第122話 甘い誘惑


あのセルリアン事件(?)から3日、キングコブラさんは図書館で療養していた。俺は彼女のリハビリを手伝いながら、博士と助手の手伝いをしながら過ごしていた


流石フレンズは回復が早く、問題なく動くのにそう時間はかからなかった。そして3日目に、久しぶりに体力測定をして体調チェック。ラッキーさんとオイナリサマにも手伝ってもらった結果、完全回復が確認できたので一安心だ


そして今日は、俺達は朝から日の出港にいる。その理由は──



「忘れ物はない?」

「ないぞ。心配するな、そんなヘマはしないさ」

「USBメモリを病院に忘れてったのは誰だっけ?」

「うぐっ…本当、言うようになったな…。その辺キュウビキツネさんに似てきたぞ」

「うげっ…気を付けよ…」

「ちょっと、それどういう意味?」

「フカイイミハナイヨー」



──今日、父さん達が帰る日だからだ


2週間というのは、結構あっという間に過ぎてしまうもので。再会したのがそんなに前とか嘘だろじょうたr…なんでもない


調査もギリギリ終わったみたい。レポートも必死にやってたし本当に良かったね。でも途中でまた温泉やカフェ行ったりしてたから自業自得だと思います


乗ってきたボートは、壊れているなんてことはなく問題ないそうだ。荷物も運び終わって、後は三人が乗り込むだけだ


お見送りには色々なフレンズが来てくれた。姉さんとオイナリサマは勿論、ろっじ組に長にかばんさん一行。砂漠コンビにハンター、へいげんの皆にキツネ二人もだ


「こうやって、あの日も別れたわね」


「もう、10年以上前なんですよね」


あの日…例の異変が原因で、人がパークから離れなければいけなくなり、皆が長いお別れを告げた日


「あの時とは少し違いますけどね。大きな船ではなくボートでのお帰りですし」


「そういうことじゃないだろミドリ…」


「分かってますよ。あの日と一番違うのは…この別れは、全然寂しくないってことです!だって、パークの復興は目前なんですから!」


母さんの表情に一転の曇りはなく、とても晴れやかで素敵な笑顔だった。それに釣られて、父さんもミライさんも、姉さんもオイナリサマも…みんな笑顔になった


「次に会うのは、年明けかな?」


「ああ、この結果ならおそらくゴーサインは出るだろう。それまでキョウシュウは頼んだぞ?」


「任せといてよ」


父さんが言っていた限りでは、この調査で異常は見られなかった。ただ次の調査までに何かあった時、復興計画が中止になり、そのままパークは一生閉鎖ってなるかもしれない。そんなこと俺は絶対にさせたくない。皆の努力を無駄にはしたくない


「では、そろそろ行きましょうか?」

「そうだな。元気でな、コウ」

「体に気を付けるんですよ?」

「三人もね」


三人はボートに乗り込んでいく。エンジンがかかり動きだし、船が段々と港から離れていく。俺は見えなくなるまでずっと手を振っていた。見送りが済んで、皆散り散りに去っていく


さよならは言わない。また会う日まで待ってるよ、父さん、母さん!







「…と言って別れてから、もう数日経つんだなぁ」


日記を読み返しながら、俺はボソッと呟いた。何となくでつけ始めたこれだけど、結構色々なことを書いてきたもんだ。そして、これからも増えていくことだろう


まぁ今日は特に書くことはないかも。ゆっくりのんびり過ごす予定だしねぇ



「コウー!お客さんよー!早く来なさーい!」



…予定変更だねぇこれ


キリンさんの大きな呼ぶ声が木霊した。そして何度も聞こえてきた。そんなことするなら直接呼びに来てくれ。オオカミミにめっちゃ響くから


「コウー?コウー!?」


「はいはい聞こえてますよ来ましたよ!一体誰ですか……って、博士と助手?」


「「どうも、なのです」」


珍しい来客である。博士は一冊の本を、助手は何かを入れた袋を持っていた。中身はなんだろ?


「コウ、今日の日付は分かりますか?」


「えっと…何日だっけ?」


「今日は11月11日なのです。つまり…」


「つまり…つまり?」


「「…はぁ」」


なんで二人して頭抱えてんの?ヤレヤレじゃないよ、分からないものは分からないんだよ。でもこれは無知の知ってやつだからいいんだよ。 …違うか


「今日食べなければいけないものがあるのです」

「お前にそれを作ってほしいです」


「…最初からそう言ってよ。で?何を作ればいいの?」


「「これです!」」


待ってましたと言わんばかりに、博士は持っていた本をパラパラとめくり、とあるページを開きながら勢いよく差し出してきた。まるで水を得た魚のよう…この場合は料理を得たフクロウ?


受け取って、それを見る。そこには懐かしい名前が載っていた。二人がなんでこんなこと言ったのか、何となく理解できたよ



*



『ポッキーの日』という言葉をご存知だろうか?


スティック状の菓子の中でも代表的な存在である『ポッキー』が、数字の “1” と類似している事から11月11日がそのような記念日になった…らしい


正確には、『プリッツ』という別のお菓子を含めた『ポッキー&プリッツの日』とのことだが、何故かプリッツは忘れられることが多い。実際俺も存在を忘れていた。ごめんねプリッツ


それを知り、記念日という言葉に釣られどうしても食べてみたくなった長は、今日の為に材料を揃えていたそうだ。ナイス長、グッジョブ長、フォーエバー長。俺も甘党なので作るのは吝かではないのだ


チョコレート菓子は他にもたくさんあるけど、今日は敢えてポッキーだけにしよう。その楽しみはまた今度ってことで


「もうそろそろ出来上がったかな?」


冷蔵庫を開けてポッキーを取り出す。試しに一本持ってみると、ちゃんとチョコレートがコーティングされている。食べてみると、ポキッという良い音がして、口いっぱいに甘さが広がっていく


「…うん、甘くておいしい!」


「早く寄越すのです!」ジュルリ

「早く食べたいのです!」ジュルリ


…やっぱり雛鳥じゃないか(呆れ)。ピヨピヨ鳴いて…はいないけど、とてつもなく催促してくるので一本ずつ口に突っ込んだ。『ムグッ!?』とビックリしたような声を上げたけど、モグモグと食べ進めていく内に顔が緩んでいく


長の威厳? フフフ…そんなものはない…


「流石ですね、コウ。凄く美味しいのです!」

「流石なのです。これはやみつきなのです!」


「でしょ?私、お菓子作りは失敗しないので」


「うん、その決め台詞通りだね」モグモグ

「そうだな、相変わらず旨い」モグモグ


「あっ、キングコブラさんにオオカミさん」


匂いを嗅ぎ付けたのか、見回りをしてた二人もいつの間にか厨房にやってきて早速一本ずつ取って食べている。別に構わないけど手が早い。顔が緩むのも早い。おかわりも早いの三連コンボである


「お前達だけずるいのです!」

「我々にもおかわりを寄越すのです!」


寄越せと言った次の瞬間には食べてるじゃん?両手にポッキー装備してるじゃん?指の間に挟んで鉤爪みたいにしてるじゃん?それは行儀悪いからやめなさい


消費スピードがいつもの3倍は早い。だが舐めてもらっては困るね。長が数本で満足しないことなど想定済み!ヒトの世界で売られている箱五個くらいに相当する量は作ってあるのだ!



「こんにちは、お久しぶりですわね」

「あらぁ?何か美味しそうなの食べてるわねぇ?」

「それは…ズバリ、新しいアイスね!」

「たぶん違うと思うんですけど…」



…追加オーダー、入りそうですね



*



来たのはコモモさんとアフリカニシキヘビさん(以下アカニシさん)。二人もまた珍しいお客さんだ。最近会ってなかったから遊びに来てくれたみたい


「ところでコウ、このポッキーを使ったゲームがあるらしいね?」


皆一通り食べ終わったくらいに、オオカミさんが問い掛けてきた。一本手に持って弄ぶように動かしてる。それも行儀悪いから早く食べちゃいなさい


「ゲーム?そんなのあったっけ?」


「助手の持ってきた本に載っていたよ。『ポッキーゲーム』と言うらしいね」


「ポッキーゲーム?」


オオカミさんが本を広げて差し出してきたページを皆で覗き込む。端に『このお菓子と言えばポッキーゲーム!これで二人の距離は急接近!Romanticが止まらない!』と書いてあった


…なんだこのキャッチコピー…。急接近?止まらない?意味が分からん…。皆もポカン…ってしてるし


「ソレニツイテ丁度イイ録音データガアルヨ」


「あっラッキーさん。なら折角だしそれを流してもらってもいい?」


「任セテ」



ピロピロピロ…ピキーンッ!



『ガイドさーん、ポッキーゲームってなーにー?』


『よくぞ聞いてくれました!ポッキーゲームっていうのはですね!パーティゲームの1つでして!2人でポッキーの両端を咥えて、同時に食べ進むゲームなんです!またポテト等の細長い食べ物や棒状ではないお菓子等ですることもあるんです!やってみた方が理解できると思うのでルルさん早速私とやってみましょう!』


『え?あ、あたしはいいかな…』

『そう遠慮なさらずに!さぁ!さぁさぁさぁ!』

『うわーん怖いよー!?助けてラビラビー!』

『あっ!待ってください!一回!一回でいいのd』



ブツッ!



「…俺達は何も聴いていない。いいね?」


『アッハイ』


…いや無理だよね、今のを聴かなかったことにするの。今までので一番強烈だったし。皆ドン引きしてるし。流した張本人ですらアワワワしてるし


「…それはそれとして、試しに誰かやってみたらどうだい?」


「この空気でそれ言う?誰もやんないよ」


「そうねぇ~。それにぃ?それを最後までしちゃうとぉ~…ねぇ~…」


流石アカニシさん、そういう話題には敏感だから直ぐに気づいたようだ。コモモさんも理解したのか頷いている


そう、端からお互いに食べ進めていったら、最後はどうなるかは簡単に想像できる。なんてゲームなんだこれは。てかゲームなのか?勝敗とかどうやって決めるんだ?


「そうなったとしても問題ない組み合わせがいるじゃないか」


「…まさか」


「コウ、キングコブラとここでやってみてくれないかい?」


「やらねぇよ!」


また凄いこと言い出したぞこのオオカミ!そうだね確かに組み合わせは問題ないね!だけどこの場でやるのはとんでもなく問題だね!


「ならキングコブラ、やってみてくれないか?ぜひ漫画の参考にしたいんだ。頼む!このとーりだ!」


「むっ、むぅ…叶えてやりたいが…どうするべきか…」


「迷わないでキングコブラさん!?」


頼みやすいからって俺から彼女へ対象をシフトするな!君も久しぶりに頼み事されるからってウズウズしないで!?


「いいじゃないのぉ~。減るもんじゃないし、どうせ毎日してるんでしょう~?」


「毎日はしてないよ!?」


「毎日?毎日と言いました?ではどれくらいの頻度でしているのですか?とても興味がありますわ!」


「言うわけないでしょ!?」


半端ないって!コモモさんとアカニシさんの食い付き半端ないって!もしかして今日これからかいが目的で来たんじゃないの!?


「さぁキングコブラ、お前達の愛の大きさを見せるのです!」


「…! …めいれ…民の願いを叶えるのは王の努m」


「待て待て待て待てやめろぉ!」


好奇心旺盛という免罪符が使えると思うなよ博士!あと助手はそのまま固まってて!負担が半分だし顔真っ赤なの珍しいからオオカミさんの興味がそっちに行くかもしれないし!あっ、行ってる。よし!


「そういうことは人前ですることじゃないんだよ!」


「成る程…ならこの後二人きりでするのね!このラブ探偵キリンにはお見通しよ!」


「ああもう話をややこしくしないでくれないかなぁ!?」


IQ3しかなさそうな肩書きしやがって!アリツカゲラさんも笑い堪えてないで止めてくださいよ!肩めっちゃ震えてるじゃないですか!


クソ…突っ込みが追い付かない…!プロポーズしてから吹っ切れたのか、キングコブラさんのそっち方面への耐性が変な風についてる!これだと本当にやりかねない勢いだ!


「キングコブラさん!ちょっと来て!」

「えっ?うわっ!?ま、待て!」

「待てない!来い!」

「っ…いいだろう!」


腕を引っ張ってスタコラサッサだ!命令口調になってしまったがこの際都合がいい。ニヤケ顔で見送る皆も無視だ無視!



*



「はぁ…」


部屋に戻ってきて一息つく。おかしい…俺は真面目にお菓子を作っただけなのに…なんでこんなに疲れなきゃいけないんだ…?


「こういう日も、たまにはいいのではないか?」


「…君がそう言うの本当に意外なんだけど」


「お前はいつも澄ました顔であしらっていたからな。慌てた様子が久々に見れて面白かったぞ?」


「えぇ…」


思い出してるのかまた笑ってる…。こっちからしたら笑えないんだけど…。まさか彼女にこの手の話題でからかわれるとは思ってもいなかった。正直少し悔しいです


「まぁ、これで機嫌治してくれ。ほら」


「…これ、いつの間に?」


「連れ出される前にちょっとな」


彼女がポケットから取り出したのは、ラップに包まれた数本のポッキー。あの一瞬でやるとは…油断ならないね


「…で?それはどうやって食べるの?」


、とは?普通に食べる以外の方法があるのか?」


ニヤリとしたキングコブラさんを見て、俺はしまったと思った。変なことを口走ったその隙をついて、を俺の口から言わせようと誘導してきた


あぁそうだよ、俺だって本当はしたいよしてみたいよ。こんな経験ないしさ。いいよ、たまには要望に答えてやりますよ


「…キングコブラさん。俺と、ポッキーゲームを


「…! そこまで言うなら、仕方ないな」


恥ずかしいからあくまでも俺から誘った、ということにしたいこと。お願い…もとい、命令…いや、頼み事をされたいということ。これらの欲求を同時に満たすなんて…ホント、ズルい子になったもんだよ


彼女がポッキーを咥えて、それを差し出してくる。こんな行動、こういう時でしか見られないだろうね


俺も端を咥えて、二人で食べ始める。進む度に鼓動が速くなって、近づく度に顔が熱くなっていく


あと少しで食べ終わってしまう。唇が重なってしま──



ガタッ!







「何やってるのですかキリン!」

「バレたらどうするのですか!」

「ご、ごめんなさい!すぐに離れ…」


「何をしているんだ…?」


「「「「「「あっ…」」」」」」


もう少しというところで、ドアの向こうから物音がした。それに反応したコウが、脱兎の如く近づいて開けた。そこにいたのは先程のメンバー。どうやら僅かな隙間から覗いていたようだ


「ち、違うのよぉ?私は止めようとしたんだけどぉ…」


「一番ノリノリでしたわよね!?本当はわたくしが止めようと…!」


「ちょっとぉ!?貴女もノリノリだったじゃないのぉ!」


「うるせぇ!ここにいる時点で全員同罪でガチ説教じゃあ!覚悟しやがれ!」←変身トランス・ダーク


「不味い本気だ!皆逃げろ!」←野生解放


「待てやゴラァ!」


そのまま鬼ごっこが始まってしまった。散り散りに逃げる皆と、それを全力で追いかけるコウ。外からは悲鳴が微かに聞こえた


そして、一人残された私。一度深呼吸して、冷静さを取り戻す


…が、まだ顔が熱い。やはりこれは、何度しても慣れなくて、何度しても幸せな気持ちになる。まぁ、今回は未遂だが…まだポッキーは残っているから、まだ出来るには出来るな



「…甘いな」



覗かれていたことに対してか、ポッキーに対してか。それは自分でも定かではなかった。一つ確かなのは、ポッキーが旨いということだ



「さて…どうなっているのか、見に行くとするか」



ポッキーをもう一本口に咥えながら、私はコウを追いかけるのだった

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