第145話 特別な日
「ほらほらほらほら!もっともっといくよー!」
「この…!遠慮ないねホント…!」
上から横から来る氷の弾幕が、容赦なく俺を貫こうとする。時に避けながら、時に簡易結界で防ぎながら、俺は真っ白な大地を駆ける
「おかえし…だぁ!」
負けじと俺も、宙に舞った雪を掌サイズに瞬時に固め、弾丸のようにおもいっきり撃ち出す。
「今、『打ち勝てるはずだ!』って思ったでしょ」
「なっ…ぜ分かった…!?」
「お姉ちゃんだからね!」
理由になってるんだかなってないんだか分からない回答と同時に、ぶつかり合った俺達の弾幕。無駄に大きな音と衝撃が起こり、一帯の雪を更に巻き上げた。視界が白一色になり、どっちが北か南か分からなくなる
でも問題ない。今の俺は
──いた!そこd…っ!?
「チェックメイトだよ、コウ♪」
見つけたと思ったのも束の間。首元にかけられたのは彼女の爪。振るおうとした右手は、彼女の左手で抑えられていた
足元には自由を奪う氷の罠。これのせいで一歩遅れ、俺の刃は届かなかった
そして高らかに突きつけられた勝利宣言。つまり、そういうことだ
「……あーもう!参りましたぁー!」
今日もまた、勝てなかったよ
*
「もうちょっとだったんだけどなぁ…」
「まだまだ負けてあげないもんね~!」
「あー悔しい!だから手加減しない!」
「あっちょっと待って!?ああー!?」
温泉に入ってさっぱりした後で、俺とリル姉さんはフルーツ牛乳を飲みながらゲームコーナーで遊んでいる。只今
本当に悔しすぎる。あとちょっとで勝てそうなのに勝てないのが一番悔しい。それが何度も続くとなお悔しい。ゲームだと圧勝できるけど虚しさがいっぱいである
…っと、それは置いといて…
「話変わるけどさ、この生活はいつまで続くの?」
こんな質問をするのはおかしいことじゃない。何故なら、俺はこの旅館に一週間は滞在しているのだから
最初はいつも通りろっじで生活していた。皆と遊んだり、キングコブラと二人っきりの時間を満喫したりしていた。数日経ったころ、キュウビ姉さんからの提案で途中からここに移り、現在に至るまで過ごしてきた
理由は療養、リハビリ、修行。疲れを癒す温泉に、おもいっきり動いても平気なスペースがある大地。極めつけに足場の悪い場所での戦闘訓練…これらのことをやるのにはろっじよりも良い場所なのは分かる。実際、姉さん達を含めた守護けもの達とは思う存分戦うことが出来ていたからね
だけどここにキングコブラはいない。俺はろっじに一度も帰っていない(てか何故か帰らせてもらえなかった)。彼女はここに訪れていない。つまりこの一週間、彼女とは離れ離れだ
まるで単身赴任だ。映像は何故か繋がらず、やり取りは音声のみ。しかも通信は短く、彼女が何をしているのかは分からずじまい
正直寂しい。身体もサンドスターも十分回復したからもう帰ってもいい頃合いだと思うんだ。てか帰らせてください。会いたいんです
「そんな寂しそうな顔しないで?今日で終わりだからさ」
「えっホント!?」
「ホントホント。向こうも準備できたみたいだしね」
「準備?それってなんnうわっ!?」
突如、後ろから顔に何かを被せられた。視界が一瞬で真っ暗になったと思ったら手足を縛られた。何か施してるのか鼻が効かなくなった
「よし、確保完了だね」
「時間稼ぎご苦労だったな」
「ヨル姉さんにヘル姉さん!?何でこんなことを!?」
「説明はなしだ。あとはこうして…よしっ」
「おっけーだね!じゃあしゅっぱーつ!」
「いやオッケーじゃないから!何もよくないから!待って本当に待ってこの状態ホント怖いからやめtアアアアアアアアアアア!?!?」
*
「フフフ…来ましたね…!」
拘束された状態で何処かへ連れられ、俺は今椅子に座らせられている。目の前にいるのは、声からしておそらくジェーンさん。不敵に笑っているが、その表情までは分からない
「私に助けを求めたって無駄ですよ。私も、ここにいる皆さんも全員グルですからね!勿論キングコブラさんもです!」
全員…か。気配からしてかなりの人数がいるみたいだ。しかしそこに俺の味方はいないらしい。そして最愛の人も味方じゃないらしい。なんで?泣いていいかな?
「…ここまでした理由はなに?」
「それは…これだよ!」
バッ!と勢いよく外された目隠し。瞳に刺さる明かりから逃げるように、瞼を一度閉じた
が、そんなことをしたのも一瞬だった。手足の拘束が解かれたので瞳を開けると、皆が何かをこっちに向けていた
そして一斉に、持っていたそれを引いた
『コウ!ハッピーバースデー!』
お祝いの言葉と、パパァンッ!という音が耳に届く。クラッカーからヒラヒラと紙やテープが舞い落ちて、いくつか俺の頭や肩に乗った
周りをよく見ると、この場所はクリスマスの時に使ったろっじの広場だと分かった。その時のように色鮮やかな装飾が施されていて、美味しそうな匂いが漂っていた。ステージもライブの時のように完璧に準備がされていた
「…たん、じょうび?」
呆けたようなことが勝手に口から出た。処理落ちしていた脳が、まだまだ現実に追い付いていない証拠だった
「今年は
「あっ、あー…そういうことかぁ…」
今日は2月の最終日だったか。最近日付の感覚がなくなっていたからすっかり忘れてた。なんなら誕生日のことも忘れてた
にしても、
「ごめんねコウ、皆で計画して準備してたんだ」
「ギリギリまで隠しておきたくてな。すまなかった」
「こんな風に連れてくる形になっちゃって、本当にごめん」
…成る程ね。どうしてろっじに帰してくれなかったのか、こんなことをしたのか、よーく分かったよ
「…いいよ、許してあげる。皆に免じてね。…それと…」
『ゴクリ…』
「…皆、ありがとう!」
怒ってなんてない。困惑してるってのはあるけど。誕生日っていうと、どうしても思い出してしまうことがあるから
それでも、その言葉に嘘はない。皆が俺の為にしてくれたことは本当に嬉しい。だから今は、そんな考えはゴミ箱に捨てちゃいましょう
今日は皆で、いっぱい楽しみたいからね
*
「どれもこれも美味しい!」
「もっとあるから、遠慮せず食べてくれ」
「ならお言葉に甘えて!」
テーブルに並んだ料理を手当たり次第に食べていく。次のをキングコブラがどんどん持ってきてくれるので、手を止める必要は…
「ん?どうした?食べないのか?」
「一緒に食べたいなって思ってさ。どう?」
「そういうことなら、断る理由はないな」
一通り料理を運んで、席に着くキングコブラ。一緒に手を合わせて、会話をしながら食べ始める。あーんは…今はいいかな、うん。人多いし
料理はヒグマさん、サーベルタイガーさん、アルパカさん、コモモさん達が主に担当したそうだ。皆本当に上手くなったなぁ
会場は博士と助手の指示の元、多くのフレンズ達が協力してくれたみたい。慣れない作業で大変だっただろうなぁ。皆お疲れ様でした
会話が弾む間にも、色んなちほーから来てくれた子達への挨拶は欠かさない。遠くから来てくれた子も多い。準備期間が長かったおかげかな?
「コウさん、楽しんでいますか?」
「あっ、ジェーンさん。他の皆も。楽しんでるよ」
来たのはぺぱぷ達。皆お皿に料理を綺麗に盛り付けている。フルルさんだけ量が人一倍多いのはご愛敬
「それは何よりです。それと…これ、私達からのプレゼントです!」
「これは…持った感じだと、CDかな?」
「はい!私達の初アルバムです!」
「今までの曲全部入ってるわよ」
「特典は私達のサイン入り歌詞カードだ」
「プレミア品だから大切にしろよな!」
「いっぱい聴いてね~。じゃあね~」
「大切にするよ、ありがとう」
誕生日といったら、まずはこれを思い浮かべる人も多いだろう。小さい子なら尚更そうなんじゃないかな?
アイドルから直々に渡されることに加え、全員分のサインがあるとか価値がありすぎるってレベルじゃないな。ちゃんと保存しておかなくちゃ
「コウ、私からもプレゼントがある。受け取ってくれ」
「ありがとう、中身見ても良い?」
「勿論だ」
渡された小さな箱に施された可愛いリボンを取って中を確認する。その中に入っていたのは、宝石が入ったネクタイピンだった
「執事服をよく来ているから、それに合うものがいいかと思ったんだが…どうだろうか?」
「凄く嬉しいよ!綺麗だし、ちょっとしたおしゃれにはもってこいだ」
「そうか…良かった…」
今使ってるやつはちょっと地味だったからね。変えようかなって思ってたからちょうどいい。明日から早速使おうっと
それと、ネクタイピンに込められた意味は知っていたのかな?もし知っていてくれたとしたら、俺はもっと嬉しい…なんてね
『あーあー、コウ、聞こえていますか?』
「博士?聞こえてるよー!」
『よしよし、マイクは問題ないのです』
壇上に上がったのは博士と助手。何かが始まる予感がするね
「これからお前に誕生日ケーキをくれてやるのです」
「守護けもの達が作ったケーキ、ありがたく受け取るのです」
待ってましたって感じ。誕生日といったらこれも欠かせないよね。ショートにチョコレートにフルーツ等々種類はたくさん。どれが来ても俺はOKです
さぁ姉さん達が作ったやつは、一体どんな…
…あれ、なんか、大きくない?
「フフフ、名付けて『タワーケーキ』よ。大好きなケーキ、味わって食べてちょうだいね♪」
「なんでこうなったんだよ!?」
なんだこの無駄に高さのあるケーキは!?おかしいだろ!キュウビ姉さんはなにドヤ顔してんだよ!
「真心込めて作りましたよ」
「味はとても美味に仕上がったぞ」
「サプライズ成功だな!ハッハッハッ!」
笑ってんじゃねぇぞそこの
「早く切り分けに来るのです」
「キングコブラと来るのです」
なんで俺が切ることになってんだ!?俺の為のケーキじゃないの!?しかも彼女と一緒にとかケーキ入刀じゃん!それはまた違う行事だったと記憶してるんですけど!
「呼ばれたな。行くぞ」
「えっ?本当に行くの?」
「私は一緒に切りたいのだが…嫌か?」
「…嫌じゃないよ。行こう」
そんな顔されたら、断ることなんて出来ないね。それを望むならしてあげましょう
というわけで、二人で一緒に大きなナイフを持っています。会場にいる全員が俺達に注目しています。そこまで気になることなんでしょうか?
「初めての共同作業ってやつだね!」
「これは撮影しておかなくてはな」
「カメラはもう回してるよ」
そこの北欧姉妹もなに言ってんだ。てかガチで撮ってるんかい。周りも歓声上げなくていいんだよ
…なんて、気にしなくてもいいか
「よし…「せーのっ!」」
隣にいる君が、とても楽しそうだからね
*
「さぁ、ここから更に盛り上げるわよ!」
ケーキが行き渡り、食べ終わりそうな頃合いで、プリンセスさんのアナウンスが入る。彼女が仕切るってことは、ライブが始まるのだろう
「じゃあ皆!集まってー!」
『はーい!』
大きな返事と共に、壇上には見知った顔が並んでいく。その中には意外な人物も数名混ざっていた
「コウ、彼女達からのプレゼントはズバリ『歌』!こういうプレゼントはどうかしら?」
なんと、歌うのはぺぱぷだけじゃなかった。そして歌のプレゼントという発想はなかった
「ありがとう、凄く楽しみだ。是非聴かせてほしいな」
その事実に、俺の心はワクワクしていた
「なら、遠慮なくいくわよー!」
こうして、フレンズ達による歌の
カワウソさんの
『たーのしーたーのしーたーのしー!』
アルパカさんの
『ようこそぉ ~ジャパリカフェへ~』
マーゲイさんの
『THE WANTED CRIMINAL』
かばんさんとサーバルさんの
『なかよしマーチ』
アライさんとフェネックさんの
『マイペースちぇいさー』
ギンギツネさんとキタキツネさんの
『湯けむりユートピア』
博士と助手の
『とっても賢いじゅるり “れしぴ”』
歌う順番と曲名の入ったカードを眺めながら耳を傾ける。皆上手で、個性的で彼女達らしい歌ばかりだった。これを自作したっていうのが本当に凄い
そして、ぺぱぷの歌は、あの時に流れた新曲の『アラウンドラウンド』。改めて聴くと、本当に良い曲だ
その後は皆で『ようこそジャパリパークへ』を歌ったり、『けものパレード』という新曲を披露したり。どれもこれも、皆で大いに盛り上がった
凄く凄く、楽しい時間を過ごした
───
「次が最後の曲ね。さぁ上がってきて!」
大いに盛り上がった歌の時間も次で最後だ。少し寂しい感じもするが、それもまたいいのかもしれない
「最後かぁ。誰が歌うんだろね?」
楽しそうに聴いていたコウも、そんな風に感じていた表情をしていた。それと同時に、次の歌への期待も現れていた
「最後は…私だ」
「…え?」
その問いに軽く答える。コウにとっては予想外だっただろう。私が歌を、それも民の前でこんな風に歌うなどと考えもしなかったようだ。その証拠に、ポカンと呆けた顔をして止まってしまった
私は壇上へ登り、プリンセスからマイクを受け取り、しっかりと握り締めて会場を見る。全体を見渡した後で、改めてコウに視線を送る
「コウ。私は皆のように歌を作れなかった。よってカバーということになる。それでも…聴いてくれるか?」
なんて問いかけてみたが、答えなんて分かりきっている
「勿論。何を歌うのか凄く楽しみだよ」
「…そうか。なら、聴いてくれ」
ジャイアントペンギンに合図を出すと、音楽が流れ始めた。身体も尻尾も、それに合わせて勝手にゆらゆらと揺れ始める
息を大きく吸う
そして、歌い出す
『嫌いになった人は全部 少しの仕草でもダメになっちゃう』
歌い始めは問題なし。ただこれは主観でしかない。音は外れていないだろうか?リズムは間違っていないだろうか?心配ごとが尽きることはない
それでもその歌詞に、その音楽に、私は自分の想いを乗せる。コウに伝わるように、コウの心に届くように
『貴方はその傷を 癒してくれる人といつか出会って』
私は、私達は、お前の傷を癒せただろうか。もし少しでも出来たのなら、それは本当に喜ばしいことだ
『例えば「出逢い」なんてなく 例えば「貴方」なんて居なく』
なんて、考えてしまった時もあった。もしお前がいなかったら、私は何も知らないままだったかもしれない。私はお前に会えて、本当に良かった
『貴方は優しさで 傷を負う日もあるけど笑って』
優しいが故に、悩んで、苦労して、傷ついて。それでも最後には、お前は笑顔を見せてくれた。それが何よりも嬉しかったんだ
『貴方の優しさで 救われるような世界で あってほしいな』
お前のおかげで、パークは、私達は救われた。だから大丈夫。お前は、お前のままでいいんだ。もう迷わなくていいんだ。もうお前は、一人じゃないから
『傷を癒して 心撫であって 人は人は──』
私は、お前にずっと
『──笑顔で あってほしいな』
───
「…どうだった?」
「…凄く、良かった。ありがとう」
「そうか…それなら、私も嬉しい」
ありきたりなことしか言えなかったけど、君がどんな気持ちでこの歌を選んだのか、この歌を歌ってくれたのか…全部伝わったよ。全部受け取ったよ
盛大な拍手の中、彼女は壇上を降り、姉さん達から何かを受け取った。それを大事そうに持ち、俺の元へと歩いてきた
「コウ、これを」
「これ…は…」
差し出されたのは、色とりどりの花束。この種類には見覚えがある
それはパンジー。花言葉は、『私を思って』『思い出』
「誕生日、おめでとう。一緒にいてくれて、私を好きになってくれて、ありがとう。大好きだ、これからもよろしくな」
その花には苦い記憶がある。思い出したくもない、忌々しいものが
だけど彼女は、それを全て消してくれた
溢れる感情は、止めようがなくて。零れる涙は、とても暖かくて。何よりも嬉しくて、俺は彼女を強く抱き締めた
「俺も…俺も大好きだ…!ありがとう…ありがとう…!」
その笑顔に、何度も救われた。その優しさに、何度も助けられた。君の隣にいられて、君が隣にいて、俺は本当に幸せ者だ
嫌なことがたくさんあった
これからどうすればいいのか
俺は存在していいのだろうか
いっそ消えてしまいたいと思った
…そんなことを考えたこともあった
だけど、今は違う
人生は、辛いことがあった分以上に、幸せなことがたくさんあるんだ
暖かい時間が、大切な人が、たくさん出来るんだ
ありがとう、皆
ありがとう、キングコブラ
俺は今、心の底から笑って言える
生まれてきて、生きてきて、本当に良かったって
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