第2話 深き霧からの浸食
映し出された異形たちの映像、その最後の映像を見て俺はかすれた声を絞り出した。
「これは……人ですか?」
いや、人だったモノなのだろうか? なぜこんな姿になったのだろう、嫌な予感しかしない。
背広を着たおっちゃんの一人が、口を開く。
「そうだ、よくわかったね、これは同盟国からの映像だが、わが国でも、たまに這い出してきているんだよ」
人当たりのよさそうな声が、かえって不気味だ。
「今わかっている事は、霧の中に居ると時間に差異が生じる事、そしてあの霧の中に長時間留まると生物は変異する、それもコチラの一年ほどの短時間で」
「原因は不明らしい、未知の物質か放射能か、学者先生たちにわからないもの我々にはわからんがね」
ふぅ、と短く息を付き俺の様子を見ながら、話を続ける。
「という事まではわかっているんだ、もはや霧の中にはまともの生き物はいない、人もいないという事になっている」
「そして君が現れた、山田君、君が異世界からの帰還者でよかったという事だよ」
つまり、もう人はいない、居ては困るという事なんだろう。
「姿が変わったかもしれないが、国民がまだ生きているかもしれないと騒ぐ輩が居るのでね、思い切ったことができなくなる」
「同盟国では、もう実行されているところもあるが、わが国でも思い切ったことをする事になったんだよ」
「まぁ、わが国で核を使うわけにはいかないから、核は使わないがね」
それは、町ごと吹き飛ばすって事か? 生きている人が居るかもしれないのに? いや……もう人ではなくなっているって話をされたのか、だからって良いのか? 俺みたいに、どこかに行ってる人間もいるかもしれない、帰ってこれなくなるんじゃないのか?
「それは……いつ実行されるんですか?」
「一週間後だよ、やっと踏み切ったところだ」
もはや、待ったなしと言ったところらしい。
******
話が終わり解放された俺は、疲れ切っていた。
正直、こんな話聞きたくなかった、他の人たちがどの程度知らせられているのか知らないが、こんなの俺にはきつすぎる、ただの一般人なんだし。
自由にしていいと言われたが、監視は付くそうだ、それと腕輪の様な位置情報を発信する装置をもらった、常時付けておけと言われた。
自衛隊基地を出て、避難所に向かった。
もう、三年もたっているので、住んでる人は少なかった、俺に割り当てられた住居の隣には、佐藤さんと言う老夫婦が住んでいた。
少し疲れてる感じはするけど、元気そうだ。
「こんな時期に入ってくるなんてどうしたんだね?」
「もう、ここも大分人が居なくなったよ」
この日は、佐藤さんたちの住居の招かれ、食事ご馳走になった、食事をしながら色々と話をした。
「わしらも、もうじき退居することになっとる」
退去命令も出ているので、佐藤さんたちも、もうじき出ていくそうだ。
「世界中であの霧が出来てるからね、もうどうなるのか……」
「あたしたちは老い先短いからいいけど、子供たちがかわいそうでねぇ」
二人ともさびしそうに笑ってそう言った。
「退治しても退治しても、ハグレが出てくるしねぇ」
「ハグレ?」
「霧の中から出てくるバケモノだよ」
世界中で霧が生まれていて、得体の知れないモノが霧から這い出している。
「国によっては、爆弾で町ごと吹き飛ばしてるそうだよ」
「もうそれしか手がないらしいねぇ、元凶もわからないんだって」
国によっては、やはり爆弾で吹き飛ばしている。
だいたい聞いた話と同じだ。
元凶か……そもそも自然発生なんだろうか? 向こうの世界からの侵略? でもそれなら、何で向こうの世界にもあったんだろう? 向こうの世界で、誰かが何かをしようとして、こちらに影響が出たのは誤算だったり? 逆かな?
俺は相槌を打ちながら、佐藤さん夫婦の話を聞いていた。
久しぶりに食べた温かい食事だった。
******
朝から、佐藤さん夫婦の引越しの手伝いをした。
荷物は少なかったが、やはり老夫婦だと大変だったのだろう。
「若い人がいると助かるね」
とか言ってくれた、なぜか自分で思ってるより力が出た、俺こんなに力あったっけ? と思うくらい。
昼頃には、片づけは終わってしまい、佐藤さんの奥さんがお昼出してくれた。
外で出されたおにぎりを頬張っていると。
突然、少し離れた仮設住居に突っ込んできた、バカでかい、白い塊が。
巻き上がる砂埃と瓦礫の中から、白く長い首をもたげて金属がきしむ様な鳴き声を上げた。
「ギャガァアァァアアアァ!」
でかい頭、長い首、汚れて灰色になった白い羽に、血の赤を滲ませ、でかい頭を振るっている。
霧の中から這い出た所を、仕留めそこなったのであろう、その死にかけのバケモノは断末魔の叫び声を上げながら暴れまわっている。
でかい頭がこちらを向く、やばい、こっちに向かって来る。
「佐藤さん! 逃げて!」
俺は大声で叫ぶと、側にあったスコップを持って、急なことに動けなくなっている佐藤さんたちの前に立つ。
嘴を振ってくるバケモノの頭を思いっきりぶっ叩いた。
耳を塞ぎたくなる叫び声を上げて、のけぞるバケモノ、それでもまだ嘴を突き立てようと首を振ってくる。
二度三度、スコップを振るって立ち向かう、嘴とスコップの叩き合う甲高い音が響く。
あれ? 俺こんなに動けたっけ? まだぽっちゃりなんですけど、病院食で少しやせたけど、太りすぎッて言われましたけど。
そんな事を考えるぐらい余裕がある、何だこれ? 性懲りもなく嘴を突き立ててくるが、横によけて横っ面を引っ叩く。
甲高い音を立ててバケモノカラスの頭がぐらつく、なんか押してる感じがするけど、ダメだ、決め手がない。
こんな時、異世界勇者ならピンチ覚醒とかで一撃なんだろうけどな!
不意に小銃の乾いた音が襲う、血を振りまきのたうつバケモノ。
周辺警備していた自衛隊の人たちが、来てくれたようだ。
「山田君、大丈夫か?!」
「怪我はない?」
佐藤さんたちがそばに来て心配してくれている、奥さんなんて泣いている。
「大丈夫ですよ、お二人も無事でよかった」
返事を返す俺に、「ありがとうありがとう」と言ってくれている。
非常にこそばゆかった。
******
朝から佐藤さんたちの引越しが始まった、あんなことがあったんで、早めたそうだ。
「短い間でしたけど、お世話になりました」
「山田君元気でな」「体に気を付けてね」
佐藤さんたちを見送り、俺は住居にこもる。
もう仮設住宅には、俺しかいなくなった。
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