第98話 七夕祭り


「はい、これでバッチリね」

「…むぅ…」

「キングコブラさん、どうかしましたか?」

「この姿…変じゃないよな…?」

「大丈夫、二人とも凄く可愛いわ。今のあなた達を見たら、きっとコウは見惚れちゃうわよ?」

「そ、そうか…?///」

「見惚れるなんて…///」

「さっ、演劇まで時間はあるから、存分に楽しんできなさい?」

「ありがとう」

「ありがとうございます!」

「あっ、アピールも忘れずにね?」

「…がんばる」

「…がんばります」


カランコロン…カランコロン…


「…コウ、あなたも頑張りなさいよ?」







「さて、どこから行こうかな?」


背中にあるカラスの翼を器用に畳みながら、コウは入口であるバルーンアーチの前に立ちルートを考えていた。アーチには『ようこそ七夕祭りへ!』と文字が貼られている


見回りといってもそこまで大層なものではない。セルリアン退治は既に完了しており、周りの警備もラッキービーストがしてくれている。屋台ごとに声をかけながら、どんな状況かを確認すればいいだけなのだ


屋台の数もそこまで多くはないため、苦労することはない。しかし彼は複雑な表情をしていた



「…どこでもいいか。一人だし…」



…そう、今彼は折角のお祭りなのに一人なのだ。誘おうとはしたのだが、キュウビキツネに『二人とも用事があるわよ?』と先に言われてしまい、誘うに誘えなくなってしまったのだ


「…取りあえず、近場から行きま──」


「コウ~!」「コウさ~ん!」


「──え?キングコブラさんにジェーンさん?なんでここ…………に…………」


歩き出そうとした時、後ろから聞き慣れた声がしたので振り向くと、こちらに向かってくる二人を視界に捉えた。用事があったんじゃないの?という彼の疑問は、心から直ぐに消し飛んだ。何故なら──



「えっと…どうだ?この服」

「浴衣っていうんですよね。似合ってますか?」



──二人はお祭りには欠かせない服…【浴衣】を着ていたのだ


キングコブラの浴衣は、薄紫色の生地に薔薇の柄があしらっているものを着ていた。帯は無地の濃い紫色で、彼女の気品のある雰囲気をよく出している


ジェーンの浴衣は、水色の生地にアサガオの柄があしらっているものを着ていた。帯は無地の黄色で、彼女の可愛らしさを存分に引き出していた


そして、いつも着けているフードやヘッドフォンはなく、キングコブラはポニーテールを、ジェーンはサイドテールをしていた


「…大丈夫か?」

「…どうかしましたか?」


「…あっ、その…」


目の前の光景に対して思考が追い付いていない。それほどまでに、二人の姿は彼にとって衝撃的だったのである


「…似合ってる…。凄く、可愛い…です…」


何とか絞り出した言葉。顔を赤くし、照れながらたどたどしく返事をするコウ。その反応を見た二人は、キュウビキツネが言った『見惚れる』というワードを思い出し、心の中でガッツポーズをした







「…つまり、サプライズの為に、キュウビ姉さんに口止めを頼んだと?」


「そういうことだ」「無事成功しましたね!」


あーそうですね成功ですよ大成功。キュウビ姉さん貴女には感謝してるけど後で覚えてろよ…。感謝してるけど


恋を自覚するとここまで見ているものが違くなるの?さっきから俺の心臓はドキドキでいっぱいですよ。見惚れてしまうのも仕方ないと思うんだ。だって見てよこの二人


浴衣…ゆかたですよ!?ザ・和服!そして髪型ポニーテールにサイドテール!普段しないから破壊力抜群!綺麗さと可愛いさが更に増してる!そして下駄だから素足!確実に俺を殺しに来ているわこれ!誰か助けて!


「いらっしゃい。あら?二人とも、凄く可愛いけがわね?」


「ありがとう」「ありがとうございます!」


あっ、いつの間にか最初の屋台に来てたみたいだ。助かった、これで少しは心が落ち着く…はず。自信ないけど…


「やぁサーベルタイガーさん。屋台はどう?」


「おかげで順調よ。タヌキが手伝ってくれてるし、これも好評だしね」


お店の奥を覗くと、材料を手にしながらこちらにお辞儀をするタヌキさんが見えた。二人はいつの間にかとても仲良くなっていたようだ


「そっか。なら早速一つもらってもいい?」


『勿論』と言って、彼女が作りだしたのは焼きそば。ソースの匂いが食欲をそそる。包丁捌きも見事なもので、教えた側としては誇らしい限りだ


「はいどうぞ。一つで良かったの?」


「ありがとう。この後全部廻るからね。一応抑えておこうかと」


「成る程。…お箸も一つ?」


「それは三つ」←即答+食い気味


「そ、そう…。色々頑張ってね?」


頑張るけどそれ言わなくていいっすよ姉御



*



全ての屋台の隣は、数名座れるベンチがいくつか設置してある。そこで三人で一人分の焼きそばを紙皿に分けて食べて、ゴミをラッキーさんに渡す。今日もお疲れ様です、回収頑張って下さい


「人が多いから気をつけてね?」

「ああ、分かっている」

「ぶつかったら危ないですもんね」


屋台は予想以上に賑わっていて、沢山のフレンズが集まっている。浴衣姿の二人は目立つからか、他のフレンズによく声をかけられている。立ち止まって話をしてくれるのではぐれる心配はしていない


けど今日履いているのは下駄だ。慣れていないからか二人とも歩き方がぎこちない。咄嗟の対応が出来るように、ゆっくりと歩き屋台を廻る俺達。挨拶をしては次へ次へと進んでいく


ヒグマさん達はジャパリカレーまんを、アルパカさんはトキさん達とチョコバナナを出していた。これらは一口サイズで出されていたから人数分注文した。どちらも美味しかったです


スカイインパルスとダイバーズがポップコーンを、オオカミさん達がわたあめを出していた。こちらは量が多かったけど簡単にシェアできるので一つだけ。機械の誤差動も特にないようだ


店主全員が『その注文の仕方でいいのかい?』とでも言いたげな眼をしていたので、『余計なこと言うなよ?』という眼を向けておいた


箸を分けたのも、その…か、間接、キス…を避けたからだ。した方が、俺の心がどちらに向いているのかの答えに大きく近づくのは確かだとは思う。だけど…その…ね?なんか駄目な気がするんですよ…


「次はここですね。すみませーん!」


「あらいらっしゃい?」「…いらっしゃい」


ここの店主はギンギツネさんとキタキツネさん。テキパキと動いている前者に対し、後者はいつも通り気だるそうだ


「見回りお疲れ様。ここに来たってことは全部廻ったの?」


「いやまだですね。でも問題ないですよ、甘いものはもう食べたので」


「相変わらずね…」


なんで少しひいてるんですか?美味しいものは美味しいから別にいいんです。だからこれを食べた後に他のを食べても美味しいんです。多分


「それで、味はどうするの?」

「私はこの『メロン』がいいな」

「私は『ブルーハワイ』というのが気になります」

「「あっ…」」


おっと、見事に分かれてしまった。これは一人分の量が多く種類も豊富だ。どちらかだけというのは少し勿体ない。ということで…


「ギンギツネさん、一人分の量を減らして、『メロン』『ブルーハワイ』『イチゴ』味を下さい」


「了解」


「ちゃっかり自分の好きな味を注文したね」


「そこはスルーしてよ…」


キタキツネさんが一言余計に付け加えたけど、これで全員の要望が通りつつ、胃袋の負担が減る。ギンギツネさんが機械に氷をセットすると、ガリガリと削られカップに積もっていく。そこにシロップをかければ…


「はいお待たせ、『かき氷』三人分。ゆっくり食べるのよ?」


お祭りの定番デザート、かき氷の完成だ


シロップは綺麗な青、緑、赤。俺にとっては凄く馴染み深い色。そういえば姉さん達も自分の色が好みだったっけ…


「冷たくて上手いな」ガツガツ

「ひんやりしてて美味しいです」パクパク


「あっ、そんなに勢いよく食べたら…」


「「~~~っ!?!?!?」」キーン…


言わんこっちゃない…。ギンギツネさんも言ったでしょ?ゆっくり食べなさいって。あーもう二人して頭抑えてぐらついてるよ。危ないからベンチに移動しないと…



ドンッ!



「むっ!?」

「なっ!?」

「きゃっ!?」

「へっ!?」



ポフンッ…



「「あっ…」」


…今、ジェーンさんは俺に抱きつくような姿勢でいる。キングコブラさんが誰かにぶつかり、彼女がジェーンさんにぶつかり、そのまま俺の胸に倒れこんできた


彼女が上を向き、俺と見つめ合う形となる。綺麗な瞳、少し汗ばんだおでこ、赤くなっている頬、小さく開いた口の先に見えた、ブルーハワイによって染められた舌、かき氷によって潤った唇…。どれもこれも魅力的に見えてしまう…


鼓動の音が周りに聴こえてしまうんじゃないかってくらい鳴っている。今までも顔が近い時、くっついている時はあった。だけど、ここまで高鳴ったことはない…


これが恋だと言うのなら…俺が好きなのは、ジェーンさんなのか…?


「すまない、大丈夫か?」


「いや、こちらこそすまなかった。二人は平気か?」


「「はいっ!?だ、大丈夫ですっ!///」」


俺とジェーンさんは同時に離れた。キングコブラさんにぶつかったのはバリーさんだった。軽い挨拶と謝罪をすると、彼女は屋台巡りに戻った


でも俺の心は元に戻っていない。顔が、体がまだ熱い…。かき氷を食べて冷やさなきゃ…!


バクバクムシャムシャ!


「あっ!そんなに急ぐと…!」


「~~~っ!?」キーン…!


「プッ!アハハ!もう、何やってるんですか~!」


「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないか!」


同じことをしてしまい、ジェーンさんに大笑いをされてしまった。別の意味で顔が熱くなる…


「…」


「…キングコブラ?どうかしたの?」


「いや…なんでもない。コウ、次に行かないか?」


「…? うん、行こうか」


彼女は振り向いて歩き出そうとする。なんか暗い顔をしたような…気のせい…なのかな…?


「またね」

「ええ、また」

「イベント発生して良かったね、コウ」


キタキツネさんがこっち見ながらニヤニヤして呟いた。イベントとか言うな、これはドキけもじゃないぞ。あと二人の前でそういうこと言わないの


…良かったねという言葉は、否定、しない




*




「いらっしゃい、待っていましたわ」「…よう」


「こんばんは、早速…3つかな、もらっていい?」


「少々お待ちくださいませ」


所変わってここはチーム噛んじゃうぞの屋台。受付にコモモさん、お店の奥にはツチノコさん。急に飛び出してくるお客さんはいないのか、ツチノコさんが奇声をあげたという報告はない


「はい、『りんご飴』。とても甘いですわよ?」


割り箸に刺さったそれを口元に持ってくると、言われた通り甘ったるくて美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。コモモさんも一週間でよくここまで腕を上げたもんだ


「いつも食べてるものとは全然違いますね~!」


ジェーンさんはカリッカリッと良い音を出しながら食べ進めている。ベタベタにならないように気を付けてね


「そういえば、ジェーンに聞きたいことがあったんですの」


「私にですか?」


コモモさんが珍しく質問をしている。聞こえる二人の話の内容は、みずべ周りの環境についてだ。毒キノコがどうの海藻がどうのと結構マニアックな感じで、少し長くなりそうだ


俺の隣に座っていた彼女は、俺に背を向けて座り直した。邪魔しちゃいけないので、俺も座り直して、隣で先程から静かなキングコブラさんを見てようかな。別に変な眼で見るわけではないよ?


「…」ペロペロ


無言で飴の部分を少しずつなめてる…。表情がやっぱり暗い。さっきのは気のせいじゃなかったみたいだ


「…キングコブラさんは齧らないの?」


「…少し齧ったぞ、ほら」


話しかけると元に戻る。何が原因なのか全然分からない…


彼女が持っていたリンゴには、確かに小さく齧られた跡があった。少しえぐれている所があるのは彼女の鋭い歯が当たった所だろうか?


そういえば毒を出す牙ってどうなってるんだろ?動物の頃と同じようにあるのか、その綺麗な歯で注入できるのか…気になる…


「…もういいか?」


「あっ、ごめん…」


視線を反らし、またりんご飴をなめ始めた…と思ったら直ぐに食べ終えた。じーっと見すぎちゃったかもしれない。あとなんか冷たい気が…考えすぎかな…?


「えっ!?それは本当なのですか!?」

「ちょっ、落ち着いて…!」



ドンッ!



「うわっ!?」

「んっ?」


やばっ…倒れ──!?



ガタンッ!ドサッ…



「「……。~~~~っ!?///」」



ババッ!



「ごごごごめん!本当にごめん!」


「い、いや、気に、するな…」


いや気にするなって無理な話…。だって非常にイケナイ姿勢だったもの…


後ろで何かあったのか、ジェーンさんが俺にぶつかった。不意打ちをくらった俺は前のめりになり…あの…その…


彼女を、押し倒してしまった…


彼女の顔が今までにないくらい近くて、大きく見開いた彼女の瞳に吸い込まれそうで、甘い匂いが鼻をくすぐって、吐息が口に当たって…


頭を下げれば、唇が触れてしまう距離だった


「すみませんコウさん!大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫大丈夫!ちょっとビックリしただけだから!」


「そ、そうですか?なら良かったですが…」


ジェーンさんには見られてなかったみたい。見られたら大事件だった。一瞬で良かった…ような、残念なような…そういう考えがいけないんだぞ俺よ…


ドキドキが中々止まってくれない…。落ち着くのにここまで時間がかかったことはない…。心がざわついて仕方ない…


これこそ恋心…?俺は、キングコブラさんのことが好きなのか…?


「ではそろそろ次に行きますか?」


「そ、そうだね、行こう。キングコブラさんもそれでいい?」


「あ、ああ…」


また顔を反らし、俺達の前をスタスタと歩く彼女。さっきよりも早足で、置いていかれそうになってしまう


何か…それは、凄く嫌だ


「…」

「…ジェーンさん?どうかした?」

「あっ、いえ…何でもないです。コモモさん、また後で」

「ええ、またお話しましょうね?」


…こっちも悲しそうな顔をしたような…。二人ともどうしたんだろう…?


…人のこと、言えたもんじゃないか…




*




さて、場所がまた変わってここは図書館の中。ここには七夕に欠かせないものがある


「ではこれを渡すのです」

「書き終わったら吊るすのですよ」


博士と助手に短冊をもらい、テーブルに置いてある鉛筆を持つ。願い事を書いたら、入口横にある笹に吊るして完了だ。もう結構な数のフレンズの短冊が吊るしてあって中々カラフルなことになっていた


「お願い事は決まってるの?」

「…まだだな」

「…私もです」

「そ、そう…。まぁ俺もなんだけどね…」


空気が重い…。折角のお祭りなのに俺は失敗してしまったようだ。願い事が直ぐにでも叶うなら、『この空気を逆転させて下さい』か『時間を巻き戻して下さい』にするよ俺は…


「コウ、そろそろ行った方がいいんじゃないの?」


「あっ、キュウビ姉さん…。そう…だね。行ってくるから、二人も良かったら見に来てね?」


「…ああ」「…分かりました」


反応も薄くてもう心が壊れそう…。八方美人…その結果がこれってこと…?だとしたら、どうすればよかったんだ…?



…もし、このまま劇を見に来てくれなかったら



…考えるの、やめとこう







「…さて、なんでそんなに暗い顔をしてるのよ?」

「「…」」

「だんまりか…。あの子のせい?」

「「…っ、ちが…!」」

「ならどうしたの?」

「「それは…その…」」

「…成る程。 …全く、あの子は何してるんだか

「「…?」」

「何でもないわ。で、そんな状態の時に悪いんだけど、お願いがあるの」

「「お願い?」」

「そう、お願い。それはね──」







『間も無く開演しますので、今暫くお待ちくださいませ~!』


マーゲイさんのアナウンスが流れる。ライブの時みたいに多くのフレンズが集まっている。別にそれはいいんだけど…


「オイナリサマから言伝てが来たのよ。先輩は屋台であれこれ食べ過ぎて、体調が悪くなったから来れないって…」


「何してんの!?!?!?」


あんの自由人マジでいい加減にしろよ!もうすぐ本番なのにどうすんの!?


「代役を呼んだから心配はいらないってさ。演技も完璧らしいし」


「そういう問題じゃないんだけど…あぁもういいや…。代役はどこに?」


「向こうで待機してるよ。本番までのお楽しみだね」


お楽しみって…それで本当に大丈夫なのか…?



『お待たせ致しました!それでは開演です!』



…ここまで来たら何言っても仕方ないか。失敗したら、その時はその時だ



『演目──「七夕 織姫と彦星」の始まり始まり~』

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