第10話 群れなすもの

 不気味な遠吠えが近づいてくる。

 村には、申し訳程度の柵があるのだが、申し訳程度なので当てにはできないだろう、そもそも道には邪魔になるので柵は立てていない。


 とりあえず、遠吠えをしている奴らは、まだ姿を見せていない。

 今のうちに逃げた方がいいか? 俺のいるプレハブは村のはずれにあるし、他の家々も距離が離れて立っている。


 時間はまだありそうだ、ミョルニル改(大ハンマー)を背中に背負いなおし、包丁を加工して作った槍を手に、プレハブを出て行った。


 村の中を小走りに走っていく、怪しい気配を察して他の家からも人が出てくる、声を掛け合って避難するようだ。

「急いで!」「早く!」

 誰かが叫んでいる、行き場所は。


 廃校、今はかなり手を入れているし、村に居る人三十数人、あそこなら避難場所として問題ない。

 校庭の回りには塀があるし、改修して窓には鎧戸をつけているし、物資もある。


 廃校まであと少しのところで、誰かが。

「ありゃなんだ?」

 声をに気が付いた数人が、指さす方を見ている。


 アレは何だ?

 月光の下、白い袋のような物が村の中を跳ねている。

 軽いものではなさそうだ、跳ねて落ちるたびに、ドスンドスンと重そうな音が聞こえるようだ。


 近くの家や、乗り捨ててある車と比べても、かなり大きいのがわかる、牛ほどもあるだろうか? それが十数頭は居る。

 なんだあれ? あのソーセージのお化けみたいのが吠えてたのか? ソーセージに細い尻尾と小さい頭が付いてる? こちらの方に向ってきている。


「そういえば、風上ですね、ここ」

 小さくつぶやいたのだが、隣にいるおじいさんには聞こえたようだ、畑仕事を教えてもらっている神谷さんだ。

「臭いで来てるのかわからんが、山田くん、とりあえず校門を閉めておくぞ」

 神谷さんは、日に焼けた皺だらけの普段は優しい顔をしかめ、数人で急いで校門を閉める。


「おーい! 早く中に入れー!」

 声をかけてきたのは、禿げ頭の村長の木村さん、世話好きの栗原さん夫妻も手を振っている。

 学校の入り口には、バリケードを設置してあるし、全部の窓に鎧戸も付けてある、無いよりましって感じかもしれないけど。


 校舎の二階に避難している人たちは、窓を開け簡素な手製のボウガンを打てるようにしている、止めはさせなくても牽制にはなるはずだ。


 校舎の入り口まで小走りに行き中に入り、そこにいる人たちに話をする。

「すみません、あいつ等が来るまで、見ていていいですかね?」

「危ないぞ、山田くん」

 木村さんたちが心配してくれている、いい人たちだ、だからこそ。

「好奇心と興味と……観察ですかね、何にしても情報はあった方がいいでしょう」

 今回だけとは限らない。


「ふむ、じゃワシも一緒にいるぞ」

 しわくちゃの顔に笑顔を浮かべてそう言ってきたのは、猟銃を持った小林さん、ベテランの猟師さんだった人だ。

「弾少ないんですから、むやみに撃たないでくださいよ」

 もう猟銃の弾は手に入らないかもしれない、小林さんたち銃を持っている人たちは、俺たちの奥の手だ。


 小林さんは、校舎の入り口の中で、猟銃をいつでも打てるように片膝をつき、栗原さんは、いつでも俺たちが避難できるように備えている。


 戸を少しだけ開けて、外を観察すると、校庭を囲む塀を飛び越え、トラックのタイヤでも落としたような音を立てて、牛ほどもあるソーセージみたいなのが飛び込んでくる。


 薄汚れくすんだ灰色の体に、ほぼ体毛の無い体に残った毛が針のようにところどころ残っている、見てわかるくらい分厚くなっているだろう皮膚は、象やサイのようだ。

 毛のない尻尾はドブネズミのように貧相で、体に合わない小さな頭は、鎧のような皮膚に覆われて骸骨のようになっている。

 胴をくねらせ、イボのように小さい手足についている鋭い爪で大地をつかみ、尺取虫のように体を曲げバネが跳ねるように移動している。

 頭と尻尾の付いた白いソーセージ、なかなかにキモイ。


 続々と塀を飛び越え校庭に入っては来る。

 校庭に入った犬ソーセージは、戸惑っているようにもぞもぞと動いたり、

 跳ねまわったりしている、跳ねなきゃ、動きが鈍そうだ。

 校舎を目の前にして戸惑っているのか? 校舎裏の山に行きたいのかもしれない。


 妙な動きを見せるバケモノ共に、不審に思ったのだろう、小林さんは後ろに控えて栗原さんに声をかける。

「栗さん、これどう思う?」

「うーん、襲いに来てるわけじゃなさそうかな? 逃げているのかもな」

 逃げる? 何から?

「おーい、上に来てくれ!」

 木村さんが呼んでいる、何かあったのだろうか?

 戸締りをしっかりし、俺たちは二階に向うと外を指差し、みんなが怪訝な顏をしている。


「何かあったのか?」

 神谷さんが、覗いていた双眼鏡を小林さんに黙って渡すと、外を指さす。

 双眼鏡を覗くと絶句している。


 俺は、窓の外を覗くと、森が動いていた。


 まるで、海のように木々が波打ち、木々と土砂を巻き上げ、土煙を上げ、生き物のように揺れ動き、その波はこちらに迫ってきている。


 ソレが、顔を出した。


 巨大なミミズ? 先端に何本も生えた触手が生え、何匹も何匹も、重なり捻じれ悶えながら、触手を揺らした巨大なミミズモドキは、大口を開け、木々を喰らい、大地を喰らい、家々を喰らい、まるで、いびつな帯か絨毯のように群れを成したミミズモドキどもはこちらに津波のように押し寄せてくる。


 何で、こんなものが来ている? イヌモドキどもは、こいつらに追われてきたのだろうか?


「こっちに向って来てる……」

 唖然としてその情景を見ていた俺たちは、誰かのつぶやきで気を取り戻しパニックになる。

「逃げないと!」

「間に合わない! どこかにつかまれ! 伏せろ!」


 轟音を立てて校舎が揺れる、天井が落ち、壁が崩れ、悲鳴が叫び声が。

 そして、衝撃とともに体が放り出される感覚が襲ってくる。

 埃と瓦礫が宙に舞うのが見える、俺の体もどこかに飛ばされているのかもしれない。

 目の前が暗くなり、俺は意識を手放した。



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