第二章

ある女

 そんな折、いつものようにデリヘル嬢を実家に呼ぶと、そのあまりのかわいさに驚く程の子がやってきた。くるんとした瞳、厚い唇。少しだけカールしたその髪型。俺のタイプにぴったりなのだ。


 聞けば十八才、大学一年だと言った。割りのいいアルバイトとして、この仕事をやっていると言う。学生証も見せてもらったが、嘘偽りのない年齢だ。その日、俺はしらふだった。緊張しながらもスキン無しでやらせてくれないか頼み込む。もちろん百万円の札束を目の前にぶら下げて。


「いいわよ」

 彼女は気軽に答えた。


 弾けるような肌。彼女の方も俺が攻めるとあえいでくれる。深く深く彼女の中へ。吸い付くような彼女の肉体。その若い肉体に俺は溺れていく。そして愛がはじける瞬間。


 延長を繰り返す。甘くてとろけそうな時間が過ぎてゆく。


 別れの時が来た。俺は外でも会わないかと提案した。デートがしたくなったのだ。聞けば今は彼氏がいないらしい。俺は普通の男女交際を申し出た。もしかして彼女が、未来の俺の妻か?


「いいわよ」

 彼女は笑いながらいたずらっ子のように微笑えんだ。


 俺たちは次の日曜日に駅前の銅像の前で待ち合わせをした。


「お待たせー!」

 彼女、杉浦 桃恵ももえが、手を振りながら駆けてくる。若い笑顔が三十路手前の自分にはまぶしい。


「俺もさっき来たところさ」

 喜びは頂点に達する。出会いはセックスから始まった。そんな恋物語もあっていいじゃないか。とにかく一目惚れをした女性と、今こうしてデートしているのだ。この感激はキャバクラ嬢十人指名するより勝るものだ。


 今日のデートはウィンドウショッピング。何でも好きなものを買ってもいいと言ってある。桃恵は俺の手を引き、一直線にヘルメスの店に入る。


「このバッグがほしかったのー」

「あ、これも」

「こっちも」

 気持ちいいほど遠慮なく買っていく。紙袋は五つにもなった。


「土門さんてお金持ちなのね」

 カフェに寄り、コーヒーを注文したところで聞いてくる。

「まあね、ブラック持ってるからね」

 俺は得意気にカードを取り出した。

「すごーい!!初めて見たー。本物?」

「本物に決まっているじゃないか。俺は今出回っているタイムマシンの発明者だ。金は唸るほど持ってるよ」

「あーあのタイムマシンの事ね。私が生まれる十年前程にノーベル賞をとったけど、最初に発売された値段が十億?とても、庶民が手を出せるものではなかったわ。それの発明者なの?」

「まあね。特許を取ってあるんで、独占状態さ」

「羨ましいわ。うちは貧しかったんで私、今の大学は奨学金で通っているの」

「奨学金!それであんなバイトを…」

「そうなの。なるべく早く返したほうが後々きつくないって言われて。それで割りのいいバイトを探してたら、風俗嬢になってたの。体を触られるくらいならいいかなーと思って」

 桃恵はくねっと、体をゆがめ笑ってみせる。どうやらそういう事に対する罪悪感と言うか、閾値いきちが低いと言うか。ある意味天女のようであり、ある意味悪女のようであり。


「いいかなーって気軽に言うね。俺が払ってやるよ、奨学金くらい」

「本当! 土門さん素敵!」


 惚れた弱味だ。俺は総額を聞いた。それは今の俺にしてみれば雀の涙程でしかなかった。


「今度現金を下ろして事務局へ一緒に行ってやるよ。そして堂々と現なまをぶつけてやればいい」

「分かったわ」

「その代わり条件がある。今のようなアルバイトはやめて欲しいんだ。俺だけの女になってくれないか」

 桃恵は少し考えていたが、素直に言う事を聞いてくれた。

「分かったわ。でも生活費が」

「生活費なんか、俺が毎月百万円渡してやるよ。とにかく金の心配は、これからしなくていい」

「百万円!それだけあれば、バイトしなくても十分よ。勉強に専念出来るわ」

「勉強は何が、専門なの?」

「経済学部の経営学専攻よ。将来は会社を興すつもりなの。まあ今は一般教養に追われているけどね。第二外国語はスペイン語。英語もまともに話せないのにね、バカみたい」

 桃恵の不満にいちいち頷く。俺もスペイン語だったからだ。英語を強化するならまだしも、スペイン語なんて。興味も何もないのでかなり苦しんだ苦い過去が甦る。しかし大学院生になるには、越えなければいけない壁だった。

「まあ、とことん苦しむことだな。先輩としてはそれしか言えない」

 少し笑った俺を見て、「いじわる」とだけ言い、コーヒーに口をつける。もう六月。晴れた日には容赦なく夏の日差しが照りつける。


「うち来る?」

 桃恵が嬉しいことを言ってくれた。未来の俺が持っている車に紙袋をいれると、後部座席はいっぱいになった。地方都市なので車はかかせないのだ。


「その前に海が見たいわ」

「了解」

 俺は九十九里浜にむけて出発した。途中で高速に乗るとドライブデートに盛り上がる。桃恵が曲が入った音楽チップを入れる。最近の流行りの歌のようだ。悪いが過去からやってきた俺にはさっぱり分からない。


「最近はこういう音楽がはやってんの?」

「えーこの曲知らないの?研究室にこもり過ぎよ」

「音楽はあんまり興味がないからな」

 俺は思わず頭をかく。それを面白がる桃恵。

「本当にかたぶつなのぬ」

 そういうと黙り込み、機嫌がよさそうに窓の外を眺めている。


 海についた。圧巻の広さ。さすが、九十九里というだけある。まだ冷たい水が素足にかかって気持ちがいい。直射日光があたると、もう、うだるような暑さだからだ。


 二人で大さわぎしながら海を満喫し、家路についた。


 途中でフレンチと思われるレストランに立ち寄り、腹一杯たべる。結構な値段がしたが、ブラックカードの敵ではない。店員がブラックを見て目を白黒させている。


 桃恵の部屋は彼女が通っている大学のほど近い場所にあった。大学には自転車で通っていると言う。見た目は少しボロッとしたアパートである。中に入ると六畳一間の部屋にベッドが横たわり、苦学生の生活感を醸しだしている。


「ふだんはソファーがわりにベッドに横になってテレビを見ているの。狭いでしょう、これでも家賃は五万円も取るのよ、信じられる?」

 インフレというものは有史以来確実に進んでいるらしい。


 桃恵が一番欲しかったというバッグを手に取り、写真をとってくれとねだる。写真にスマホ、その辺りはもう技術が行き着いたようで、俺の時間軸とあまり変わらない。そしてSNSばえするとか、訳のわからない儀式のようなものも。最後は俺と一緒に左手を斜め上へあげ、自撮りをする。これらの写真を今一番の流行りのSNS、「キューブ」へアップするらしい。


 俺はあやふやな笑みを浮かべ、桃恵と頬をくっつけた。



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