第124話 サプライズ計画
「う~ん…う~~ん……」
今俺には緊急事態が起こっている。今俺は非常に悩んでいた
「これは確定として…でもこれだけだと寂しいよなぁ…。指輪は仮だけど渡した。ブレスレットも渡した。料理は当日いっぱい用意する。あとは…ネックレスとか? …でもこういう物ばっかりあげるのはちょっとくどいかもだし…どうしよ…」
「まだ決まってないの?」
「うぉい!?いつの間に!?」
「結構前からいたわよ。一回離れたんだけど、戻ってきたらまだ悩んでたからずっと見てたわ」
「声かけてよ!」
俺の背後にはキュウビ姉さんが座っていた。しかもガッツリ見られ聞かれてた。一番知られちゃいけない人だったのに…。もう駄目だ…おしまいだぁ…
「なんか失礼なことを考えてるでしょ。折角悩める弟に良い案を持ってきたっていうのに」
「えっ?それ本当!?」
「本当。でもどうしようかしらねぇ~?まるで『知られちゃいけない人に知られた』って感じの瞳で見られてたしねぇ~。姉さん傷ついたわぁ~」
「ぐっ…!?」
ひっさしぶりだなこのパターン…!こういうのもあるから姉さんには知られたくなかったんだ。でも良い案を持ってきたというのは嘘ではないはず…。そして、自分だけじゃ計画が進まないのも事実…
…背に腹は変えられないか
「…失礼なこと考えてしまってごめんなさい。どうか、その案を聞かせてください」
「…う~ん、私、お腹すいたわぁ」
「…晩御飯、いなり寿司いっぱい作るよ」
「話してあげるわ♪」
ホントこの人は…! …いや、ここは我慢だ。ここは堪えろ俺。これも全部、あの子のためなんだから
*
「それで?何か案はあるの?」
大量に作ったいなり寿司を二人でひょいひょい食べながら、さっきの話の続きをする。ちゃんと皆の分は他の皿に分けてあるからいっぱい食べても大丈夫だ。オイナリサマの分もまた別にあるので大丈夫
「一つ考えたのは、これなんだけど…」
「あら、随分と懐かしいものが出てきたわね。でもいいと思うわ、身に付けやすいしね」
俺がテーブルに置いたのは二つの『御守り』。一つは先生から貰ったもの。もう一つはオイナリサマから貰ったもの。ただ二つともヘルに切り裂かれたから綺麗に真っ二つになっている
…そう、俺は御守りをキングコブラさんに渡そうとしている。勿論これを渡すんじゃなくて、自作した物を渡す計画だ
なんで俺がこれを渡そうとしているのか。それは、近々大きなイベントがあるからだ
「それにしても…あなた、中々ロマンチストになったわね?」
「茶化さないでよ…これでも真剣なんだから…」
「フフッ、ごめんなさい。でも素敵だと思ったのは本当よ?凄くいいじゃない、サプライズプレゼント」
「彼女との初めての “クリスマス” だから、どうしても何かしたくてね」
【クリスマス】
12月25日にある、一部の教派が行うイエス・キリストの降誕祭…らしい。細かいことは知らないしあんまり興味がない。祝ったことなんて一度もないしね。因みに前日の24日は『クリスマス・イヴ』と呼ばれている
この日にやった事として印象に残っている事と言えば、クリスマスツリーを飾ったこと、豪華なご馳走を食べたこと、綺麗なイルミネーションを見に行ったこと、酒を無理やり飲まされてぶっ倒れたこと…はどうでもよくて…
──一番の思い出は、プレゼントを貰ったこと
初めて貰ったのは4歳の時。あの時は本当にビックリした。枕元に置いてあったそれを見て、サンタクロースが来たとリル姉さん、ヨル姉さんとはしゃいだのは今でも思い出せる
もうすぐこのパークにもクリスマスがやってくる。俺にサンタクロースは来ないけど、いつも頑張っている彼女には来てほしい。だけどサンタクロースなんて現実にはいない。ならどうするか?答えは簡単だ
「──俺自身が、サンタクロースになる事だ」
「いきなり何言ってるのよ…。ほら、これ見なさい」
姉さんが持ってきたのは、昔パークで販売されていた月刊雑誌。季節のイベントやエリアごとの新施設、新発売された商品等色々なものが載っている。よく残ってたなこれ
それの真ん中辺りを開いて、指差しながら俺に向けてきた
「これなんかいいんじゃない?」
「これは…うん、凄くいい。彼女にもピッタリだと思うし。ただこれ上手くできるかな…」
「大丈夫、そういうの得意な子を紹介するから。それに、例え不恰好な物が出来てもきっと喜んでくれるわよ」
「…なら、お願いするね」
こういうのはしたことないから不安だけど、姉さんがこう言ってくれているからたまには甘えよう
…それにしても、これが得意な子か。一体誰なんだろ…?
◆
「ん? 出掛けるのか?」
「うん、姉さんに呼ばれてね。帰りはちょっと遅くなるかも」
「分かった。気をつけて行ってこい」
キングコブラさんに挨拶をして、一人ろっじを後にする。嘘はついてないと言えばそうなんだけど…ちょっと罪悪感がある…
ヤタガラスの翼を羽ばたかせ、さばんなの上を通りすぎ、断崖絶壁を登れば(登ってないけど)、あっという間に目的地のジャパリカフェに到着だ。ここは来る手段が限られているからバレにくく、作業にはちょうど良い場所だ。休憩も程よく挟めるしね
「ふぅ…満腹満足なのです」
「これでバッチリなのです」
「あっ博士と助手」
「むっ、コウですか」
「奇遇なのです」
貸し切りってわけじゃないから、他のお客さんがいてもおかしくないし、この二人がいるのもおかしくはない
つまり、俺がここにいてもおかしくない。Q.E.D.
「クリスマスの準備はどう?」
「これからそれをろっじに運ぶところです」
「その為の腹ごしらえをしていたのです」
二人の視線の先には、クリスマスツリーに使う予定の木。大体3メートルくらいの大きなものだ。その傍にはツリーの飾り付けが入っているバッグがある
「ありがとね。運ぶの大変でしょ?」
「心配無用なのです。我々、今日は何故か調子が良いので」
「いつもよりワシ的部分を楽に発揮しているのです」シャー
「…ふぅん?」
博士と助手も、キングコブラさんやオオカミさんと同じような事が起こる日があるのか。本人達が自覚してるのも、不快に思っていないことも同じ…と
「では行きますか、助手」
「そうですね博士。行きましょう」
「向こうでの監督はお願いね。…あっ、あのさ、俺がここにいることは」
「心配しなくても内緒にしておいてやるのです」
「あいつへのプレゼント作り頑張るのですよ?」
「内緒に………えっ?」
「「では、我々は失礼するのです」」
「ちょっ、ちょっと何で知って…ってはやっ!?」
調子が良いのは嘘じゃないらしく、問いただす前に飛び去っていった。去り際にしてやったぜって顔しやがって…!誰がリークしやがった…!
…なんて、犯人は一人しかいないか
カランコロン♪
「こんにちは、アルパカさん」
「あらぁいらっしゃ~い。話は聞いてるよぉ~。奥にどうぞぉ~」
聞いてるって…やっぱりね
「あっ、来た来た。こっちよこっち」
入口から死角になる奥の席に進むと、先に来ていた姉さんに手招きされた。紅茶の追加注文をして、クッキーを二つ摘まんで乱暴に口に入れる
「やる前に一つ…なんでしゃべったの?」
「全員に内緒にしとくなんて無理よ。それに協力者がいた方が誤魔化しやすいでしょ?」
「むっ…」
そう言われると、妙な説得力があって言い返せなくなる。口裏を合わせてくれる子がいるのはありがたいのは事実だし。でもそれが前に失敗した長なのは少し不安だけど…まぁいいか
「それで?俺に教えてくれる子って誰なの?」
「この子よ。頼んだわ」
「よろしくねぇ~コウ~」
「えっ!?アルパカさん!?」
まさか貴方だったなんて。でも手先が器用だから、確かに出来そうではある。あとなんか凄く似合う
「それだと、店番はどうするの?」
「表はトキ達にお願いして、私は裏でこそこそ料理してるわ」
「なんでこそこそ?」
「守護けものが店番とか格好つかないでしょ?」
えっ?今更そういうこと言う?…という言葉は飲み込んだ。俺の為にしてくれるんだ、ありがたく店番をしてもらっておこう
「それでぇ?何を作るのぉ?」
「えっと…これにしようかと思いまして」
「ふんふん、分かったよぉ~。じゃあ早速やっていこうかぁ~」
「よろしくお願いします!」
*
「ム…ムズすぎる…」
「初めてやったんだから仕方ないよぉ。もう遅いから、続きは明日だねぇ」
「はぁ~い…」
全然進まなかった…。これこんなに大変だったんだな…。ハートマークとかのアクセントを付けてる人はどんだけ器用なんだ…?もう異次元だよ異次元
作りかけのこれはここに置いて帰宅する。本当は自室でもやりたいんだけど、誰かに見られてバレたら台無しだからね。特にオオカミさんとキリンさんは危険だし
『クリスマスまでに作り終える』と、『バレずにやる』。両方やらなきゃいけないのは辛いなぁ…
まぁ、諦めるっていう選択肢は最初からないけどね
◆
「今日も出掛けるのか?」
「うん、やることが長引いちゃってて。悪いんだけど、そっちは頼んだよ」
「ああ、任せておけ」
コウモリの翼を羽ばたかせて、コウは今日も飛んでいく。あっという間に姿は見えなくなったので、私も作業を進めるとしよう
ヒュウウゥゥゥ…
「うっ…」ブルッ…
最近、ここら一帯も寒くなってきた。雪山で体験した寒さに比べたらそうでもないが、私からしたら十分に寒い…。だがクリスマスを楽しみにしている民の為に、手を止めるということはしない
「今日も寒いね。平気かい?」
「問題ない…………クチュンッ」
「おや?可愛いくしゃみが聞こえたけど、本当に平気かい?」
「問題ない!」
本当にこのオオカミは…全く、仕方のないやつだ。久しぶりに私の良い顔が頂けたのかご満悦な表情をしている
「まぁ、無理はしないようにね。 …そうだ、コウは最近一人で出掛けてるけど、一体何をしているんだろうね?」
「キュウビキツネの呼び出しと言っていたから修行か何かだろう。もしかしたらクリスマスに向けて何か別の準備をしているのかもしれないがな」
ここ数日、コウは一人で何処かに出掛けている。前に私もついていくと提案したが、『これは俺の仕事だから』とやんわりと断られてしまった。ただ、『そっちは頼んだよ』と強くめいれ…言われたからには、私は私の出来ることをするだけだ
「…それならいいんだけどね」
「…なんだその意味深な発言は?」
「この前、スカイインパルスが言ってたんだよ。周りの様子を伺うようにカフェに入っていったコウを見たってね。 …もしかしたら、隠れて浮気してたりして…?」
「…バカバカしい。あいつがそんなことするはずがないだろう?」
「フフッ、勿論冗談だよ。君達の仲はよく知っているからね」
「なら初めから言うな。作業に戻るから、お前も他の場所は頼んだぞ?」
「了解、キチンとやるさ」
今は会場作りに集中しよう。あいつのことだ、きっと休憩でカフェに寄ったのだろう。キュウビキツネもいるから、私が心配する必要はない
…何をしているのか教えてくれないのは、少し、寂しいがな
◆
「…今日も出掛けるのか?」
「えと…うん。ごめん」
「…謝らなくてもいいのだが…その…」
「どうしたの?」
「…いや、何でもない。引き留めて悪かったな。行ってこい」
「…? 行ってきます」
今日もコウは出掛けていく。私を置いてさっさとろっじを出発する。日に日に出発の時間が速くなっている
まるで、私から遠ざかろうとしているかのように
クラッ…
「っ…?」
「キングコブラさん、お疲れですか?」
「いや、大丈夫だ。今日もやっていこう」
「はい。でも無理はしないでくださいね?」
「分かっているさ」
今日は目玉であるクリスマスツリーの飾り付けを中心にやっていく。サーバルとアライグマがやたらと動いているが、かばんとフェネックがいるから問題ないだろう。無理はせず楽しく作業を進められるはずだ
(コウと一緒なら、もっと楽しかったのだろうな…)
無意識に出そうになった言葉をグッと堪える。我儘は言っていられない。あいつも何処かで頑張っているのだから
…それでも、考えてしまう
考えて、しまうんだ
◆
準備も順調に進み、今日はクリスマス・イヴ。明日はパーティーの日だ。だと言うのに…
「今日も、遅いな…」
最近は朝は私が寝ている間に出掛けて、夜はいつ帰ってきているのか分からないという日が続いている。最初の方は朝晩の挨拶は出来ていたのだが…
それに、クリスマス・イヴも恋人と過ごす人が多い日だと聞いている。なのに、何故私達は一緒にいないんだ?お前は今、何処で何をしているんだ?
お前にとっては、特別でもなんでもないのか…?
「えぇ~?それ本当なのぉ~?」
「ホントだって!」
むっ…?なにやら話し声が聞こえるな。この声は…アフリカニシキヘビとエリマキトカゲか
「お前達、何かあったのか?」
「「あっ、キングコブラ…」」
…何故焦ったような顔をしているんだ?まるで私に知られたら不味いと言っているようだな。これは聞かなくてはならんな
「もう一度聞く。何かあったのか?」
「…その…エリマキトカゲがねぇ、今日コウがカフェにいたのを見たんだってぇ。見間違いじゃないかって言ったんだけどぉ~…」
「だから見間違いじゃないって!だっておいら見たんだ!コウとアルパカが一緒に二階へこそこそと上がってったのを!コンゴウインコにも聞けば見たって言うぜ!」
──コウが…アルパカと?クリスマス・イヴという日に…?
「…その時の店番は、誰だったんだ?」
「店番?トキ達でやってたぜ」
「…その時、キュウビキツネはいたか?」
「キュウビキツネ? …あっ、店の奥にちらっと見えたな。なんかこそこそ動いてた。にしてもなにしてるんだろうなぁ?トキに聞いても教えてくれなくてさ。なんか隠してる気がするんだよな~」
「だから見間違いじゃないのぉ~?」
「違うってー!あんな楽しそうな顔見間違うことないってー!」
コウが、アルパカと。カフェで、楽しそうに
店番を、キュウビキツネとトキ達に、任せっきりで
キュウビキツネは、コウと何かをしていたわけではない?彼女は、コウに用はない、ということか?
なら何故、コウは呼ばれたなどと嘘をついた?
そこまでして、私に隠したい何かがあるのか?
『もしかしたら、隠れて浮気してたりして?』
…っ、そんなはずはない!そんなこと、あいつがするはずがない。アルパカが、そんなことするはずがない。キュウビキツネが、トキ達が、そんなことに協力するはずがない…
するはず…ないのに…
ズキンッ…
「キングコブラ?顔色悪いけど大丈夫かぁ?」
「…あっ、あぁ、問題ない……コホッコホッ…ンンッ…?」
「ちょっとぉ?本当に大丈夫なのぉ?」
「…そうだな、今日はもう寝ることにする。お前達も遅くならないようにしろ。明日はパーティーなのだからな」
「え、えぇ、分かったわぁ。おやすみぃ」
「お、おやすみ」
回らない頭を使って言葉を絞り出して別れ、おぼつかない足取りを自覚しながら、私が向かったのはコウの部屋。ノックをしても反応がない。当然だ、今日もまだ帰って来ていないのだから
自室に戻って、ベッドに倒れ込む。丸くなって思い出す。準備が始まってから今日まで、あいつと一緒にいた時間が、ほんの一握りだったということを
だからなのかもしれない。隣にいないのが不安で。こんなにも寂しくて。心も身体も、とても寒くて
嫌な想像が、ずっと頭の中を駆け巡ってしまうんだ
「…早く、寝よう」
それら全てを早く消したくて、私は布団を深く被り、強く瞳を閉じた
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