幸せ
次の土曜日、俺達は宝石店へ出向いた。桃恵の顔は輝いている。普段あまり化粧をしない桃恵であるが、今日はナチュラルメイクをきめてきている。
宝石店に入るときらびやかな宝石で埋めつくされている。四十前後の女性店員がしゃなりしゃなりと近づいてくる。
「今日はどういった物をお探しで?」
「婚約指輪を買いに来たんだが」
「ご予算はいかほどですの?」
「彼女が欲しいものを買いに来たんです」
「婚約指輪はこちらですわ」
どうやら俺の言い回して金持ちと踏んだらしい。VIPルームへ通された。
「こちらの商品が売れ筋ですのよ」
そう言うとダイアモンドが大きめの高そうなやつを勧めてくる。値段をみると、五千万円ほどのやつがずらりと並ぶ。桃恵はそれらを真剣な眼差して選んでいたが、
「これが素敵だわ」
と、その中の一つを取り出した。それは大きなダイアモンドを中心にルビー、サファイア、トパーズなどがちりばめられた、綺麗な色あいのものだった。値段は五千万円をゆうに超える。
「じゃあこれを一つ下さい」
俺はいつものようにブラックカードを取り出した。桃恵は指のサイズを店員に告げると店員が桃恵にあったサイズを持ってきた。
「ありがとうございました」
店員が満面の笑みを浮かべ見送ってくれた。
次の日曜日はパラグライダーの練習の日だ。今日で七日目、桃恵はようやくコツを掴みつつある。自分の力で飛んでゆく。
八日目、やっとライセンスを取得した。桃恵は晴れてシングルフライトへ乗り出した。残暑が照りつけるなか、桃恵は風を切って飛んでゆく。俺はバランスを取りながら桃恵の後を追う。二人とも無事着地点に落下し、笑い合う。
「やっと空を飛んだって気分だわ」
「君の努力の賜物だよ」
その日も三回テイクオフをし、大満足で家路につく。
桃恵と男女の
「今度は結婚指輪を買いに行こう。俺はもう君がいないとだめなんだ」
そう言って唇を重ねる。
「来月にも式をあげよう。その前にブライダルプランを今度専門家に聞いてみよう」
「嬉しい!」
桃恵は俺の胸に顔を埋める。シャンプーのいい香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「こんな日がやって来るなんて夢にも思わなかったわ。浮気しないでね」
「するわけないじゃないか。君は俺の生涯のパートナーだよ」
次の日から忙しい日々が始まった。二人でブライダルプランナーの所にいき、予算や、漠然とした式のイメージなどを伝える。プランナーはそれを元に具体的なプランを提示してくる。俺は友人達の選定で迷ったが、小村先生の研究生仲間を選んだ。今は皆六十歳前後の筈である。連絡の取りようがなかったので探偵をやとい、なんとかリーダー格の鈴木の電話番号を突き止めた。そこから芋づる式に皆の連絡先が分かっていく。
友人達を研究生仲間にしたのは、あの日皆の前から未来へ旅立ってからの事情を理解してくれると思ったからだ。俺はまだ二十七歳であり、そこら辺の事情が説明しやすいと思ったのである。
仲が良かった鈴木と、北村を呼ぶと、居酒屋へ繰り出した。消えた当時のままの若い俺に最初は仰天していたが、俺は未来へ行った後の事を時系列に沿って正直に話すと、あやふやながらも納得してくれたようだった。
「じゃあ、今の時間軸に二人のお前がいるっていうことになるんだな」
「M工科大学へ移籍したところまでは、メディアなんかで知ってるよ。でもそこまでの金持ちになっているとは…知らなかったよ」
二人とも六十歳前後だ。まだまだ見た目もそれほど変わってはいない。
「じゃあ、鈴木さん、友人代表のスピーチ頼んだよ」
「任しとけ。タイムスリップのことらへんは上手く誤魔化してやるよ」
二次会は、行きつけのカラオケスナックに呼んだ。二人とも気分よく歌っている。
「小村先生は……」
鈴木がその事に触れる。
「どうするんだ?」
小村先生は俺の難解な数理モデルをいち早く理解した、数少ない研究者の一人であった。俺がタイムマシンの量産化に乗り出すと、初号機をモデルに、後を追いかけてきたのだ。価格も二億五千万円に引き下げて。それでかなりの財を成したと聞いている。
「いやあ、小村先生はやめておこう。なんたって商売仇だからな」
俺はウイスキーを飲みながら拒否をした。
やがて二人が酔いつぶれると、交通費十万づつを渡してタクシーを呼んだ。
「桃恵さんを僕にください!」
俺は貧しそうなアパートの一室で桃恵の母に頭を下げていた。
桃恵の母は黒ビールを用意して待っていてくれた。毎月俺が桃恵に渡す百万円のうち、三十万を逆に仕送りをして、大富豪に玉の輿をしたと告げていたのである。
「まあまあ、お手を上げてくださいな」
黒ビールをジョッキに注ぎながら桃恵の母は嬉しそうにしている。
「こちらこそ桃恵がお世話になっております。ふつつかものですがこれからもよろしくお願いいたします」
通り一遍の挨拶を済ませるとビールを勧めてくる。俺は「失礼します」とジョッキを持ち半分ほど飲む。桃恵の母は小柄で華奢な人という印象だ。
「何でもタイムマシンの発明者とか。余程努力なさったんでしょう?」
まさか、モデルが勝手に天から降ってきた天才だなどとは思っていても言えない。
「恩師のおかげです」
謙遜して好青年をアピールする。
俺はタイムマシンの原理を説明する。横に座っている桃恵も母も、ちんぷんかんぷんの様子だが、やがてうっとりとした表情を見せ始める。
「式はいつになりますの?」
「はい、九月三十日に予定をしています。つたない二人ですが、これからもよろしくお願いいたします」
これで晴れて親の承諾を得た。
桃恵は次の日、二年間の休学届けを出しに大学を訪れた。俺の言う通りに、早めに体を気遣っての事である。休んでいる間にとにかくスペイン語だけは猛勉強するとのことであった。
ざわざわした会場にアナウンスが鳴り響く。
「皆様お待たせ致しました。新郎新婦の入場です」
プロの司会者が式の開催を宣言する。鈴木のスピーチや音楽演奏会、キャンドルライトに火をともし、特大のケーキに入刀と、式は進んでいく。
やがて桃恵の幼少からの写真がスライドで流れる。苦労したんだろうなあと思うとこっちまで泣けてくる。
式も終わり豪華なお土産を配り、一息ついた。
気候もいい、十月、俺達の新婚旅行は、アメリカで決定した。ラスベガスで散財し、グランドキャニオン、ナイアガラの滝、ニューヨークと、お決まりのツアーを行き、十分に楽しんだ。
俺達は幸せだった。そう、この日までは。
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