再会
菜々子をついに見つけた!長かったような短かったような時間の錯誤を覚えながらも取り敢えずは彼女を抱き締める。しかし、妙に冷たい。抱き締めた手を振りほどき、無言で立ちつくしている。
「やっぱり来たのね」
「なぜ突然に居なくなったんだ!」
俺は彼女の両肩に手をかけ軽く揺さぶる。菜々子は無言のままだ。俺は自分の両親の事を聞いてみる。すると、やっと答えが帰って来た。
「ご両親は介護が出来ないので特別養護老人ホームにふたりとも預けてあるって言ってたわ」
それを見越して、リフォームに手をつけなかったのか。相変わらず金には汚い。
俺の中には様々な疑問符がつまっている。菜々子を連れ出して行った未来人は、三十年後の俺だと分かった。しかし腑に落ちない。菜々子はなぜ無抵抗で拉致もされずにここまでついて来たのかという事だ。
「それは……話すと長いから……心の整理をつけさせて」
「分かった。今は動揺しているんだね。でも後からきっちり話してくれよ」
「分かった」
こんなに聞きたい事がいっぱいあるのに、しばし、沈黙が二人を覆う。
そこへ庭に車が停車する音がする。どうやら未来の俺が帰って来たようだ。俺は緊張しながら対面を待つ。五十七歳の俺、どんな風貌になっているのか。俺は応接間に通される。
「今帰ったよ」
菜々子は俺が応接間に居ることを告げているようだ。
やがて、未来の俺と対面の運びと相成った。
俺は緊張してそのあり得ない出会いを待つ。
応接間に入って来ると握手を求めてくる。俺も手を出すが、一瞬ためらう。タイムパラドックスを起こし、二人とも突然に消滅などしたら……未来の俺の方はそんな心配などどこ吹く風で、遠慮もせずに右手をぎゅっと握りしめてくる。
顔はさほど、変わっていない。初老の俺である。髪の毛は多少薄くなったほどで醜くく変貌はしていない。毛は流石に白いものが見えているが自然である。下手に白髪染めなどをするよりも、もてるのではないのか。変わったといえば、目尻にしわが増えたくらいか。とても後三年で還暦を迎えるとは思えないほど若々しい。四十代に見えないこともないほどである。人は見た目によらない。彫りの深い目元、印象的な厚い唇。まだまだ女関係も現役だということを彷彿とさせる、若々しい服装。
しかし「すまない」も何も言わない態度を見て俺はこいつに殺意を抱いた。今はなついているようだが、多分最初はナイフかなにかで菜々子を脅したに違いない。そのしわの増えた顔をせめてぶん殴ってやろうか。
「弁当食うか」
有名なチェーン店のものだ。まだつぶれずに営業しているらしい。
「いや、さっき食ったよ。いらない。」
俺はまだ腹が減っているのだが、物を貰うと、下手に出てしまうような気がして断った。
「さて、聞きたい事は山ほど有るだろう。この際一気に聞いてくれ」
菜々子も入って来た。二人で弁当を食べ始める。
「これから聞く事は、いわゆる『禁止事項』にあたっているかもしれない。こっちも注意して聞くんでそちらもよく考えながら答えてほしい」
俺は変化球から投げてみた。
「ここにいる菜々子じゃなくて、あんたと付き合っていた菜々子とはその後どうなったんだ」
「別れたよ。お互いに自分の世界をもっていた。すれ違いが大きくなり婚約解消さ、おおきなダイアのエンゲージリングをプレゼントしたんだがな。盛り上がったのはそこまでだったよ」
「別の女と結婚はしたのかい?」
「ああ、さほど関心が会った訳じゃない女がいたんだが、向こうがうるさくてね。勢いでつい式をあげてしまったよ。子供もできた。もう立派な社会人だ。社会人になったタイミングで離婚した。関係は冷えきっていたんだ俺たち」
俺にしてはよく二十年間ももったなと、感心する。子はかすがいとはよく言ったものだ。
買ってきた弁当を半分残して食べるのをやめた未来の俺。どうやら食欲が無いようで、しかも腹のあたりを押さえつけてうめきだした。
苦しそうな発作の時間は案外早く終わった。
俺は遠慮なく尋ねてみる。
「なんか、病気なのか」
なんでもないという顔をして、未来の俺が答えた。
「ああ、ガンだよ。胆管ガンだ。見つかった時には終わりの容赦ないやつだ。それが見つかった時には手遅れで全身に転移していたよ。医者がいうには後一月の命らしい」
衝撃だった。俺の寿命が、六十前だとは!
未来の俺はペットボトルの茶を飲んだ。肉体とは残酷だ。死が目の前に迫っても最後まで自らを維持しようと、食を求めて、茶を飲むのだから。
「そうか、しかし未来の菜々子が自分の世界を持ったとは、当然あのドイツのコンクールを突破し、プロへの登竜門を登り始めたと、いうことだな。それはめでたくて良かったじゃあないか」
「しかしそのせいで俺の中には拭い切れない未練が残ったんだ」
「ノーベル賞は、……取ったんだろうな」
「おいおい忘れちゃあ困るよ。俺はお前の未来だぜ」
当然取ったさ……俺は次の言葉を待った。
「俺は賞の発表前に発作的に未来へ向かった。違うか? 小村先生は一月待てずに先生の単独発明として発表してしまったんだ。俺が戻って聞いた話では、そりゃあもう、大騒ぎだったらしい。先生は当然ノーベル賞を取り、俺が戻ってきたら露骨に嫌そうな顔をして、出迎えてくれたよ。俺は直ぐに裁判を起こし、共同研究だと主張した。結果は何故か政府の仲介が入り、十億円で論文の権利を書いとる事で合意させられたよ。あなたもこれからの研究者人生が待っているでしょうなどと言いくるめられてな」
「それですごすごと手打ちにしたのかよ。」
「まさか!俺は研究の舞台をアメリカのM工科大学に移し、そこの客員教授に収まった。理論の基礎は小村先生の論文にあるとはいえ、それは希望的観測に過ぎない理論だった。膨大な数式を解き明かし、最後のピースをコトリと頂上に置いたのはこの俺だ。同僚は、俺の数式の半分も理解できなかっただろうよ」
確かにこいつの言うとおりだ。ノーベル賞を俺が逃したのだとしたら、俺も同じ行動に出るだろう。
「
俺は、おとなしい妹の知可の将来を、心のすみでいつも心配していた。既に子供も三人もでき、順風満帆ということだった。
取り敢えずホッとする。家族三人は安泰のようだった。
しかし、禁止事項なんかなにも考えずにしゃべっているなこいつ。
ああ、なるほど、後一月の命ならタイムパラドックスなんてどうでもいいのかもしれないな。
しかし自分の寿命を聞き出せたのはタイムパラドックスの最たるものではないのか。その十年ほど前から毎月一回人間ドッグに入り、完全に早期発見してガンを治療してやる。
俺はその簡単な解に気付き、満悦の笑みを浮かべたのだった。
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