第11話 それは、まるで

 身体が痛い。

 目が覚めた俺の最初の感覚。


 ギシギシと音を立てるような感覚と共に、首を回し周りを見てみる。


 白い壁、天井、窓がない四角い部屋、周りには色々と機械が並んでいて、俺の体にケーブルが張り付いている。


 あぁ、また病院なのか。

 あれから、どうなったんだろう? 他の人たちは、無事だろうか? 

 痛む体を起こし、そんな事を考えていると、部屋の入り口のドアを開けて看護師さんが入ってきた。


「あら! 目を覚まされたんですね、よかった、一か月ほど目を覚まさなかったんですよ」

 柔らかく微笑みながら、そう言ってきたのは田村さんと言う女性看護師さん(名札を見た)だ。


「えぇっと、ありがとうございます」

 えぇえ? 一か月? いったい何がどうしてどうなったんだろう。


 気分はどうですか? とか、痛い所は? とか、体についているケーブルやら何やらを外しながら、そんな質問の答えを聞いて戻ろうとする、田村さんを呼び止めた。


「あの……、他の人たちはどうしてますか?」

 聞くのは怖かった。

 田村さんは、少し困った顔をしながら。

「ここに搬送されたのは、あなただけですよ」

 俺だけ……、他の人は? いや、別の場所に運び込まれたかもしれない。

 無事でいてくれていればいいんだが。

 一人残された俺は、白い個室の中で、ぼんやりとそんなことを考えていた。


 **********


 目が覚めてから、一週間ほどリハビリでこの施設で過ごした。

 もう動くのに支障がない。

 看護師の田村さんに「迎えが来るから」と言われ、考え事をしながら、モゾモゾと預かってもらっていた私服に着替える。


 この施設についてわかったのは、大きな病院事、そして部屋も廊下も窓を塞ぎ外が見えなくしている事、見かける人が少ない事。

 廊下を歩いていても、看護師さんくらいしか(しかもたまに)見かけなかった。

「入院しているの、俺しか居ないんじゃないのか?」

 と思ってしまう。


 節電のつもりだろうか、蛍光灯がまばらについた廊下を靴音を立てて歩き、薄暗い階段を下りていく。


 村の人たちについては、病室に来る看護師さんたちに聞いても、ハッキリした事はわからなかった。


 階段を降りると、薄暗く広い待合室に出た。

 数人の人たち、病院の関係者だろうか? それと、作業着を着た人たちが、箱詰めにした荷物を片付けている。


 入り口であろう場所も、塞がれ目張りをされているが、出入りできるようにはされていた。

 そこから外には、何やらビニールカーテンで覆われた、小屋のモノのようながつながるようだ。

 そこに数人、大きな透明なバイザーが付いたゾロっとした宇宙服のような、いや、化学防護服ってやつだろうか? それを着こんだ人たちが居て、俺の方を見ていた。


「あなたが山田祐樹くんですね? 私はと言います、になります、よろしく」

 防護服を着てマスクもしているので声がくぐもって聞き取りずらいが、おそらく女性だろう一人が俺に声をかけてきた。

 きつめの目が怖い、苦手だなぁ。


「ええっと、佐藤さんですね、よろしくお願いします……、鈴木さんの後任? ですか? 鈴木さんは元気ですか?」

「鈴木は外に出ています、健康状態はわかりかねますね」

 何と言うか、感情を見せないようにしているのか、俺の様な人間を嫌っているのか……。

「そんな事より、そこにあなた用の防護服が入っているので着てください」

 壁際にある段ボール箱を指さして、佐藤と言う女性が言った。

「あ、はい」

 うん、苦手だ、この人。


 防護服を着た人たちに先導されて、病院を出ていく。

 病院の出口には、エアシャワーのようなものが取り付けられていて、そこをくぐり外に出ると、そこはモノクロの世界が広がっていた。

 病院の周りは、清掃してあったようだが、地面からは無数の小枝のようなものや、蔓のようなものが生え、何か小さな白い綿毛のようなものが積り、所々で小山のようになっているモノも見える。

 街路樹などは、枯れ果て黒い針まみれにされたオブジェのようになっている。


「な、何だこりゃ……」

 小さくつぶやいたつもりだったが、聞こえたようだ、佐藤と名乗る女性が返事をする。

「あなたが、寝ている間に起った事で、この世界はこんな状況になっているんです」

 ぶっきらぼうで無感情に答えてくれた。


 大きなホロの付いたトラック(自衛隊の人員輸送用だろうか)に乗り込み、病院を後にする。

 外の世界は、清掃されていない所は綿毛が覆いつくしている。


「白いものは気流に乗ってきた、多様な植物の種子です」

 防護服に包まれてくぐもった声で、佐藤さんが言う。


「これらは、吸着性が有り吸着すると水分を吸収し途端に発芽して成長するんです、発芽した物もある程度成長すると死滅するのですが」


 言葉に苦々しい気配がする、彼女は指差ししながら言葉を続ける。

「あそこに見えるのは、逃げ遅れた人です、あの大きな山は怪物、この種子に取り付かれたら手は無くなります、地面でも植物でも動物でも」

「とうとう、、と言うわけですね」


 トラックの荷台の中、彼女の声だけが細々と聞こえる。

「幸い……と言っては何ですが、あの霧で変異した者たちの寿命は少なくなっているのがわかりました、発芽しない種子も数日で死滅します、この種子を飛ばした植物でもあと数年で死滅するでしょう」

「不幸なのは……、変異した植物が数年後に死滅することです、どの程度の規模かも想像すると恐ろしいですが」


 彼女が口を閉じた後、トラックの荷台の中は静まり、エンジン音とタイヤが地面を踏む音だけが響いている。


 これは、おそらく、あの霧を作った彼らの……最後の掃除道具なのだろう。

 霧で変異したモノも、生存している動植物もきれいに掃除する。


 あと数年、数十年、生き残れれば。


 だが、現在生きている人類、いや、動植物にとって、世界の大多数の植物が変異し、そして死滅する、それがどういう事か。


 色々聞きたいこともあったが、オレは口を塞ぎ、トラックの荷台から外を見ている。

 どこに向かうかはわからない、外の光景は白い綿毛の中から伸びた針のような短い黒い木々に埋め尽くされている、主要な場所以外処理が追い付かないのだろう。


 大きなバリケードがいくつも見え、重火器や何やらが並び始める、それらの上にも綿毛が積もっているのが見える。


 その光景をみて、俺は、俺は、恐らくひどい顔をしていたと思う、そしてやっとのことで擦れた声を絞り出してつぶやいたんだ。


「これじゃ……まるで異世界じゃないか」

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