放蕩の日々
それから俺は遊びに遊んでまわった。昼は競馬にパチンコ、夜はキャバクラに風俗。
キャバクラ嬢にブラックカードを見せる。最初は何か分からなかったようだが、これで飛行機が買えると分かると途端にサービスが良くなった。
「三番テーブルのお客様、五人のお嬢のご指名です!」
景気のいい、ボーイのマイクパフォーマンスが鳴り響く。可愛い子が多いと評判の店とあって選り取りみどりである。俺は一本百万もするシャンパンをジャンジャンあけていく。
十本、一千万を超えた時には流石に怖くなったが、それも総資産から言えば微々たるものでしかない。
現金も持っていたので、立ち上がり百万円を天井に向かってばら蒔いた。金取引で現金化したものだ。お嬢達が群がって黄色い声をあげながらお札を拾っているのを、シャンパンを飲みながら眺めまわす。
「ねぇ、IT企業の社長系?」
「お金全部でいくら持ってんの?」
明け透けなお嬢に聞かれ、俺は思わず口にする。
「聞いて驚くなよ。俺はタイムマシンの発明者、アメリカの企業ドモン&ヘッパーズのCEO様だ!」
ヘッパーというのはアメリカ人の副社長兼弁護士で、創業はこの二人でしたらしい。
「タイムマシン!私も欲しいー」
「私もー。誰と結婚してるとか、興味津々な感じー?」
「夢があるよねー」
「これが、タイムマシンさ」
俺は左手に着けている腕時計をかざして見せる。
「ねぇ、貸してー!」
「これはダーメ。何が起きるか分かんないから」
「いくらするのー?」
「三億円だよ」
「キャーすごーい!!」
俺のまわりはまたもや狂乱状態に陥った。薔薇とワインの日々、アルコールに溺れていく自分。どうして人の一生は儚く、望みは尽きないのだろうか。
実家にデリヘル嬢も呼んだ。もちろん酔っ払った上での事だ。俺は十万出すからやらせてくれと迫る。やらせてくれる子もいれば、ダメな子もいる。もちろん子供は作らないようにしていた。
そんな俺を次第に軽蔑の眼差しで見るようになった菜々子がいた。
しかし、心変わりをしたのはそっちが先じゃないか。俺は逆に見せつけるように、実家にデリヘル嬢を呼びつける日々が続いた。
十日ほどデリヘル嬢とイチャイチャするところを見せつけた。一度未来の俺と遭遇した女がいた。
「お父さん?そっくりなのね」
素直な感想だ。自分なのでそっくりなのはあたりまえだが。
「もう遊びも飽きて来た事だろう」
未来の俺が言う。しかし、性に対する欲望だけは抑えきれない。俺は一日一人は呼び出し金を積み上げ抱いた。
未来の俺の容態の方は行ったり来たりを繰り返しているようだった。
食欲が衰えないらしい。この一点が希望と言えた。ガン患者が痩せ細っていくのも、食欲がなくなり、体を維持できないためだからだと聞かされた。
ガンの治療を再開したらしかった。思ったよりも抗がん剤治療が体に合っていたようだったからだ。
治療費百万円を渡す。もう、こいつの総資産は、俺の物になっていた。
未来の俺はその事に対して不平を言わなかった。菜々子との甘い生活に夢中で、自分が築き上げた資産などどうでもいい感じだ。今はただ体調が回復しているのを奇跡のように感じる日々のようだった。
一月で終わらないかもしれないな……
最近の未来の俺の様子を見て、長い闘いになるかもと決意を新たにする。全身に転移した主なガンは、外科的アプローチで切除できるらしい。俺は一千万円を積み上げ、手術をたのんだ。半月前には殺そうとしていた相手であるのに、何故か今は親近感すら抱いている。心境の変化が著しい俺の事だ。気が変わらない内に高い手術費を前払いしたわけだ。
入院し、手術を受ける事となった。
胆管ガン以外に転移したガンは、全て除去した。胆管ガンも取れるところは取ってくれたらしい。手術は成功したように見えた。
食欲が落ちない。これはひょっとしたら助かるかも。抗がん剤治療が続く。
二十日が過ぎた。最初あったときとあまり印象は変わらない。ビジョンで見たという、点滴を打たれた情けない自分。今まさにそうなのだが、今は希望という、輝かしい未来が待っている。
しかし、その間も俺の放蕩三昧は相変わらずで、競馬ですり、キャバクラで散財していた。一日で五千万から一億円使う俺の評判はうなぎ登りであり、俺が行った店はほとんど俺の貸し切り状態になるのであった。
お嬢にブラックカードと、タイムマシンを見せて回るのがほとほと心地よく、俺の虚栄心を満足させていた。
しかしそろそろそんな遊びも虚しくなってきた。彼女達は俺に興味があるんじゃなくて、俺の金に興味があるのだ。競馬の方もほとんど当たらない。これほど面白くないギャンブルもない。一度空を飛んでみたかったのでパラグライダーをやってみた。これは面白かったので、またやることにした。
とにかくありとあらゆる遊びをしてまわった。公営ギャンブル全般は勿論のこと、カラオケスナック、ハンググライダー、スキンダイビング。中でもスキンダイビングが面白かった。上から覗いても真っ黒な海だが、入ると案外透明で、魚の大群等を見ることが出来た。体験だけであったが、十分に堪能した。
キャバクラは少し飽いたのでカラオケスナックに足しげく通うようになった。自分が入れた曲が流れる瞬間のこっぱずかしい感覚。他人に聞かれているという程よい緊張感。何より値段がリーズナブルだ。一時間五千円で飲み放題という圧倒的な安さ。一日で一億円近く使っていた頃とは大違いだ。しかし、カウンター越しにスナックの姉さんとしゃべる内容は、やはりタイムマシンの発明者と言う自慢話なのだった。
そうこうする内に一月が経とうとしていた。未来の俺は未だにすこぶる元気で俺が見舞いに行くと笑顔で「よう!」と出迎えてくれる。俺は曖昧に挨拶を返して、菜々子が買ってきたと思われるフルーツセットの中から桃などの皮を剥き、勝手に食べる。
「命が繋がる気がしてきたよ」
「それはよかった。こっちの方は順調に散財してるよ」
「キャバクラが一番金がかかるだろう」
「そうだな、キャバクラはもう飽いた。今はカラオケスナックに通ってるよ」
昔を思い出すように目玉をくるりと回す。
「そうだそうだ。はまったな、一時期」
「それとデリヘルだ。たった十万でほとんどの子が本番をやらしてくれる。キャバクラなんかよりよほどリーズナブルだよ」
「俺に遠慮してキャバクラ通いをやめなくてもいいんだぜ」
「遠慮なんかしてないさ。一億円近く金取引で換金したしな。もともと現金主義だし。まあ、ガンが治ったら、カードは返してやるよ。時々恐ろしくなるんだあのブラックカードが」
俺は力なく笑った。
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