第8話 嵐の後に
ステージに集まっている人たちの中から、女子高生くらいの娘さんと、家族連れのお父さんが声をかけてきた。
「救援の人ですか?」
「助けに来てくれたのかい?」
人数は、十人ほど、怪我をしている人もいる、あまり酷くはなさそうだけど、毛布の上に寝かされている、襲われたショックもあるんだろう、みんな顔色が悪い。
ステージには物資の箱いっぱい置いてある、怪物も上がってこれないようで、ここに上がった人たちは助かったようだ。
「あ、いえ、俺も避難しに来たんですよ」
俺は、ミョルニル改(大ハンマー)を下ろし、そう返事をする。
顔は引きつっているだろう、人前は苦手だ。
「……嵐が治まるまで、救助が来るとしても下手に動けないかと、バケモノ共も居ますし」
返事はない、みんな分かっているんだろう、首都圏の方が大事だろうしね、地方は後回しですわ。
「おい!お前、もう一度外に出て助け呼んで来い、ここまで来れたんだから行けるだろ」
何か爺さんが言ってきた、周りの人たちは顔をしかめて見ている。
あー、こいつあれか自分の事ばっかりの嫌われモンの老害爺か。
「あ”?!」
思わずカチンとして声を荒げてしまった、お前、だと?! キチガイ爺にお前呼ばわりされたくないわ! この暴風雨の中、ここまでどんだけ苦労して、たどり着いたと思ってんだ?!。
「安斎さん! あんた何言ってるんだ! この人の事はどうでもいいって言ってるのか?!」
家族で避難しているお父さんが意見をしてくれた、この糞爺は安斎って名前らしい。
「若い奴が助け呼びに行くのは当然だろ! 俺は年寄りなんだから!」
「おい! クソ爺! ふざけんな! そんだけ元気ならてめぇで行け!」
ギリッと歯噛みをして睨みつける、安斎の爺も睨んでいるが、こっちも頭に来てるので引く気はない。
不意に大きな音を立てて体育館が揺らぐ、体がふらつき鉄骨が軋み嫌な音を立てる。
外の大物が鼻面を突っ込んで来た、大きすぎて中に入れるはずはないのだが。
一回二回何度も頭を突っ込み中に入ろうとしている、体育館の中に居たバケモノ共もバタバタと暴れ体育館の隅で群れるようにしている。
これは危ないかもしれない。
「みんな荷物をまとめて! こっから出よう! 急いで!」
家族連れのお父さんが声をかける。
「どこに行くんですか?!」
「とりあえず、校舎の方に向かおう、ここよりは丈夫だろう!」
みんなが慌てて荷物をまとめている中。
「うあああぁああぁあああ」
恐怖に耐えられなくなったのか、安斎の爺が叫び声をあげて、ステージから飛び降り、一人、外に駆け出して行った。
チッ、あの爺、自分勝手だな。
「校舎まで近いでしょうけど、雨も風も強いですし、バケモノが居るかもしれないので、みなさん気を付けて」
俺が声をかけ、準備が整ったころ不意に揺れが収まった。
「どうしたんだ?」
「諦めたのか?」
静まり返り雨と風の音しか聞こえない、体育館の中にいるバケモノ共も隅に集まって動かない。
何か紐のようなモノが、体育館の入り口から入ってきた、それも何十本、いや何百もあるだろうか、ソレは蛇かミミズが群れてウネウネと動くように床一面に広がり、床にある肉片を絡めとり、隅に居るバケモノ共に絡みつく。
しばらく抵抗し暴れていたが痙攣し、やがて動かなくなると、その紐のようなモノはバケモノ共を引きずり、体育館の外に出て行った。
この紐のようなモノが原因らしい、外のデカブツも、体育館の中に居たバケモノも、コイツから逃げようと、隠れようとしていたんだ。
「見てきます、みなさんはここに居てください」
俺は、声をかけてステージを音を立てないように降りて、体育館の入り口に向かう。
正義感? そんなもんじゃない、格好をつけたわけでもない、好奇心が恐怖に勝ってしまったんだ。
何が起こったのか見てみたい。
校庭には、なにも居なくなっていた。
血の跡も、雨に流されて残っていない。
そして。
空から、細い紐のようなものが何本も何本も風に揺らぎ、ソレに絡めとられたバケモノ共が、体を強張らせ痙攣しながらゆっくりと昇っていく。
中には、いくつか人の形をしたモノもいた、さっき出て行った安斎の爺も。
その細い紐の上には、暴風の中、水煙で霞む巨大な影、ユラユラと漂う山のように巨大な何かが居た。
「なんですかアレ?……」
後ろから女の子の声がした、後ろを振り向いて確認すると、みんな退避するのに降りてきたらしい、ポカンと空に浮いているモノを見ている。
「うーん、クラゲ? かなぁ? 何にしても今のうちだと思う」
俺は、顔をぐるっと見渡し、ミョルニル改(大ハンマー)を握り直し言った。
******
体育館と校舎をつなぐ廊下を走り、扉の鍵を壊し校舎の中に入って二階まで上がり、手近な教室に入って一息つく。
幸い、バケモノ共は校舎の中にはいなかった、いくつか教室を見て回ったが、バケモノがぶち当たってガラスが割れている所もあった、窓枠がひしゃげていたのだが、ぶち破るだけの力はなかったらしい。
窓から外を見る、大分雨も風も収まってきているようだ、もうじき嵐も収まるだろう。
空には巨大な山のようなクラゲがいくつも浮かんでいる、何かガスのようなものを貯めて浮かんでいるのかもしれない。
嵐が治まれば、退治してくれるだろう、もうしばらくの辛抱だ。
「少し疲れたな」
俺は、背中のリュックを下ろし、床に腰を下ろしミョルニル改(大ハンマー)を抱え、目を閉じた。
******
大きな音がして目が覚めた、外は朝日がさしている、夜が明けて雨も風も収まっている。
発砲音とか爆発音がする、外を見ると山のような大クラゲが撃ち落されて、ゆっくり地面に落ちていくのが見える。
あれだけの大きさだ、後始末とかどうするんだろう。
他の人も起きだしたようだ、みんなぼんやり外を見ている。
「生き残ったんですね、私たち」
誰かがつぶやいた。
そう、今回は運よく生き延びた。
みんな分かっているんだろう、これからいつまで続くかわからない、終わりの見えない、あの霧が残した恐怖との日常を。
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