息子
そんなある日、ふと一月以上も未来の俺にあってないなと思った。忙し過ぎてそれどころじゃなかったからだ。久しぶりに見舞いにいくと、「よう」と、いつもの返事。
「やっと新婚旅行から帰ってきたよ」
「んん、何の事だ?」
「桃恵とだよ、結婚したんだろう俺達」
未来の俺は口をぽかんと開け空中を見、記憶をたどるような表情をした。
「何を言っているんだ。桃恵とは結婚前に別れたぞ」
ふと妙な空気が流れる。話がこじれそうな予感がする。
「俺が結婚したのは、M工科大学に行ってからだぞ。そこの研究生のレイヤと結婚したんだ。勿論アメリカ人だ」
不穏な予感がする。桃恵と付き合っていたまでは俺達は同じ人生を歩いていた。こいつもそれは認めている。しかしここにきて決定的な分岐点がやってきたようなのだ。
「もしかしてこれはまずい事になるのかも知れないな……この世界の時間軸が柔軟であってくれればいいんだが……」
未来の俺はぼそりぼそりと呟く。
「タイムパラドックスが起きるとでもいうのか」
「最悪の場合はな。レイヤとはもう別れたが二人の子供がいる。ジェイコブと、ウィリアムだ。近々こちらへ見舞いに来る予定だよ」
「会わせてもらう事は出来るのか」
「それは問題ないと思う。ただ……」
「ただ?」
「会った途端に突然どちらかが時空の狭間に消えてしまうかもしれない。まあ、こればっかりは考えても無駄な事だ。何もないことを祈るよ」
小さなパラドックスは織り込み済みだが、大きな時間軸の改変には、時空の歪みが耐えられなくなるということか。一抹の不安を感じながら、俺は病院を後にした。
桃恵の部屋に帰ると俺は写真を取ってもらい、キューブにアップしてもらう。俺の姿は一層不鮮明になっているような気がした。
「なにこれ、心霊写真? こわーい」
「なんか、どんどん悪化してるよね、この人」
やはり俺の思い過ごしだけじゃないようだ。第三者が見ても俺の存在は希釈しつつあるのだ。
桃恵がそんな俺を見て心配そうに言う。俺が何か思い詰めているのを察したのだろう。
「もう、キューブ止めるわ。アンインストールするね」
なにやらスマホを弄っていると、キューブのアプリは消えたようだ。桃恵が見せてくれるとキューブのアイコンがなくなっていた。
「済まない……取り乱して」
「何かあったの?」
「いや、何でもないよ」
俺は、桃恵がいれてくれたお茶を飲みながら思いを巡らす。
「いやいや、ちゃんと話していたほうがいいな。俺はさっき、未来の俺の見舞いに行ってたんだ。すると未来の俺は君と結婚せずにアメリカ人と結婚していたらしいんだ。子供も二人いるらしい。社会人が一人と大学生が一人。名前はジェイコブとウィリアムだそうだ」
桃恵はそれをきいてもピンと来ないようだ。あまり深く考えるタイプではない。
未来の俺の息子は三日後に来るという。色々聞いてみなければならないだろう。
桃恵は最近、料理に凝っている。一食にだいたい三品出てくる。野菜が中心の栄養満点の食事である。私が栄養豊富な物を食べると赤ちゃんにまわるからだそうだ。料理上手になってきている。それは喜ばしい事だ。
一方、俺は三日後に息子達と会うか会わないか、ギリギリ煮詰めて考えている。
しかし未来の俺、本人に会っても何も起きなかった。それを考えればその子供と会ってもおそらく何もおきまい。俺は楽観的に考えるようにした。
心は波に似ている。不安と安堵が交互に俺の心をさらってゆく。その未来の妻の人となりが聞きたいのだ。名前はたしかレイヤ。どんな女性だったのだろうか。
眠れぬ夜を過ごし三日後、俺はスーツを着て、未来の俺と朝十時に待ち合わせをした。緊張した面持ちでドアを開ける。そこに二人の男がソファーに腰かけて待っていた。
俺達は握手をし、お互いに自己紹介をする。
いきなり時空の狭間に飛ばされるような事はないようだ。ほっとする俺。
二人ともいかにもハーフという顔立ちで男前である。片言だが、日本語が通じるようだ。
「俺の名前は秀志土門だ。知ってのとおり君たちのお父さんの過去の姿だ」
二人とも目をひんむいてこちらをみている。
「若いですね」
まあ、当たり前の感想を社会人のジェイコブが言う。
ジェイコブは俺の会社、ドモン&ヘッパーズに入社し、若くして商品開発部の部長を勤めているらしい。将来は当然役員に名を連ねるのだろう。
ウィリアムの方は大学に通いながら、IT関連の会社を興しているそうだ。なかなか行動力のある男のようだった。
俺はジェイコブに聞く。
「商品開発部って何をするんだい?いろんな機能を付け加えるとか?」
「それもやってますけど、時間旅行にいける期限をもっと長くしているんです。今は過去、未来共に千年ほどですけど、これを伸ばして恐竜が最も栄えたジュラ期まで伸ばす予定です。このニーズが最も高いんです」
俺の頭脳が素早く計算する。ジュラ期までいくには、タイムマシンに相当の付加がかかるはずだ。蓄えるグラビトンも半端ではないだろう。あの小さなチップでは無理がある。
「腕時計型では、無理だろう」
「はい、うちの研究所でもそういう結論に達しました。なので今車両型を開発中です」
「なるほどな、エンジンの代わりにチップを並列繋ぎにして乗せるわけか」
俺がズバリと言い当てたみたいでジェイコブは笑った。
「さすがお父さん。ご名答です」
アクセントはおかしげだが、しっかりとした日本語を使う。
「私は明日帰ります。よかったらドモン&ヘッパーズの本社へ一緒に来ませんか」
「それは……遠慮しとくよ。思わぬ事故があるかもしれない」
俺は未来の俺を見た。イエスという顔をしている。
「分かったよ、じゃあ、俺の妻も連れて行こう」
二人と握手をし、お別れとなった。ジェイコブがファーストクラスを手配してくれるらしい。丁度正午に成田空港で待ち合わせをする事にした。
アパートに帰ると桃恵がスペイン語の勉強をしていた。邪魔しちゃ悪いと俺が切り出す。
「今日はピザでも取らないか」
「わー、嬉しい!今日はなぜか勉強が乗っちゃって晩御飯を用意できなかったの。ごめんなさい」
いつものように体をくねっとさせながら笑顔でこちらを見る。
「栄養不足になると悪い。野菜炒めでも作ってやるよ」
「ありがとう」
自炊が長かったので簡単なものなら一通り作れる。ピザを頼み、冷蔵庫の中を覗くとキャベツに人参、玉ねぎもある。どのみち今日のメインメニューは野菜炒めだったようだ。
俺は野菜を切りながら聞く。
「明日からまたアメリカへ行かないか。息子にドモン&ヘッパーズの本社へ誘われたんだ。VIP待遇だぞ」
「わー、行きたーい!」
桃恵は即決した。
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