第4話 深き霧よりい出しモノ

 爆撃で霧が町ごと消えた次の日、鈴木さんが跡地までつれて行ってくれた。

 瓦礫の山と大きなすり鉢のようなクレーターになった町。

 瓦礫の山もクレーターも整理処分されて、町も人も戻ってくるのだろうか?


 自衛隊の人たちが、忙しく調査をしている。

 俺はそれをぼーっと見ながら考えていた。


 確かに、あの霧を吹き飛ばすのは有効なんだろうけど、その手を使えない場所だったらどうするんだろう?

 例えば政治施設、例えば軍事施設、重要拠点を放棄して爆破できるのだろうか?

 別の手を考えている人たちも居るのだろう、どう対処するかは、頭のいい人たちに任せておけばいいけど。


 でも、それでも、あの霧が人に目につけばいい。


 あの霧は普通じゃないんだ、人の目につかない所で生まれて、育っていたら。

 もし、ジャングルのような樹海の中で生まれていたら?

 標高の高い未踏の山脈で生まれていたら? 

 人が行けない手の届かない海底で生まれたら? 

 地の底の洞くつで生まれたら?


 人は……人類はもう……


 ******


 住んでいた町が、あの忌々しい霧と一緒に無くなってから、鈴木さんの紹介で、少し離れた町の公務員宿舎に間借りして暮らしている。


 新しい宿舎が出来て、住んでた人たちもそちらに移ったようで、築四十年、ボロボロの宿舎は俺以外住んでる人もいない。

 古い冷蔵庫とガスコンロくらいは付けてくれているけど、他はない。

 PCと、携帯電話は欲しい所かな、鈴木さんに頼んでみようかな。

 それと、生活費だ、当分の生活費をもらったけど、すぐ無くなっちゃうんだろうな、とは思う。


 家賃も払わなきゃいけないし、食費やらなんやらで働かなきゃいけなくなってしまった、仕事も鈴木さんが世話してくれるそうだ、世知辛い。


 まぁ、こんな俺でも出来る事があれば、多少は頑張ろうと思っている。

 うん、思ってるよ。

 とりあえず、この町を散策する事にした、非常食っぽいのも買ってこよう。


 この町の中心付近にそこそこ大きな川が流れている、河川敷に植えられている桜は葉桜になって青々として、日の光を浴びている。

 町中は、人があふれて騒がしい。

 平和だ。


 俺の育った町は、あんな事になって消えてしまったのに。


 買い物をしていると、なにやら外が騒がしくなっている。

 店の外ではサイレンと災害警報が鳴り響き、店の中は店内アナウンスが鳴り響いている。


『川沿いに居る人たちは、直ちに……』

『お客様は、店員の指示に従って……』


 大音響で放送されているのに、人の悲鳴でかき消され、出入り口に人が殺到している。


 落ち着くまで外に出れないので、その場に座り込んで少し待つことにした。

 座ったら分かったことがあった、地面を伝わる大きな振動、地震ではない、何かが地面を震わせ揺らす音。


 外に出れそうになったので、俺も動き出す。

 大道りは人であふれ、警官が必死で人ごみを誘導しているが、人々の声でかき消されているている。


(これは、大通りはダメだな)そう思い、わき道を使おうと動き出した時。


 大通りの避難している人ごみの後方から、走り出している人達が津波のように押し寄せてくる、前に居る人たちなどお構いなしに、必死の形相で。

 将棋倒しに倒れる人達を乗り越え、上がる悲鳴を無視して、追ってくる何かから逃げるように。


 そして。


「きぃぃいぃぃいいいぃいいいいいいぃ!!!!!」


 ガラスをひっかくような甲高い嫌な音が鳴り響き、ものすごい速度で白い山のようなモノが、逃げ惑う人波を、吹き飛ばし、押し潰し、すり潰し、その姿を現した。


 白い巨体はヌラヌラとぬめり、2tトラックほども有る頭には、有るか無いか小さな目が付いていて、大きな口には細かい牙がびっしりと生えている。

 二階建ての大きな家くらいの高さがある巨体に、二本の細い腕が付いていてそれをバタバタと動かしているのが滑稽だ。

 蛇のように長い胴をくねらせ、逃げ惑う人の中に、ドロドロと粘液質の涎をあふれさせた口を大きく開け、頭を突っ込んでいく。


 大きな口を動かし咀嚼する、赤黒い液体がそいつの口から流れ出ている。

 血の海、肉の山、泣き叫び呻く声。

 巨大なバケモノは、ゴロリと体の向きを変えると、体をくねらせ車を跳ね飛ばし、立ち並ぶビルを壊しながら、物凄い勢いで移動して行った。


 俺はうずくまり、吐きそうになるが何とかそれを堪えた、吐いてる場合じゃない。


「きぃぃいぃぃいいきいぃいいいいいいぃ!!!!!」


「きぃぃいぃききぃいいいぃいいいいいいぃ!!!!!」


「きぃぃいぃききぃいいきいいいいいいぃ!!!!!」



 他の場所からも、薄気味の悪い声が聞こえる、何匹出てきやがったのか。

 あいつら、何処から来やがったのか? 霧は町ごと消えたはずだけど。

 まさか。


 人の居ない裏路地を抜け、川沿いの道に出る。

 そこで、見たのは。

 向こう岸で暴れている二匹のバケモノ、そして、川から上がって来ようともがくもう一匹。


 群れで来たのか? 何処から? 川を逆登ってきた? 何処から? あんなもん、銃くらいじゃ何ともならんぞ、きっと。

 これはまずい、巻き込まれたら助からない、俺はその場から人の少ない道を見つけつつ走り出した。



 血の匂いに誘われたのか鳥モドキの化け物共も飛んで来ている。

 人ほどもある大きさのそいつらも、血だまりの中に降りて行き肉をついばみ始めている。


 途中、自衛隊歩人たちが乗ったトラックや、装甲車だろうか? とすれ違った、あのバケモノを倒しに行くのだろう。

 俺は、ふぅふぅ吐息を切らしながら、出来るだけ早くこの場から離れようと、足を速めた。


 銃声や爆発音がしだした、あの不気味な吠え声も聞こえる。

 交戦が始まったんだろう、まだバラバラと人はいるけど、ほとんどは緊急避難場所とかに退避しているんだろう。


 前に数人の人が、急いでいるのが見える、横の路地からガラの悪い数人の奴らが走り出てきて、前に居る人たちを突き飛ばし罵声を浴びせながら進んでいく。

「邪魔だどけ!」

「殺すぞ! ボケ!」

 何て奴らだ。


 大荷物を持って、立ち上がれそうな母親と女の子を助け起こす。

「大丈夫ですか? 怪我はしてないですか?」

 礼を言いながら立ち上がる母親、子供の方も怪我はなさそうだ。


 大きな音がした、音がしたであろう方を見ると先ほどのガラの悪い連中と、他にも数名が何かに捕まっている。

 地面の穴から何か出てきている、大きな音はマンホールの蓋が飛んで落ちた音らしい。


 穴から出ていたのは、ムカデのような節を持ったモノ、それが穴一杯に何本も這い出て、周りの人に絡んで穴の中に引きずり込もうとしている。


 骨が砕け肉が切れる音とともに、無理やり穴の中に引きづりこまれて行く。

 呻き声と叫び声が辺りに響く、あれはもう助からない、避難するのは今のうちだろう。


 驚き固まっている親子に、早く避難するよう言うと、俺もこの場を走って逃げることにした。


そう、今出来るのは、あのバケモノどもから逃げる事だけなんだ。 

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