第108話 二人きり
売店から歩いて数分、次に俺達が来たのは遊園地のライブステージ。今はマイクもスピーカーもなく、照明も当然ついていない。少し寂しい感じがするね
「懐かしいな、ライブにヒーローショー」
「あの時は皆ノリノリだったね。君も本気で演じていたし」
「民のためだったからな。皆楽しんでくれてなによりだ」
クール系悪役を演じたキングコブラさん。民のためというのは嘘じゃないんだろうけど、練習の時からノリノリだったから純粋に楽しんでいたと思う
でもいきなりのビームはやめてほしいなって。いつの間にか出来るようになっていて俺は大層驚いたよ。ヤマタノオロチさんとの修行で修得したらしいけど何をしていたんだろう?
…それにしても、ヒーローかぁ…
「…あの子は、元気にしてるかなぁ?」
「…あの子?」
あっ、口から漏れていたか。そしてキングコブラさんの眼が鋭くなった。これはきっと俺が別の女の子を思い浮かべていると勘違いしているに違いない。これは早急に誤解を解かなければ!
「キングコブラさんは覚えてないと思うけど、不思議なことがあったんだよ」
「不思議なことだと?」
そう、とっても不思議なこと。それは、平行世界から来た
その子との出会いや、遊園地での社会科見学、ヒーローショーの活躍を彼女に話していく。やっぱり彼女の記憶からあの子のことはすっぽり抜けていて、オイナリサマだけが乱入して、俺だけのキックでキュウビ姉さんを倒したことになっていた
「にわかには信じがたいが…お前も元々は異世界から帰ってきたんだったな」
「あり得ない、なんてことはあり得ないってことだね」
もしかしたら今後もあり得る話。次元の隙間がいつまた開くか分からないからね。何もないのが一番だけど
「しかし…二人きりの遊園地廻り、私は三人目というわけか…」
待って変なこと言わないで?落ち込んだような声で言わないで?その子とはデートって訳じゃないんだしさ?それに三人目って響きなんかやだ…
…三人目?
「その顔…まさか、他にもいるのか?」
「あっ、いや、その…」
待ってそんな怖い眼で見ないで?確かにもう一人いたけど、あの子とのはデートとは言えない感じがする内容でしてだからノーカンってことにしてほしいんd
「その話も聞かせてもらおうか?」
「…はい」
という訳で、平行世界の
「…お前もそいつも、滅茶苦茶な奴だな…」
案の定というかなんというか、げんなりした様子でいるキングコブラさん。彼女の心境は今一体どうなっているのだろうか?今の僕には理解できない
という訳で、その気分を晴らしてやるぜ!
「キングコブラさん、ちょっと失礼」ブゥンッ!
「ん?うわっ!?」
野生解放をして彼女を抱き空を飛ぶ。当然お姫様抱っこだ。突然のことで混乱してるのか、地上と俺を交互に何回も見ている。可愛い
目的である乗り物に飛んで行き、上空にあるそれの扉をヘビの尻尾で器用に開ける。最近扱いが上手くなってきたと自画自賛しておこう。あとすんなり開いてくれてよかった
「よっ…と。よし、いけr…どうしたの?」
「いきなり過ぎるんだお前は!」
「でもこれするの君が初めてだから許して?」
「むっ……いや誤魔化されんぞ!?それに大丈夫なのか!?落ちたりしないだろうな!?」
彼女が心配するのも無理もない。俺達が入ったのは、観覧車のゴンドラで一番上に止まっているもの。地上からどれくらいあるかは分からないけどとにかく高い
揺れは殆どないけど、やはりこの高さ、慣れてない彼女が怖がるのは当たり前だ。だから俺は、彼女の隣に座って肩を抱き寄せる
「俺が隣にいる。俺が絶対に守る。だから、大丈夫だよ」
いつか言った言葉は、あの時だけじゃない。今もこの先も、ずっとずっとだ
「…こういう事は、先ず説明してからしろ、バカ…」
そんな事を言いながらも、俺の肩に頭を乗せて、更に密着してくるキングコブラさん。彼女の震えは止まっていたけど、もう少しだけ、俺達はこのままでいた
窓ガラス越しから見える景色を眺めながら会話をする。遊園地全域を見渡した彼女は、子供のような瞳をしていた。カフェから見える景色も絶景だけど、ここからのもまた違った良さがあるからね
そこから少し経ち、一度会話が終わる。数分経って、先に口を開いたのは彼女だった
「…静かだな」
「…そうだね」
他に誰もいない遊園地。俺達だけのこの空間。聞き耳を立てる人も、ぽてぽて歩く子も、邪魔をする物体も、なにもかもがここにはない
太陽が傾いてきて、夕日が俺達を照らす
ふと横を見ると、彼女もこちらを向いていた
朝の続きを、待っているように思えた
だから俺は静かに、彼女に口づけをした
*
「そろそろ夜になるが、これからどうするんだ?」
「管理室があるから今日はそこで寝よう。こっちだよ」
前にも使った施設に向かう。ここも相変わらず綺麗に整理されている。ここは職員の寮を兼ねている…っていうのは前に話したね
寮を兼ねているってことは、食堂もあるということ。とはいってもここに材料はなかったので、今日の晩御飯はいつものジャパリまん。おいしい!
食堂から出て、次は寝室を目指す。ここには客室のように広い部屋と、職員用の個室があるのは知っている。前にぺぱぷ達と泊まった時は客室を使い、布団を並べて皆で寝たのは鮮明に覚えている
ということをカフェで彼女に話していたので、『一緒の部屋で寝るぞ』とかなり強めに言われてしまった。尻尾をぐるぐるに巻き付けて少し締め付けながら言ってきたもんだから断れなかった
個室を使うことにして、次はお風呂場へ。雪山の旅館ほどじゃないけど、職員が多かった影響か脱衣所も浴槽も中々広い。当然と言うべきかお湯は張られていないけど、幸いシャワーは使えるみたいだ
「コウ、これはなんだ?」
「これは…パジャマだね」
彼女が見つけたのは、上下が無地で白色のパジャマ。上着は前をボタンで閉めるタイプのやつだ
「職員が寝る時に使っていたんだと思うよ」
「これも服なのか。面白い、着てみよう」
意外と興味津々である。ボタンの付け方は…大丈夫そうだね
「じゃあお先にどうぞ?俺は部屋にいるから」
「…なぁ」
「うん?」
「一緒に浴びるか?」
「へっ!?いや、それは…」
「…冗談だ。また後でな」
彼女が脱衣所の奥に向かったので、急いでここから離れて寝室に戻る。昔の遊園地のパンフレットを広げて雑に読みながら待つ
まさか、あんなことを言うなんて…。しかも冗談を言っているような顔じゃなかった気がした…
…考えすぎ、かな
*
「待たせたな」
「そうでもない……よ……」
十分くらい経って、キングコブラさんが戻ってきた
彼女はパジャマを着ていた。それは半袖半ズボンで、首元が結構開いているやつだった。他のフレンズと比べて露出が少ない彼女の、いつも隠れている部分を存分にさらけ出していた。フードもつけていないので綺麗な髪も目立つ
更に、熱いお湯を浴びていた影響からか、肌はほんのり赤く染まっている。少し濡れた髪と相まって、彼女の色気をより引き出していた
正直、目のやり場にとても困る
「…どうした?」
「あっ、うん、行ってくるよ」
急いで部屋から出て、早足で脱衣所へ向かう。駄目だ、心がさっきから落ち着かない
今日は、もう寝た方がいいかもしれない…
*
カラスの行水…とまではいかないけど、サッと浴びてサッとパジャマを着てサッと部屋に戻ってきた。さぁ、あとはもう寝るだけだ
「じゃあ、俺はソファで寝るから」
ベッドで寝る権利は彼女にあげて、俺はソファで寝ることにした。別の部屋から拝借した毛布を被り眼を瞑る。寝心地はそこまで良くはないけどまぁ大丈夫だろう。布団は敷くの面倒だからやめた
「…コウ?」
「…どうしたの?」
「…こっちで、寝ないのか…?」
「ゑ?」
そっちで寝る…つまり、『一緒に寝ないのか?』と言っている…と捉えていいよね?気にしすぎ…じゃないよねこれ。でもそのベッドは狭いから、並んで寝ると二人の間に隙間なんてなくなってしまうし…
「…狭くて寝づらくなるでしょ?だかr」
「私は気にしない。お前はどうなんだ?」
「…俺は…」
気にしない…というか、なんというか。狭いのは気にしないしむしろ落ち着く。気にしているのは別の所…あんな格好でいる彼女の隣で寝られる訳がないし…
「…もう少しだけ、隣で話をしないか?」
答えに迷っていると、少し寂しそうに呟く彼女の声と、ゴソッ…と動く音がした。起き上がって、こっちを見ているのが分かった
そんなことをされたら、無視なんてできない…
俺も起き上がって、彼女のいるベッドの元へ。座った時になったギシッと軋む音が、何故か俺の鼓動を速めた。態々手を伸ばさなくても触れられる距離に座ったのは、無意識だったのか狙ったのか自分でも分からない
話をすると彼女は言った。実を言うと、俺も話さなきゃいけないことはある。でも先に話をしたそうにしていたから、俺は彼女の言葉を待った
「…私は、お前に謝らなければならないことがある」
出てきた言葉は、よく分からないものだった
「…なにを謝るの?」
謝ってもらうことなんて覚えがない。俺が謝ることはあるけど…
「…お前の過去に、何があったか聞いたんだ。それも、お前の口から…」
…そういう、ことか
俺の向こうの世界での過去を話したのは、このパークだとキュウビ姉さん唯一人。恋人である彼女にも話したことはない。オイナリサマ辺りが何かして、皆で聞いていたってところか
「盗み聞きしたんだ。いけないことだと分かっていたのに、気になってしまった。すまなかった…」
「そんなこと気にしなくていいよ。いつか話さなきゃいけないと思っていたから。ありがとう、知ってて一緒にいてくれたんだね」
俺がどんな人間なのか知った上で、彼女はいつも一緒にいてくれた。俺を心配してくれていた
俺を、好きになってくれたんだ
今日の遊園地デートも、何か思うところがあったのかもしれない。余計な気をつかわせてしまった。申し訳なさそうな顔をさせてしまうのが本当に申し訳なかった
「確かにあの思い出は、俺にとって忌々しいもの。だけど、皆が、君が、それを忘れさせてくれる。今日は本当に楽しかったよ。だからそんな顔しないで笑って?ね?」
俯く彼女の頭をゆっくり撫でる。暫く続けていると、段々元の顔に戻ってきた。名残惜しいけど一旦中断して、今度は俺が話を切り出す
「…俺こそ、謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「…謝られることなんてないぞ?」
「あるんだよ。とても大切なことを、ずっと隠していたんだから」
俺の過去も。今俺に起こっていることも。俺はずっと言わなかった。彼女の優しさに甘えていたんだ
きっと、彼女は姉さんから聞いている。だけど、どこまで聞いているのかは分からない。だから、俺の口から言わないと意味がない
例えそれで、拒絶されたとしてもだ
「…俺、ヒトとして生まれたけど、その時から既に特殊なサンドスターは体の内にあってさ」
ポツポツと、話していく
「今は知っての通り、それが覚醒して、あの人達の力を取り込んで、俺はほぼフレンズとなった。野生解放をすればこんな風にもなるね」
解放をして真の姿になる。彼女がこれに驚くことはない
「取り込んだ力は、本来存在するはずのない
いるはずのない獣達を混ぜた幻想獣…それが俺、『キメラのフレンズ』。これも彼女は知っている
「…そんな特殊な状態だから、ラッキーさんのスキャンと、オイナリサマの術で、精密に検査をしたんだ。…それで分かったのは、俺の体は、
「ほぼ…?違うところがあるということか?」
「…俺は、これからとても長い時間を生きる。次の世代に繋ぐという選択肢をとらなくてもいいくらいの長い時間を。…彼女達と違うのは、繋ぐ力がなくなったこと。その機能が停止してるみたいなんだ」
「…まさか…それは…」
頷くと、彼女は驚愕の表情に変わる。前者のことは聞いてなかったみたいだけど察したようだ。俺の身に何が起こっているのかを
「──ごめんね、キングコブラさん。俺は、子供が作れない。君とは、一緒に逝けない…」
どれを受け継がせたらいいのか分からないのか、俺のような存在は他にいらないという意思表示なのか、はたまた俺のような存在の力を受け継いではいけないということなのか。いずれにせよ、俺の体は子孫を残すということを否定した
そして俺は、これから彼女達の何倍もの時間を生きることになるのだろう。そうなれば、これから何世代、俺は見送ることになるのだろうか
そんなことになっているくらい、俺の存在は曖昧で、奇妙で、歪なんだ
「…そうか。ありがとう、教えてくれて」
返ってきた言葉は、ただただ自然なもので。返ってきた声は、とても優しくて
「…キュウビ姉さんは、『行為をしても子供は出来ないでしょう』って言ってた。自分の体で矛盾が起きてるんだ。全く、歪な存在になっちゃったもんだよ。気持ち悪いよね?」
本当、自分が嫌になる。ヒトの、生き物としてのそういう欲だけ中途半端に残っているなんてさ。いっそのこと、全部無くなってた方がよかったのかもしれない
「そんなことはない」
そんな考えも、彼女は簡単に壊す
「子供が出来ない?そんなことを気にする必要はない。あの日言ったはずだぞ?絶対なんてことはあり得ないし、その分二人だけの時間を満喫しできるじゃないか…とな。それに、生きている間、ずっと一緒にいられるのは変わらないじゃないか」
語りかけ、震える手を包んでくれる。その暖かさは、いつも俺を支えてくれているもの
「お前はヒトで言うとまだまだ若いのだろう?私だって、フレンズとして生まれてまだ若い。それに恋仲になって日が浅いんだ、子供なんてまだ考えなくてもいい。そうだろ?」
「それは…」
実際にその通りで、俺も世間からしたらまだまだ子供で、彼女も世代交代をしてからそこまで時間は経っていないはずだ
確かに、今はまだ考えなくていい。だけど、いつの日か欲しくなる時が来るかもしれない。そうなったとき、俺にはどうすることも…
「それに…安心した」
「安心…?」
「ああ。お前は、私をちゃんとそういう対象として見てくれていたと分かったからな。そう見ていたのは私だけではなかったから。私にはやはり、そんな風に思えるほど、魅力がないのかと思っていたから…」
恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな顔をした彼女を見てハッとした。ずっと不安にさせていたんだ。何かしら理由をつけて、逃げていた自分が情けなくなる
キスや軽いスキンシップはしてきた。でも、それだけは越えちゃいけないと思ってた。俺みたいなやつが、それ以上踏み込んではいけないと思っていた
でもそれは、自分が傷つきたくないからってだけだった。彼女のことを考えていなかったんだ
彼女は、とっくに俺を受け入れてくれていたのに
「私は、お前をもっと知りたい。もっとお前に触れたい。好きな相手にそう思うのは、当たり前のことではないのか?教えてくれ、お前はどうなんだ?」
鼻が触れてしまうくらいに距離が近づく。この距離は、きっと心の距離も表している
俺は、おでこを彼女にくっ付けて
「俺も、同じだよ。好きだから。大好きだから。君をもっと知りたい。もっと触れたい… 」
偽りない答えを、囁くように言葉にする
「…本当に、俺でいいの?」
「お前だからいいんだ」
「…後悔しない?」
「するはずないだろ?」
分かりきっている答えを聴きたくて、当たり前のことを聞く。返事は当然、望んでいたもので
「そのオオカミの耳も、牙も、尻尾も。キツネの耳も尻尾も。ヘビの尻尾もフードも。カラスの翼も、コウモリの翼も。ヒトとしての全ても…。全部お前なんだ。全部好きなんだ。だから歪なんて言うな。一人で抱え込まなくていいんだ」
俺の首に腕を回し、触れる程度の口づけをして
「──私が、全部受け止めてやるから」
それは、俺の心を押すには十分だった
彼女を押し倒し、唇を奪う。いつもよりも深く、長く、貪るように。今までの分を取り戻すかのように
舌を絡ませ、指を絡ませ、尾を絡ませ
何度も何度も、想いを伝えて。言葉にして
肌を重ねて、心を重ねて、全てをさらけ出して
俺達はこの日、一線を越えた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます