第3話 消えた霧、消えた町

 仮設住宅で一人、住宅自体は静かなもので(もう俺一人しか住んでいないし)、佐藤さんの残していった小さな菜園の手入れをして過ごしたりしていた。


 水を撒くと、葉に残った水滴がキラキラと光り、とても綺麗だ。

 食べごろのトマトやキュウリが生っている、佐藤さんご馳走になります。

 これだけなら、平和な日々なのだけど。


「そういえば、髭も髪も切ってないなぁ」

 ボサボサだ、髪は後ろで縛ればいいか、髭はちょっと切ろう、しかも、ジーンズのオーバーオールにシャツと、どこぞの外国映画の田舎者のような恰好をしている。

 むさい事このうえない。

 オデコのコブはまだ治っていない、長いなぁ、なかなか治らない、痛いとかは無し目立たないけど少し気になるな。


「とは言っても、もうそろそろなんだよなぁ」

 町へ爆撃するって言っていた日だ、俺は避難しなくていいのだろうか? 食料を届けてくれる人たちも特に言っていないし。

 帰る家もないし、迎えてくれる家族も居ない、まぁいても歓迎してくれたか微妙だけど。


 ******


 とうとう爆撃の日が来てしまった、二・三日前から避難勧告の放送車が走り回っていたが、今日は走ってなさそうだ。

 その代わり、時折爆発音が響いてくる、ハグレが多いのだろうか? 何か予感でもして這い出してきてるのかもしれない。

 朝から外に出て、町の方をぼぉっと見ていた、今日で生まれ育った町が消えてしまうんだな、って。


 鈴木さんが迎えに来てくれた、車に乗るようにと言われて一緒に行く事にする、残っていてもしょうがないし。

 車の中で、当たり障りのない話をしていると、山の上に設置されたTVの中継車みたいなのが数台並んで止まっている場所に着いた。

 全部の車がワイヤーで補強されている、自衛隊の人たちも結構いていそがしく動いている。


「はぁ、凄いですね……」

 山の頂上付近からは、霧に覆われた町が見えた、ドーム状に広がっているその様を遥か遠くに見て取れた。

「30kmは離れているからね、一望できる場所があってよかったかもしれないな」

 鈴木さんが、隣に来てそんな事を言った。

「山田君、こちらに来てくれ」

 俺たちは、放送中継車みたいな車の一つに入って行った、中はモニターだらけだ、霧の手前の街並みを映し出しているようだ、無線でうるさくやり取りをしている。

「ドローンを飛ばして写しているんだよ、我が国では初めての試みだしね、資料映像として取っておかないとね」


 モニターの一つに変化があった、霧の中からモゾモゾと何かが出てくる。

「今日は多いな」「大物だな」

 誰かがつぶやく。


 出てきたのは龍? 姿から言ったらドラゴン? だろうか? だけどあれは。

「エビ? ザリガニですかね?」

 周りの家と比べてもでかい、長さ10mくらいあるんじゃないかと思う。

 頭こそエビのソレで、ハサミも付いているけど、長い鎧のような殻が付いた胴は無数の足がうごめいていて、ムカデの様だ。


 不意に閃光が走り、無様に殻と肉を飛び散らせてのた打ち回っている。

 

 何事かと思ったら、鈴木さんが説明してくれた。

「一応、ハグレ対策で、センサー爆弾と自動式の重機関銃が設置してあるんだ、霧の外ならセンサーも効くからね、使い捨てになってしまうんだが」

 別のモニターで、機関銃で穴だらけにされているのが映っている。

 爆撃機が来るまで、戦闘ヘリも何機か飛ばしているそうだ。


「あいつらも何かを察知して逃げようとしてるのかもな」

 鈴木さんは苦い顔をして、そう言った。


 無線が騒がしくなる、鈴木さんがこちらを向い短く。

「来たようだよ」

 モニターの一つに、遠くの空から爆撃機の機影が見える、護衛の戦闘機も付いて飛んでいるようだ。

 戦闘ヘリは避難するように離れていく。


 その時だった、画像が乱れる、まるで何かに揺らされているように。

 車の中が騒がしくなる、撮影用のドローンの距離を取るように指示が飛んでいる。


「何だあれは?!」

 車内がざわめく、距離を十分取って霧のドームが一望できるほどになった時、中にいる全員が唖然とした。


 霧の中からが浮かび上がっている。

 それは起立しウネウネとうごめく肉色の柱、この距離から見るに姿が見えている高さだけでも数kmはあるだろう、そんな大木のような太さの柱がウネウネと何十本もうごめいている。

 あれが触手だとしたら、隠されている体はどれほどなのか?


 ザワザワと喧騒が続く車内に、ひときわ大きな声が響く。

「ば、爆撃開始までのカウント開始します!!」


「山田君、爆撃による影響を防ぐため、全てシステムを一度シャットダウンする、山田君も衝撃に備えて伏せておいてくれ」

 鈴木さんが、慌てたように言う。

 この距離で、影響が出る? どんだけなんだよ。


 俺の怪訝な顔から何かを察したのか、鈴木さんが苦笑しながら言う。

「爆風やら閃光やら電磁波やら色々だ、まぁ、対策はしてあるんだが、念のためだよ」


 モニターがすべて消え、暗い社内の中、全員が身を伏せたて待っている。

 不意にバカでかい音が通り過ぎる、ビリビリと車が振動し、続いてガクンと大きく車体が揺らぐ。

 グラグラと揺れが収まり、機械が再起動される。


「今度は、ここからの望遠カメラの映像になる」

 いくつかのモニターに光がともり、外の様子が映し出された。

 そこに映し出されたのは、霧のドームは無くなり、かわりに巨大なクレーターに瓦礫、俺の知っている町並みは無くなっていた。


「今回でかくなりすぎたから、MOABと言う爆弾を使わせてもらったんだ、……酷いもんだな」

 鈴木さんが、暗い口調でつぶやく。


「でも、もう手がなかったんですよね」

 もう生まれ育った町が無くなったと思うと、何と言うか……。

「これで、あの霧を消すのには有効だと証明は出来た、という事なんだろう、早めに対処できれば、もっと規模の小さいもので何とかなるはずだ」


 俺は、「そうですね」としか言う事がなかった。






 *[MOAB:Massive Ordnance Air Blast(大規模爆風爆弾)その威力からMother Of All Bombs(全ての爆弾の母)とも呼ばれている、非核兵器としては現在米軍が保有している爆弾では最も大きく、破壊力も最強とされている。]

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