幻想の梟少年③


「…異常なし…か」


光が止むと同時に、コウは静かに呟いた。当てが外れたのか肩を落としている


(勾玉リンさん守護獣おれの力を組み合わせても変化なしってことは、隙間とか異変とかは関係ないのか…?そうだとしたら、本当にどうやって来たんだ…?)


コウは経験から、この場所に次元の隙間、あるいはそれに近い何かがあると睨みここまで来た。ヒロユキを連れてきたのは、案内をしてもらう他に、それがあればそのまま帰らせることが出来ると思ったからだ


異世界の友達から貰った不思議アイテムと、彼の中にある力を組み合わせ、この辺りの空間に結界を張り、スキャンすることで異物を発見しようとした


しかし、隙間が無いどころか、世界移動をした感覚もなかった。若干の焦りを見せつつも、瞳を瞑り次の案を考えていた


「お兄さん!」


「はいなんでしょう!?」


いきなり大きな声で呼ばれたので顔を向けると、眼をキラキラとさせたヒロユキに見つめられていたのに気づいた


「今のは何ですか!?」


「今の?あぁ光のことね。あれh」


「そっちも気になるけど違うです!一瞬、キツネさんの尻尾と耳が見えたですよ!」


「あー…」


あちゃ~…と言いたげな顔で眼をそらすコウ。見せるつもりなどなかったが見られていたようだ


ヒロユキは好奇心旺盛である


好奇心は時に恐怖や不安をかき消し、一つのことに対して熱中させる効果がある。彼の中にあったさっきまでの不安は、全てそれで上書きされ消えた。それに関しては願ったり叶ったりだが問題はそこではない


正体を明かすのが嫌な訳ではないが、何故か言うのは良くないと彼の何かが訴えていた為、どうにかこうにか誤魔化せないかと考えていた



ピピピピピピッ!



「ん?」


そんな時突如響き渡る機械音。彼はポーチから鳴っているそれをすぐに取り出す。隣にいたヒロユキはびっくりして少し跳ねた。博士のように細くはならないらしい


『おはようございます、コウ。今どこにいますか?』


「おはようございます、オイナリサマ。今h」

「オイナリサマ?」


『…そこに誰かいるのですか?』


「あっ…ええっと…」



*



「…ということなんです。それで、山の方なんですが…」


『フィルターも私の結界も、問題なく機能していますね…』


「そうですか…」


話せることは話し、次に行こうと考えていた山の状況を確認する。特に変わったところはないのは良いことなのだが、今回に限ってはそうとは言いきれない。怪しいものが一つでもあれば動けるのだが、今回は何もないため対応ができないのだ


それを察した二人の間に沈黙が流れる。ヒロユキの心には再び不安が生まれ、コウの心には何もできない自分に対しての怒りが生まれていた


これからどうしたらいいのか、策は何かないのか。お互いに必死に考えていた



『折角だから異世界観光でもすればいいんじゃないかしら?今日はライブもやるから丁度いいしね』



聞こえてきたのは、ヒロユキの知らない、艶やかで大人の女性のような声


「キュウビ姉さん…そんな呑気なこと…」


『今どうしようもできないことは考えても仕方ないのよ。それよりも楽しいことに考えを回した方が何倍も心にいいわよ?それに、時間が経てば何か変わるかもしれないし』


「時間…」


『どうするかはあなた達次第よ?それじゃあね』



ブツッ!



言うだけ言って通信が切れてしまった。向こうでも二人が何かしているのか、折り返しても出ることはなかった


だが、最後にキュウビキツネが言った言葉に、コウは希望を見出だす


「…ヒロユキくん、俺と一緒に、ライブを見に遊園地に行かない?」


「ライブ…ですか?」


「そう。…今できることがないのは本当にごめん。だけど、姉…あの人が言った通り、時間が経てば何か変わるかもしれないから。…どうかな?」


現状で帰る手段がないのは二人とも理解している。だからこその提案



「…正直に言うとまだ不安です。でも、僕はお兄さんを信じると決めました。だから、ライブ見に行きます。それに、少し楽しみです」



だからこその、嘘偽りのない答え。小さな少年の心が、孤独感に打ち勝った証でもあった。それに、いつまでもくよくよしていられない。そんな決心も、コウには伝わっていた


その強さは、コウにとっては頼もしくて、少し羨ましかった


「…ありがとう。なら早速行こう。俺が連れていくよ。飛べるんだろうけど、多分俺が連れてく方が速いと思うから。それでいい?」


「大丈夫です。お願いします」


確認が済んだところで城を出る。コウは軽いストレッチをし、後ろからヒロユキのお腹に手を回し、抱き締めて翼を羽ばたかせ始めた


「一応、しっかり掴まっててよ!」


「はいっ!」


バサッ!と飛び立ち、どんどん加速し一気に地上を離れる。スピードは更に上がり、下に見える景色はあっという間に流れていく


遊園地までの時間は、そこまでかからなそうだ









「…あっ!さっきのことなのですが!」


「クイズ!私は何のフレンズでしょう!?制限時間は今日いっぱい!頑張れ少年!」


「ええー!?」


無理やり誤魔化すコウ。これが大人(?)のズルである



*



「は~い到着!」


「凄いですねお兄さん!本当に速かったです!」


「ふっふ~ん!」ドヤァ…


ヒロユキにとって、猛スピードで飛ぶという経験は殆どなかった。自分ではまだそんなにスピードは出せず、母親や博士に抱えられて飛ぶときは大抵ゆっくりだったからだ


よって、飛んでいる最中も到着した現在も興奮しっぱなしである。尊敬の眼差しを向けられたコウは素直に喜んでいた


「…っと、目的を忘れるところだった。あの二人を探さないと」


「その必要はないわ」


二人の目の前に現れたのはキュウビキツネとオイナリサマ。どうやらスタンバっていたようである


「貴方がヒロユキですね。私は…」


「おはようございます、オイナリサマ」


「…私を知っているのですね?」


「はい、会ったことがありますので」


その昔、父親のクロユキはオイナリサマのお世話になったことがある。その縁もあって、ヒロユキが産まれ、5歳になった時に挨拶に行ったことがあった。その時の記憶をヒロユキは鮮明に覚えていた


「なら、私は会ったことあるかしら?」


膝に手を置き、前屈みになってヒロユキを見ているのは、彼にとって初めて会うフレンズ。その眼はまるで品定めをしているかのようだった


「へぇ…中々可愛い子じゃないの」

「はい事案」

「何もしてないでしょ!?」

「先手を打っておこうかと」

「別に何もしないわよ!」

「いや言い方はギリアウト」

「ですね」

「オイナリまで!?」


三人が言い争っているのを見ながら、ヒロユキは彼女の正体を暴くべく分析をし始めた



(この人は…なんか、オイナリサマとはまた違った凄みがあって、特に尻尾が目立ちます。だって、1、2、3…9本もありますし。しかも凄く綺麗で、何故か緊張してしまいます…。他のフレンズさんにはこんな気持ちにはならないのに…。 でも、そんなけものさん──)



「──キュウビ…もしかして、キュウビキツネですか?」


「あらご名答。そうよ、私はキュウビキツネ」


彼の世界の図書館にも、様々な生き物が書いてある本がある。パークにいる動物は勿論、妖怪、怪獣、UMAなど、獣であれば全て載せる勢いのあった本だ


母親と同じく本を読むのが好きな彼は、当然それも読んでいる。珍しい生き物は特に記憶に残っており、その内の一つが九尾の狐だ


そこに書いてあった伝承と、目の前にいる彼女を照らし合わせ、彼女がキュウビキツネだという結論を出した。『凄いねヒロユキくん!』と褒められた彼は胸を張った


「私達も帰る方法を全力で探します。辛いとは思いますが、せめて今日だけは楽しんでいってください」


「僕は平気です。僕の為に色々考えてくれてありがとうございます」


ペコリ、とお辞儀をして微笑むヒロユキに対し、『何この子健気過ぎない?』と思ったコウとオイナリサマ。特に後者は感動で涙が出そうになるのを目頭を抑えて必死に耐えている


「…年取ったわn」

「(無言のはたき)」パシィンッ!

「いったぁ!?」

「コウ、私は一度山に行ってきます。その間彼を頼みますね?」

「分かりました」

「帰ってきたら覚えてなさいよ…」


フィルターの確認をする為、オイナリサマが一旦遊園地を離れる。ライブまでの時間はまだまだあるため、開始には余裕で間に合うだろう


「さて、まだ時間はあるし遊園地を回ろうかと思うんだけど、何か見たいものはある?」


「全部!」


「ぜ、ぜんぶ?」


「だって、僕の知ってる遊園地と全然違うので気になります!」


ヒロユキの世界とこの世界の時代はかけ離れている。30年くらいの開きがあり、彼はこんなに寂れた遊園地を実際に見たことがない


ここはきっとあの遊園地の過去の姿だ、と感じたヒロユキはワクワクしていた。まるで社会科見学を受けている小学生のようだった


「時間はあるから…よし、全部行こう」

「私は少しやることがあるから、後はよろしくね、コウ?」

「ん、分かった」

「お兄さん!最初はどこに行くですか!?」

「ん~そうだね…。じゃあ最初は…」


二人が並んで出発したのを見送った後、キュウビキツネは反対方向へ歩き出す


少しだけ、口元を緩ませながら




*




それから二時間くらいし、今は仲良く二人でジャパリまんを頬張っている。本当に全部回れた為、ヒロユキはとても満足したような顔をしている


正直楽しめるかな?と不安だったコウだが、『本当にゴンドラが一つないですね…』『これが昔のお化け屋敷なのですね!』というように、ここむこうを比べながら楽しんでいる彼を見て安心した


「次はどうしますか?」


「そうだね。次は──」


「あっ、いました!」

「やっと見つけたぞ」


そこに現れたのは三人のフレンズ。キュウビキツネと、ヒロユキも知っているペンギンとヘビの子だ


「──あっ、おはようジェーンさん、キングコブラさん」


「おはようございます!」

「おはよう」


いつも通りの軽い挨拶を済ませ、ヒロユキのことを軽く説明し、こちらの二人とも挨拶を済ませる。二人は異世界については知っている為、驚きはしたがそこまでリアクションは大きくなかった


「コウさん、そろそろですよ?」


「あれ?もうそんな時間?」


「ああ。は大丈夫なんだろうな?」


「心配しなくても大丈夫だよ。そっちこそどうなの?」


「完璧です!」

「愚問だな?」


三人で顔を合わせ、ニヤリと笑う。それを見ていたヒロユキはふと気になったことがあった


「ごめんヒロユキくん、俺仕事があったんだ」


それを口にしようとしたが、コウに割り込まれてしまった


「…お仕事ですか?」


「そう、お仕事。退。だから、ライブはキュウビ姉さんと見てってほしいな」


ここで『俺仮面フレンズやるんだぜぇ?』とか言ったら子供の夢をぶち壊してしまうので、なるべく気づかれないような嘘をついた。幸い気づかれてはいなかった


「そう…ですか。頑張って下さい…」


ここまでの時間で二人は仲良くなった為、ヒロユキは少し寂しくなったが、コウを応援することにした


「そうだ、ライブが終わったらまた遊ぼうか。今度は狩ごっこでもする?」


「します!約束ですよ!」


「あぁ約束だ。キュウビ姉さん、彼をよろしくね」


「ええ。行ってらっしゃい」


「またねヒロユキくん!」

「また後でな」


「はい、また後で!」


ジェーンとキングコブラの後をついていくコウを見送るヒロユキ。楽しそうに歩いていく三人を見る彼に、キュウビキツネは質問を投げる


「…さっき、何を言いかけたの?」


ヒロユキが何か言いたげな様子だったのを、彼女は見逃さなかった。二人っきりになり、圧倒的お姉さんオーラにやはり緊張しながらも彼は伝えていく


「…ジェーンさんとコブラさんの、お兄さんを見る時の眼が、ママとパパがお互いを見る時の眼に似てたです」


「…!」


両親はお互いに愛し合っている。それを一番近くで見ているのは間違いなくヒロユキである。それに似たようなものを感じたということは、二人はコウに対して、両親と同じような気持ちだということだ


親をよく見ていた子供だからこそ気づいたのかもしれないが、それでも鋭い観察眼であることには変わりない為、キュウビキツネは大変驚いた


「だけどお兄さん、それに気づいてない気がしました。だから言おうかと思ったのですが…」


「なるほどね…」


子供でさえ気づくことに、向けられている本人が気づかないのか…とキュウビキツネは少し呆れたが、一応姉としてフォローを入れておくことにした


「コウは今その辺りお勉強中なのよ。だから何も言わずに見守っててあげましょう?」


「…分かりました。そうします」


「良い子ね。…さて、私達もライブ会場に行きましょうか。最前列で見れるわよ?」


「本当ですか!?行きましょう!」


手を繋いでゆっくり歩いていく。会場に向かう二人の足取りは、とても軽そうに見えた



*



「あれがライブステージよ」


ステージ前にはすでにたくさんの観客が集まっている。何とか最前列に移動しベンチに座ると、後ろから、今か今かと待ちわびている感情がビシビシと伝わってきていた


「自分の世界と比べてみてどう?」


「…やっぱり、少し寂しい感じがします。でも、フレンズさんの盛り上がりは同じです」


家族とよく見に来るペパプのライブ。いつも心が震えて、それはここでも変わらなかった



「皆ー!集まってくれてありがとー!」



掛け声と共に、プリンセス、コウテイ、ジェーン、イワビー、フルルの順で登場する。それに合わせて観客のボルテージも最高潮に達した


『早速行くわよ!』と、プリンセスが歌の合図を出そうとした瞬間──



『フハハハハハ!』



──ステージに、何者かの高笑いが響いた



「いっ、一体何!?」

「っ!?ジェーン、後ろ!」

「えっ…きゃあ!?」



一瞬のうちに誰かがジェーンを捕らえ、観客から見てステージの右に連れていく。そして、その人物を囲うように三人が出てきた。全員衣装がいかにも悪っぽいものを着ている


「なっ、何よ貴女達は!?」


「私の名は『ライガー』!」←ライオン

「私は『ブルホーン』!」←ヘラジカ

「…『ヴァイパー』」←キングコブラ


「そして、私がリーダーの『ベアード』だ!」←ヒグマ


「我等は『ダークビースト団』!今日から貴様らは我等に支配されるのだ!」


「ダークビースト団…ですって!?」







「…よしよし、掴みは上々だね」


こちらステージ裏。オオカミがこっそりと外を覗くと、会場がざわついているのが確認できた。ステージ上の流れも順調だ


「準備はいいかい?」


「ああ、問題ないよ」


仮面を着け、マントを着け、バイクにまたがるコウ


誰も見たことのない、ヒーローショーが始まろうとしていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る