第121話 意識と無意識の狭間で


バタンッ!と車のドアが閉じる音が聞こえて、ようやく俺の身体は言うことを聞いてくれるようになった。必死に脚を動かして、幼いぼくを乗せた救急車を追いかけた



「待って…待ってくれ…!貴方は誰だ!?やくもしゅんじって誰なんだ!?」



叫んでも追いかけも意味がないことなんて分かってる。それでも、それをせずにはいられなかった



「っ…!?うわっ!?」



突然足場が割れ、前に進むための道が崩れていく。下の見えない、奈落の底へ落ちていく。翼は失くなってて、野生解放もできなくて。どうにか助かりたくて、必死に空に手を伸ばした


その瞬間、空から光が差し込んできて、俺を包み込んだ



──思い出さなくていいんだよ、そんなこと



誰かの声と、バチッ…という音が、微かに聞こえた




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




気づいた時には遅かった。振り向いた瞬間、大きなセルリアンの口に、コウは飲み込まれた


「くっ…!」


キングコブラは彼の腕を掴もうとしたが掴めず、セルリアンの太い触手は、いつの間にかそこにいた本体と思われる個体に戻っていった


触手がセルリアンの腹の中に収まり、そこからうっすらとコウの姿が見えた。そいつは妊婦のように腹が膨れ、中にいる赤ん坊を愛おしく思う母親ような様子で腹を優しく撫でている


セルリアンはコウの2倍と少しくらいの大きさで、ヒトの女性のような姿をしていた。その顔はまるで女神のように美しく整っていたが、肌の色に生気はなく、マントや服、スカートは真っ黒で、骸骨の腕で髑髏のついた杖を持っている


それが纏う雰囲気は死そのものだった。気配もなく現れたのも相まって、キングコブラの全身を緊張が駆け巡った。今までのセルリアンよりも強いのは明白だった



「コウを…返してもらうぞ!」



それでも戦わないという選択肢は彼女にはない。怯むことなく正面から突撃していく。野生解放により瞳は更に輝き、身体からはサンドスターが溢れる


それを鬱陶しそうに見たセルリアン。左手に持った杖を空にかざし、杖から雷のようなエフェクトでサンドスター・ロウをキングコブラへ連続で放つ。それを左へ右へと確実に避けるが、攻撃が激しく中々近づくことができない



「…なら、これだ!」



セルリアンの攻撃によって破壊された足場。瓦礫とも言えるそれを、尻尾を巧みに使い掴みセルリアンへおもいっきり投げつける。狙いはそれの腹、コウのいる場所だ



『…ッ!』



セルリアンは避けようとはせず、杖を振るい叩き落とす。それを見たキングコブラはニヤリと笑った


彼女は最初の様子から二つの予測を立てていた。一つは腹が膨れ上がったせいで満足に動けないだろうということ。もう一つは、腹の中にいるコウを最優先して守るだろうということ


その予測は当たった。腹と別の場所を同時に狙うと、後者の守りが顕著に雑になる。勿論彼女にコウに危害を加えようという考えはない。敵の心理を利用した攻撃だ


瓦礫で牽制し、ビームを確実に当てていく。二つの威力は高く、徐々にセルリアンを削っていく。押していくキングコブラと、屋上の端まで追い詰められたセルリアン。後は隙をついて近づき、コウを引きずり出すだけだった



『…フ…フフ…フフフ…!』



そんな時、不気味に笑うセルリアン。そいつは足元の床の一点を杖でトンッ…と軽く叩いた



ビキビキッ…バガァンッ!



「なっ…!?」



たったそれだけだったのに、一瞬にして床全体にヒビが入り、叩かれた場所からどんどん崩れていく。それは建物全体に伝播し粉々になり、あっという間に病院が瓦礫の山となろうとしていた


二人の足場も例外ではないが、キングコブラが落ちる中、セルリアンは触手を翼のようにし空中でバランスをとっていた


「くそっ…」


『ウフフフフ…!』


「しまっ…!?ガッ!?」


どうにか上手く地面へ着地しようとしていたキングコブラだったが、空中でもがいている隙に、セルリアンからの雷を受けてしまった


地面へ叩きつけられ、体が思うように動かない。そこに追い討ちの上から降ってくる瓦礫の山



ドガァァァァァァァンッ!



『アハハハハハ!』



砂埃が舞う中、高笑いをし、瓦礫の上に立つセルリアン。その行動は、圧倒的な力で敵をねじ伏せたこと、腹の中にいるコウを守れたことからくる愉悦から。普通のセルリアンではまずしない行動だった


そいつの瞳にキングコブラの姿はない。彼女は瓦礫に埋もれ、そこから出てくる様子もない


暫くの間、不気味な笑い声が響き続けた





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





くそ…身体が動かない…このままじゃコウが…


動け…動け私の身体…ここで動かなくていつ動くのだ…


だが…もう…意識が…



━━立て



…だれ…だ?



━━立て、蛇の王。お前はここまでなのか?



「…そんな…わけ…ないだろう…!」



━━それでいい。お前の力はこんなものではない。お前ならコウを助けられる。お前ならあれに勝てる。にはその力があるのだから



「お前…達…?」



━━そうだ。それと、手を貸せるのは今回だけだろう。こんなこと、奇跡としか言いようがないからな。…それに本来これは、



「…どういう…ことだ…?」



━━どうせ起きたら覚えていないだろうから説明はしない。時間がおしい。早速いくぞ



「…そうだな。今はコウを助けることが最優先だ。頼む」



━━…本当、いい伴侶を持ったな、あの子は…。後は任せたぞ



「…お前、まさか…」



━━さぁいけ蛇の王!その力、見せつけよ!



私の言葉は遮られ、光が私を包んだ。薄れていく意識の中、そいつの隣に誰かが現れた気がした



──気のせいじゃなければ、それは、コウのように思えた





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




仕事は終わったと言うかのように、セルリアンは病院だったものに背を向け、軽い足取りで森の中へと歩き出した




「まだ、終わっていないぞ」




微かに聞こえた声に脚を止めた瞬間、セルリアンの脳天をビームが貫き砕いた。そこに石はなかった為直ぐに再生したが、意識を向けるには十分だった


それの視線の先には、頭から血を流しながらフラフラと立つキングコブラ。その様子は先程までとは違っていた



野生解放によるサンドスターの輝きが増していたことに加え、瞳が紅く煌めいて、紅く輝くオーラのようなものを身に纏っていた。ゆらゆらと揺れる彼女に、一層不気味な印象をセルリアンは受けていた


まるで、が彼女に宿っていたようだった



セルリアンは動くことを忘れていた。先程まで感じることのなかった威圧感もその理由の一つだが、それ以上に、彼女から発せられる輝きに意識を奪われていた



それが、致命的な隙を生んだ



視界からキングコブラが消え、ブチブチッ!という、何かが裂かれる音をセルリアンは聞いた。下を向くと、彼女の手によって自分の腹が引き裂かれているのが分かった


それを理解した時にはもう遅かった。中にいたコウは引きずり出され、彼女の鋭い牙が腹に突き刺さった


突き刺さった時間は刹那。だが、彼女にとってはそれで十分



『ウグッ…アアアアア!?』



輝きによって威力の増したキングコブラの毒が注入され、噛まれた部分から毒が瞬時に全身に廻りセルリアンを蝕んでいく。象をも咬み殺すという言葉は伊達ではなく、ボロボロと体が崩れ落ちていき…



パカァーン!と、セルリアンは見事に砕け散った



「確かに…返して…もらった…ぞ…」



それを見送ったキングコブラは、コウを守るように抱きしめ、気を失った




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「…なんか、久しぶりだなこれ…」



──そうだね。おかえり



真っ白な空間に俺一人…じゃない、どこからか声がする。姿は見えなくて、機械音を繋げたような声だ。おかえりってなんだよ、ここは家じゃないぞ


──さて、きっかけはできたよ。あとは。というかだね


「また意味の分からないことを…。もうちょっとヒントないの?」


──それじゃ意味ないの。


「俺自身が?どういうことだ?」


──あっ、もう時間がないや。じゃあ頑張ってねコウ?将来のお嫁さん、必ず守るんだよ!


「…まさか、君は…」


──バイバイ、って言っても、これもさっきの過去も忘れちゃうけどね


「待って…うっ…!?」


また光が俺を包み込んでいく。薄れていく意識の中で、視線の先に誰かが現れた気がした



──気のせいじゃなければ、それは、俺のように思えた




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





瞳には見慣れた天井に見慣れた部屋が見える。ここは、図書館の二階にある管理室だ


「目を覚ましたか…よかった…」


覗き込んできたのは父さん。心配している表情と、安心している表情が混ざっているようだった


「なんで…俺はここに…? …あれ?キングコブラさんは何処に…?」


「別の部屋にいる。大丈夫そうなら案内するが…立てるか?」


「…大丈夫」


「…なら行こう」


焦る気持ちを抑えながら父さんの後ろを歩いていく。足取りが重そうなのを見て少し嫌な予感がした


ドアをノックし、『どうぞ』という声がしたので入る。そこにいたのは、ベッドに腰掛けるオイナリサマ


そして、包帯を巻いたキングコブラが横たわっていた


「…っ!?キングコブラさん!」


「落ち着きなさい。大丈夫、命に別状はありません。今は寝ているだけです」


「どうして…こんなことに…!?」


「…私達にも分からないのです。何があったか、先ずは貴方が話してくれませんか?」


「…分かりました」



*



そこからは覚えているだけ話した。先輩に会ったこと、病院を探索したこと、何者かを追いかけたこと


俺が、セルリアンに飲み込まれたこと


俺の輝きが奪われている可能性があるということで簡易的な検査をしたけど、特に以上はなかった。俺も違和感はないし、背中の翼もある。野生解放もできる


「…セルリアンに飲み込まれていた時、何か見ていたとかはあったか?外の景色とか、人物とか、夢とか」


「…? ?もし見てたとしても何も覚えてないや」


「…! …そうか」


あの場所での最後の記憶は、目の前に迫るセルリアンの大口。飲み込まれてすぐに意識を失って、起きたらここだったって感じだ


その回答に満足したのか、父さん達も何をしていたか教えてくれた。山での調査をした後みずべに来たら、何かが崩れる大きな音が聴こえてその場所に向かった。そこで見たものが、倒れた俺達と崩壊した病院だったらしい。崩壊したのか病院…


ここまで来るのには、たまたま通りかかった博士と助手に手伝ってもらったみたい。それで今に至る…と


「コウ、これを渡しておく」


「これは…ページの切れ端?」


ページ丸々じゃなくて切れ端か…。しかもそこまで大きいものじゃない。となると、これが載っていたページには、他に複数の魔物モンスターが載っている可能性が高い。そうなると厄介だ、早急に現れてくれればいいんだけど


そして、それに写っていたのは



「『ヘル』…か」



死を司る女神、ヘル。これは女神じゃなくて王になってるけど、ヘルをモチーフにしているのは変わらない。ただ本当にこれを再現したかは分からないな…


「まぁ、セルリアンについては彼女に聞くしかないな。目覚めるまでお前も休め。焦っても仕方がないからな」


「私達は調べ物をしてきますので、貴方は彼女の傍にいてあげてください。何かあったらすぐに呼んでくださいね?」


「分かりました。ありがとうございます」


部屋を出ていく二人を見送って、俺はベッドに腰掛ける。規則正しい呼吸をしている彼女に安堵したけど、頭に巻かれている包帯を見て胸が締め付けられる


「ごめん…ごめんね…」


他にも言いたいことがあったはずなのに、それしか言葉が出てこなかった


俺がもっと気をつけていれば。もっと早く気づいていれば。そもそも、怪しい影を追いかけようとしなければ。後悔が溢れては消えず、積み重なっていく



「…久しぶりだな、その余計なこと考えている顔」



「…っ!?」



「おはよう、コウ」



彼女はいつもの朝のように挨拶をした。『おはようって時間でもないか』と笑って付け足した


「キングコブラさん…俺…!」


「自分を責めるな。私もお前も無事だった。それでいいじゃないか」


「でも…!」


「約束したはずだ、『ずっと隣にいる』と。もし立場が逆だったらお前はどうしていた?」


「…ぁ」


そうか…そうだった…


もしそんな理由で急に彼女がこの世からいなくなったら、俺はきっと耐えられない。それは彼女だって同じなんだ。だから戦った。だから命をかけて助けてくれた


だから、俺が言うべきことは



「…ありがとう、助かったよ」

「あぁ、元気そうでよかった」



そう、これでいいんだ



…いいんだけど、不安なことはまだあるんだよね


「傷痕が残ったりはしないよね…?」


「…そんなこと気にしていたのか?」


そんなことって…君だって王の前に一人の女の子なんだ、残ったらショックじゃないの?


「私は気にしないぞ?貰い手は決まっているからな。それとも、お前は傷痕があったら私を嫌いになるのか?」


「嫌いになるわけないよ。今もこれからもずっと好きだよ」


「…改めて言われると…恥ずかしいな…///」


ちょっとそこで照れないで?俺も恥ずかしくなってきたから。話題変えようそうしよう


「…セルリアンと戦っていた時、お前が力を貸してくれた気がするんだ」


「…俺が?」


なんて思ってた所にそんな言葉。唐突だったから反応が少し遅れた


「身体の底から湧いてきた力が何となく、お前のに似ていたんだ。今はそんな感覚はないから真相は分からないがな」


「…そっか」


他者に力を分け与えるなんて力は俺にはない。だけど、本当にそうならいいなって思った。あんな状況でも、彼女の助けになれたってことだから


そこからセルリアンについても話してくれた。彼女が倒した奴は、案の定さっき渡された切れ端のを再現していた


また面倒なことをしてくれたな。また会う時は友達になれるんじゃないかって言ったのにさ。次こういうことしたらもう知らないからな。次があるかは知らないけど


なんてことを考えてたら顔に出ていたのか彼女に笑われた。釣られて俺も笑って、図書館に笑い声が響いた


「…話したら疲れたな。また少し寝るとする」


「分かった。じゃあ…」


「…待ってくれ」


立ち上がった俺の服の裾を、彼女はキュッ…と強く握った


「傍に、いてくれ。駄目か?」


「…駄目なわけないよ」


彼女の手は震えていた。その理由なんて分かりきってる。俺が彼女の立場でも同じことをしただろうから、断ることなんてするはずなかった


座り直して、彼女の手を強く握る。彼女の頭を優しく撫でる。安心したのか、彼女はすぐに夢の世界へ旅立った


「…俺も、もう少し寝ようかな」


ここのベッドは少し大きいから、横に並んでも大丈夫そうだ。夢でも会えたらいいな…なんて考えながら、俺も眼を瞑った







「…成る程、そんなことが」


コウ達には悪いが、盗み聞きをさせてもらった。どうしても聞きたかったんだ、お前が本当に覚えていないのか。に心臓が跳ねたが、忘れていてくれて良かった


だが、新たな問題も発生した


「キングコブラの急激な能力の向上、彼女はあのように言っていましたが…アオイは何か心当たりがありますか?」


「…あります」


私の仮説をオイナリサマに話していく。難色を示すかと思ったが、彼女もこの可能性を考えていたらしく、特にそんな様子はなかった


「もしこれが本当だとしたら、私はコウに、とてつもない重荷を背負わせてしまった…」


「貴方のせいではありません。私達も同罪です。だから任せてください、あの子だけには背負わせませんから」


「…ありがとうございます」


守護けものとして、コウの姉として…彼女達はきっと力になってくれるだろう。それはとても心強いことだ


だが私はどうだ?父親として、一人のパーク研究員として…


コウ、私はお前に、何が出来るのだろうな…?

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