドックスは……」

 カクテルを飲み干す。

「どういう条件で起きるんだい」


 ヘッパーは頭を巡らす。

「あー、それは主に過去の世界に干渉した時に起こります。例えば競馬の結果を知った未来人が、過去の自分にそれを教えたとします。そしてレースが始まる。馬がゴールし結果通りになると、過去の自分がその時点で消滅してしまうんです。売り始めた最初はこれ目当てで十億円出す人間で溢れ返ったのでしたが、この方式で元を取ることが出来ないと知って、一時売り上げが急激に失速しました。しばらく混乱に次ぐ混乱が起き、社会現象になったものです。それで価格も三億に落としたんです」


「じゃあ、未来に過去の自分が干渉する分には問題は発生しないと?」

 俺は胸を撫で下ろしながら質問する。

「基本的にないと思います。あなたの未来は私達の未来でもあります。未来は十分柔軟であり、あなたの今を未来の今へと繋げてくれるようなんです」

 なにやら哲学的な話になってきた。こういう話は苦手な俺は、またカクテルを注文する。


 桃恵はジュースを飲んでいる。

「子供がいるの」

 ジェイコブが通訳すると、ヘッパーは笑ってみせる。


「しかし……」

 ヘッパーが声のトーンを落とす。

「未来の自分の人生と違う人生を歩き始めた、特に子供まで生まれる事例は多分聞いた事がありません。未来へ来る人は、ほとんどが、観光旅行が目的だからです」


 ヘッパーは自分のスマホをあたる。だが、パラドックスは過去に干渉する例ばかりで未来に過干渉する例は見当たらないようだった。ただ一文、

「未来の自分の人生と袂を別つ場合」

 という文言を見つけた。正に俺達の事だ。


「時空警察が捜査し、罪にあたるかどうか審議する」


「時空警察……」

 俺は言葉を失った。タイムパラドックスにならないなら何をやってもいい訳ではないらしい。


「時空警察って何だい? まあ、字面からだいたい分かるけど……」

「United nations Time PoLice 略してUTPの事です。時空の歪みが深刻化し、社会問題になってから創設された国連直轄の一機関の事で、今現在も活発に活動中です。とにかくどこから見ているか分からない不気味な存在ですよ」

「俺が今から過去へ帰るとする。小村先生はノーベル賞を取っているだろう。俺は未来の俺のように、共同開発者として訴える事はできるのかな」

「過去にあった事例なら大丈夫でしょう。その話は社長に聞いた事がありすが、腹立たしいですね。政府が介入してきたとか。アメリカでは考えられない事です」


 ヘッパーもカクテルを飲み始めた。アンドロイドのマスターがシェイクしている。無機質なところは見られない。精巧な動きを見せている。


「妻のレイヤとはM工科大学で知り合ったとか。どんな女性だったのかな」

「社長のプライバシーに関わることなので何とも言えませんが、綺麗な人でしたよ。ただ少し気の強い人だったと聞いています。典型的なアメリカ人女性ですよ。そしてジェイコブが社会人になるタイミングで別れました。アメリカではよくある事ですよ。浮気で別れた訳ではないので賠償請求はされなかったのですが、それでも三千ドル手切れ金をむしりとられたようです」

 ヘッパーは大声で笑った。酔っ払ってきたらしい。


「しかし、奥さんは若いですね、失礼ですが、お年は幾つなんですか?」

「まだ十九歳ですよ。アメリカ人からみれば、東洋人は、もっと幼く見えるとか」

「ええ、ハイスクールの生徒にしか見えないですよ」


 俺は話題を変えた。

「ところで」

「はい?」

「未来の俺とはどうやって知り合ったのですか?」

「面接ですよ。私はまだ二十八歳で駆け出しの弁護士で、仕事もなかなか見つけられずにいたところに社長が弁護士を探しているという情報を得たんです。すぐさま面接を受けると、一発合格でした。そこから私の人生は拓けていきました。副社長兼顧問弁護士として。報酬も莫大な額をいただいています」

 ヘッパーは高い鼻を一層高くしてまたカクテルをあおる。


「洒落てるでしょう。このバー。夜になると、辺り一面の夜景が下の方に見え、自分が成功者であることを実感できます。気分がよくなったところで大事な商談を持ち出すんです。そこら辺の心理戦には絶好の場所です。アイデアマンですよ、社長は」


 ヘッパーはまたぐいっとカクテルを飲み干した。

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