第99話 秘めていた想い


『演目──「七夕 織姫と彦星」の始まり始まり~』



マーゲイさんの開始の言葉で、ステージに綺麗な天の川の映像が映される。観客の驚嘆した声が聞こえた


そこに俺が出ていくと、映像も切り替わり、小さな小屋と一匹の牛が映される。それに合わせて、マーゲイさんのナレーションが始まる


『昔々、遠い遠いお空の向こうのあるところに、 “ 彦星 ” という若い男がおりました。その人はとても働き者で、一匹の老牛と暮らしておりました』


彦星。俺の役で、この物語の主人公の一人だ


畑を耕したり、牛の世話をしたり、休憩や汗を拭う動作をして、とにかく働いているよっていう演技をしていく。客席からは『頑張ってるね』『立派な奴だ』『強そうな腕だなぁ!』と聞こえたので好評ではあるらしい


因みに物語は少しアレンジをしてある。オオカミさんとマーゲイさんのアイディアが入ってるってことだね


ある程度それをすると映像が切り替わる。今度は立派なお屋敷で、俺は一旦ステージ端へ避ける。すると、反対側からまた誰かが出てくる


『そして、また別のどこかには、 “ 織姫 ” というとても綺麗で!美しくて!可愛い女の子がおりました!』グヘヘヘ


織姫。この物語の主人公の一人。元々はジャイアント先輩がやる予定だったけど、今は違うフレンズがその役をしている。紹介の仕方が俺の時と全然違うのは…まぁいいか


『織姫は、それはそれは美しいはたを織っていました。神様はそんな娘が自慢でしたが、おしゃれもせず働き続ける様子を不憫に思い、娘に見合う婿ツガイを探すことにしました。そんな時、彦星に出会い、彼を織姫のツガイの相手に決めたのです』


織姫が映像の神様と軽いやり取りをして、また映像が小屋のものに変わる。それを合図に、俺はまたステージの中央へ戻り、織姫役の子と向き合う


スポットライトが俺達を照らす。影が失くなり、相手の顔がよく見えるようになる。その顔を見て、俺は驚きが隠せなかった



だってその人は、俺もよく知っている人だったから




(──ジェーン…さん…!?)




『お互いに一目惚れした二人の心の距離は直ぐに縮まりそして!天の川の見える場所で!愛を囁くのでした!』ウヘヘヘ!


動揺している俺のことなんてお構いなしに、パッ!と背景が再び綺麗な天の川へと変わり、俺達二人を更に引き立たせる。間近で見た彼女は、本物のお姫様みたいに綺麗だった



「…織姫。君に、話、がある」



その姿に更に動揺してしまって、台詞がたどたどしくなってしまう。それでも彼女は微笑んで、俺の次の台詞を待っている


この後彦星おれは、『僕は、貴女のことが好きです』という台詞を言う。それに織姫ジェーンさんが『私も好きです』と返す。それが、本来の流れだ



だけど、俺の口から、一向にその言葉が出てこない



例え演技だろうとも、それを言ってはいけないと、何かがブレーキをかけていた。言ったらもう戻れなくなると、警告をするかのように。前に進もうとする俺の手を、心を、後ろから誰かが掴んで離さない


なんでそんな感覚が出てくるんだ?練習では先輩相手に散々言っていたじゃないか。それを、この場でも言えばいいだけのことなのに…


…彼女が相手だからこそ、言ってはいけない…?



──目を閉じた時、始めに思い浮かぶのは?



その言葉を、別に意識した訳じゃなかった。ただ無意識に、その場でゆっくりと瞳を閉じた。心の中にいるその子を確認するために、俺の手を引っ張る方へ振り向いた


そこにいたのは、一人の女の子。その子が、発した言葉は──




『コウ、私はここにいるぞ。お前が望むなら、ずっとそばにいてやる』




──ああ、そうか。そうだったんだ


風邪を引いたあの日、手を握ってくれたのは。あの時、置いていかれそうになったのが嫌だったのは。雪山ですれ違いを起こした時、あんなに落ち込んだ理由は


今、俺の心の中にいるのは。微笑んでくれるのは


俺が、探していた答えは…



「…織姫。僕は…



同じ様なニュアンスだから、あまり意味はないのかもしれない。だけど、俺はあの言葉を好きだと言わなかった



「…………。…嬉しい。私も、一緒にいたい…」



そんな俺のアドリブを、彼女は戸惑いながらも返してくれた


その表情は、どこか寂しそうで、予想していた様だった



『…そ、そして二人は、運命の出会いを果たし、毎日を仲睦まじく過ごしていました』


ステージを駆け巡る。映像がコロコロと切り替わる。それに合わせて、何とか続きを演じていく。ナレーションが進み、時間が進み、劇は進み…



『…こうして、一年に一度、毎年7月7日の夜に、織姫と彦星は会うようになりましたとさ』



舞台を、無事に終えることが出来た




*




演劇が終わり、裏で着替える。外から聴こえるフレンズの話し声から察するに、どうやら中々良い評価をもらえそうだ


正直な話、アドリブ満載だったので不安だった。役も台詞もナレーションもよくグダグダにならなかったと自分達を褒めたいし、演劇の感想等も皆と話したい


だけど、今の俺にはやることがある


着替えを終えて急いであの子の元に向かおうと扉を開けると、そこには浴衣ではなく、普段着のジェーンさんがいた。勢いよく開いた扉に少しビックリした様子だったけど、すぐにいつも通りの表情に…



「コウさん、申し訳ないのですが、少しお時間を頂いてもいいですか?お話したいことがあるんです」



…いつも通り、というわけじゃなかった。何かを決意したような表情をしていた。そんな彼女のお願いを、俺は断ることなんて出来ない


「いいよ、どうしたの?」


「その…ここでは言いにくいので、少しお散歩しませんか?星も綺麗ですし」


彼女の提案に、俺は首を縦に振る。皆にバレないように抜け出し、俺達はゆっくりとステージを後にした




*




図書館を離れ、ステージを離れ少し歩いたこの場所は、木々が少なく満天の星空がよく見える。ここにいるのは俺達二人だけ。向こうからは、未だに賑わっている声が聞こえる


「ごめんなさい、急にこんな所まで」


「別に構わないよ。それで、話って?」


「…少し、思い出話をしてもいいですか?」


「思い出話?」


「そうです。思い出話」


夜空を見上げ、『ふぅ…』と一息ついたジェーンさんは、微笑みながら話し始めた


「最初に出会った日を覚えてますか?」


「覚えているよ。俺にとっても、衝撃的なスタートだったからね」


俺が初めてパークに来た日…帰って来た日。セルリアンに驚いて、襲われている彼女達に驚いて…というか全部に驚いてた


「その時、貴方は言いましたね、『通りすがりのフレンズだ。忘れていいよ』…って」


「うっ…よく覚えてるじゃないか…」


今思い出すと凄く恥ずかしいな…。フードにマント、男の声に変身トランス・ダーク時の戦闘…強く印象に残るもの満載だ


「覚えてるに決まってるじゃないですか。だって──あの日から、私の心に、貴方が居座ったんですから」


空気が、少し変わった気がした


「その後、私達はカフェに行ったんです。でも、貴方のことが気になって仕方ありませんでした。おかげで、紅茶はあまり味わえなかったしフルルさんにもからかわれてしまいました」


少し歩きながら、こちらに背中を向けながら、彼女は続きを話していく


「そんな気持ちを抱えながら、私は毎日を過ごしていました。…そしてあの日、貴方と遊園地で再会したんです」


「…そうだったね」


今でもハッキリと思い出せる。真っ先に君は、俺のことに気づいていたね。あの時出会った人だって


「遊園地を廻って、セルリアンに襲われて、私は助けられて、一緒に寝泊まりして…。私のせいで危険な目にあっても、貴方は笑ってくれていましたね」


「君のせいじゃないよ。むしろ、俺のせいであんな目にあわせちゃったんだ。あの時は、本当にごめんね」


「フフッ…相変わらずですね。なら、これはお互い様ですね。…でも私は楽しかった。可愛い髪飾りもプレゼントしてもらっちゃいましたし」


遊園地デート、仮面セルリアンとの戦い、資料探し…。どったんばったん大騒ぎだったけど、俺も楽しかった。あの時あげた髪飾りを、彼女はいつも身に付けていた


「それからもたくさんのことがありましたね?」


「そうだね。…本当に、色々あった」


山での決戦後も、ライブも、こうざんのデートも、雪山の旅館でも、そこからの何気ない日常も。楽しい思い出を、たくさん作ったね



「それら全てが、毎日が輝いていたんです。挨拶をするだけで元気が出て、手を繋ぐと胸がドキドキして、隣にいれるだけで楽しくて、貴方が微笑みかけてくれるのが凄く嬉しくて…。大袈裟と思うかも知れませんが、それ程までに、貴方は私にとって大きな存在になっていたんです」



背中を向けていた彼女がこちらを向く。顔は赤く染まっていた



「…もう、分かってますよね?」



…ああ、分かってるよ。君の想いも、君の覚悟も…


だけどそんなことは言わない。行動で示すこともない。俺達は、お互いに分かっている。だから俺は、彼女の言葉を静かに待った



「だけど…最後まで言わせてください。私は…ジェンツーペンギンのジェーンは──」



スカートをギュッと握っている。声が震えている。眼に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうだった



それでも、彼女は



「──貴方のことが、好きです」



彼女は、俺のことを好きと言った



「…ありがとう、ジェーンさん。凄く、嬉しい」



その言葉に嘘はない。彼女のような可愛くて優しい女の子が、俺のような人を好きと言ってくれたのだから。俺を、一人の男として見てくれていたから



だけど



「だけど…ごめん。その気持ちは、受け取れない」



心に浮かんだのは、もう一人の女の子。俺は、その子が好きだから。その気持ちを、受け取るわけにはいかない


「…そう、ですか」


それだけ呟くと、彼女の頬を、涙が伝った


「っ…、本当に、ごめん…」


心が締め付けられる。きっと俺は、彼女のことも好きだったんだと思う。ここで好きと言えば、言えれば、どれだけ楽なのだろう。この想いに答えることができたなら、彼女はどれだけ喜んでくれたのだろう


だけど、二人とも愛するなんて、俺には出来ない…


「謝らないでください…。ありがとうございます、ちゃんとフッてくれて。私の想いを、聞いてくれて…」


そう言いながら、彼女は俺を抱き締めた


「ごめんなさい…。でも…少しだけ、このまま…」


「…いいんだ、いいんだよ」


フッた俺が、何かを言える立場じゃないことは分かっている。何かしてあげたいなんて、虫のいい話だってことも分かっている。それでも、何もしないなんて出来なくて


胸の中で震える彼女を、俺はそっと抱き締め返した




*




「…ありがとうございます。わがままを、聞いてくれて…」


暫くして彼女が離れる。眼は少し赤くなっていた


「行って下さい、あの子の元へ。私はもう少ししたら戻りますので」


「分かった、一応気をつけて。…本当に、ありがとう」


「はい。ライブ、二人で見に来てくださいね?」


「…そうなるよう頑張るよ。じゃあ、行ってくる」


まだ告白もしていないし成功するかも分からない。だから、こんな情けない返事しか出来なかった


俺は彼女の元を去り、心の中にいるその子の元へ駆け出した












遂に、私は彼に告白をしました。ずっとしまっておいたこの気持ちを、ずっと秘めていた想いを打ち明けました



──ありがとう、ジェーンさん。凄く、嬉しい



その返答に、私の心は更にうるさく音を鳴らしました。私のことを、女の子として見てくれていたと改めて知れたから


だけど…次に出る言葉は、告白の返事は、もう分かっていました



──だけど…ごめん、その気持ちは、受け取れない



分かって、いたんです。告白する前から。ずっと、前から…


私、薄々気づいていたんですよ?貴方が私に向ける視線と、あの子に向ける視線が、ほんの少しだけ違うってこと。それでも、私は知らないふりをしてきました。だって、最後まで諦めたくなかったから


だけど、今日のお祭りで、分かってしまったんです。貴方の心は、もう完全にあの子に向いてるんだって…



『そう、お願い。それはね──どちらかに、織姫役をやってほしいの。どうかしら?』


キュウビキツネさんに言われたお願い。ジャイアント先輩の変わりに、織姫役を演じること


『…私に、やらせてください』



私は、織姫役を引き受けました。これは、私のわがままでした。最後に、貴方との特別な思い出が欲しかったから。演劇でもいいから、彼から言われたかった…『好き』だって…


でも、貴方は台詞を変えた。言わなかった。演劇なんだから、練習でも言っていたんですから、言ってくれたっていいじゃないですか…なんて


そんな律儀なところも、私は好きでしたよ?


今日は楽しかった。演劇も上手くいった。もう少ししたらミニライブがある。しっかり歌わないと。皆が、もっと楽しくなれるように


「…ジェーン」


声をかけてきたのはコウテイさん。なんでここにいるだとかはこの際いいです。きっと、私が心配で来てくれたんですから


「どこから見てました?」


「その…コウが、断るところから」


「一番見ちゃいけないところじゃないですか」


「…本当に、ごめん」


こんなこと言ってますが、本気で怒っているわけではありません。むしろお礼を言いたいです。来てくれなかったら、私は今頃…


「フラれちゃいました。だけど悔いはないです。キチンと想いを伝えられましたから」


嘘ではありません。しっかりと終わらせることが出来たのですから。だから…


「…なぁ、ジェーン」



コウテイさんが、私を抱き締めました



「私は恋なんてしたことないから上手く言えないけど…それでも、今お前が辛いのは分かる。だから、無理しなくていいんだ。ここで全部吐き出しちゃいなよ?ここには、私とお前しかいないから。私が、全部受け止めてあげるからさ?」



なんで、そんなこと言うんですか。そんなこと言われたら…



我慢、出来るわけないじゃないですか…



「…好きだった…!本当にっ、本気でっ!好きだったんです…!ずっと…ずっと一緒に…隣に居たかった!もっと、もっともっとしたいことがたくさんあった!私だけを、ずっと見ていて欲しかったんです…!うぅ…うわあぁぁぁぁぁぁ!」



私の顔は、また涙でぐちゃぐちゃになって。私の心は、色々な想いでいっぱいで。今度は、声を抑えることなんて出来なくて…



それでも、コウテイさんは、泣き止むまで撫で続けてくれました



今日、私の恋は、終わったんだ…

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