第80話 懐かしい時間
「この部屋…だったよな」
俺の目の前には、キュウビキツネさんが寝泊まりしている部屋。なのだが、中に彼女がいる気配がない。この感覚はデジャヴだ
「あら?どうかしましたか?」
やってきたのはオイナリサマ。彼女もこの近くの部屋だったっけ。ちょうどいいや、聞いてみるか
「キュウビキツネさんを探しているんです」
「キュウビを?彼女はゲームコーナーにいますが」
「あっと…そこから出て行ったんです。で、探しに来たんですけど…どうやら戻ってないみたいですね」
オイナリサマの反応からして、やはり彼女はここにはいないか。何処に行ったんだ?温泉?厨房?外に行ったか…?
「何があったかは知りませんが…珍しいですね、貴方がキュウビを探しているなんて。会う度にからかわれているのに」
笑いながら言っているけど、こっちとしては笑えないんですよ?あの人は伝説通り人を惑わす厄介なけものな為か、他の子よりもポーカーフェイスを保つのが難しいんですよ。そして分かってるなら止めてくださいよ
「まぁ、それに基づいて考えてみてもいいのではないですか?彼女なら何をするのか、そこから考えてみましょう」
「基づいて…。あの人の考え…」
俺をからかうことに繋がる場所…か?温泉…は俺が行くことはないと分かるだろう。厨房やお土産も特に繋がる物はない。だとすると、残ったのは各部屋くらい…
…そういうことか
「何か浮かんだようですね?」
「はい。恐らくあの場所にいます。ありがとうございます、俺は行きますね」
オイナリサマに別れを告げて、俺はある部屋へ向かう。推理が間違っていなければ…なんて所にいるんだ、全く…
─
「キュウビ、聞こえていますか?そちらにコウが向かいました」
『分かったわ。…あの子にあの出来事を話すわね』
「…感謝します。いつか、話さなければいけないとは思っていたのですが…」
『気にすることはないわ。別件で聞きたいこともあったし。これ、ヤタガラスとヤマタノオロチにも繋いどいて。あっ、あの二人にはどうする?』
「本人達に決めてもらいましょう。返事は分かりきっていますが」
『まぁそうよね。じゃあまた後で』
「はい、よろしくお願いします」
…コウ、貴方に嘘をついてしまいましたね。ですが許してください。私達は知りたい、貴方に何があったのかを。そして伝えたい、私達に何があったのかを
─
すれ違ったカピバラさんに聞いてみると、『あっちに行ったよよよ…』と目撃証言を手にいれた。どうやら間違ってなかったようだ
件の部屋の前に立ち、入りますよ、と声をかける。そう言うのもおかしい話だけど。何故ならここは、俺が寝泊まりしている部屋なのだから。だけど中で何やってるか分かんないので一応断りを入れる
返事がないので勝手に入ると、敷いてある布団に、こちらに背を向けて横になっているキュウビキツネさんがいた。近づいて後ろに座ってみると、やはり九本もあるボリューミーな尻尾の魅力は凄く、ついつい埋まりたくなってしまう
「…どうしたの?」
いやそれこっちのセリフ。何で俺の部屋にいるんだとか、何で毛布はどけてるんだとか、他にも色々聞きたいことはあるんだけど、これだけは先に言っておくか
「…メンテの件、ラッキーさんが原因でした。貴女のせいではなかったです。煽ってすみませんでした」
「…ほらね、私の言った通りだったじゃないの。あ~あ傷ついたわ~!一回謝られたくらいじゃこの痛みは引かないわ~!もう動く気もしないわ~!」
うっわめんどくさ!自分は好き放題言うくせにこれかい!かといってこのまま放置する方が絶対に面倒になる。後々この状況がオイナリサマの耳に入るのが一番面倒。面倒がチェーンして俺の精神に特大ダメージだ
「…分かりました。俺に出来る範囲でなら何かしますよ」
「言ったわね?」
ほれ見ろこの切り返しの早さを。これで分かっただろう、彼女は俺にこれを言わせたいが為に落ち込んだふりをし、あの場から去ったのだ。全部演技だったんだ
ある程度の予測は出来ていた。何故なら、去り際に見えた顔は、面白いことを考えた子供みたいだったから。それが回避できるとは言っていないけどね
「…で、何が望みですか?」
「そうねぇ?それじゃあ…」
むくっと起き上がり、正座をして顔だけこちらに向けた彼女は、ニヤリ…と笑い言った
「膝枕ね」
………………は?
「膝枕、ですか?」
「そうよ、膝枕」
「俺が貴女にするんですか?」
「違うわ、私があなたにするの」
駄目だ、言っている意味が分からん。それはそっちにメリットがあるのか?膝をポンポン叩いて『早くしなさい』って言いたげに催促してるけど、本当に意味が分からないので体が動かないぞ
「は・や・く・き・な・さい♪」グイッ!
「うわっ!?」
強制的に寝っ転がらされ、頭が彼女の膝の上に乗る。これヤバイ、すっごく柔らかくて落ち着く…いや落ち着いちゃ駄目だ!早く起き上がらないと…!
「こ~ら動かないの。安心しなさい、変なことはしないから」
「これ事態が変なことなんですけど!?」
「質問に答えてくれたら解放してあげるから、今は大人しくしていなさい」
「出来るかこんな状況で!」
こんな所見られたくない!それに恥ずかしくてしょうがない!こんな所にいられるか!俺は部屋に…部屋はここだからゲームコーナーに戻らせてもr
「にしても本当にそっくりね。やっぱり興味深いわ、あなたのけものプラズム」モフモフ
「ちょっ、耳と尻尾触らないで下さい!変なことしないって言ったのに!嘘つき!」
「撫でてるだけで変なことではないわ。それに気持ちいいでしょ?」モフモフ
「それは…そうですけど…!」
「なら良いじゃない。それに、こうでもしないと逃げそうだしね」モフモフ
くそっ…やめてと言ってやめてくれるほど甘くはない…あっまってほんとにちからぬけるからやめて。なにそのてくにっくだめだってりょうほうどうじとかかんべんしてぇ…
*
あれから随分モフられた…。抵抗しようと思ったけど駄目だったよ…。満足したのかようやくやめてくれた
自分の触ってればいいじゃん?的なことを言ったら、『他人のだからこそいいのよ』と返された。同意しか出来なかったのが悔しい…
「じゃあ最初の質問…の前に、ごめんなさいね、こんなことして」
ホントだよ。まだ謝るだけ良しとするか
「あなたの反応、いちいち面白いから、ついからかいたくなるのよ」
撤回だ良くなかったわ
「…なんて理由は半分。もう半分は、二人でゆっくり話したかったのよ。昔を思い出したらつい…ね」
いつもとは違う声色に、俺はつい彼女の顔を見上げる。見えたのは、寂しさと嬉しさが混じったような表情
「…なら、そう言ってくれればいいのに。話すだけなら別に断りませんよ?膝枕は断ったかもしれませんが」
「そう言うと思っての行動よ」
彼女はまた俺の頭を撫でたり、ポン…ポン…と規則的に頭を優しく叩いたりする。さっきまでとは違う、幼い子供にするような、ゆっくりとした懐かしい手付き
「覚えてる?小さい頃はよくこうしたものね」
「…覚えてますよ。思い出しましたとも」
「あなた、こうやって頭を撫でてると直ぐに寝ちゃってたものね。懐かしいわぁ」
姉さん達の守護けものとしての修行に連れられ、俺はよく彼女達に会っていた。姉さん達は勉強や戦闘訓練をしていたから俺は大抵暇だったけど
そんな時に、遊び相手をしてもらったり、眠くなったりした時に、こうして膝枕してもらったりしたものだ。何故思い出したし。黒歴史もいいとこやぞこれ…
「リルとヨルの次に、私に懐いていたしねぇ」
「…それは覚えてないです」
「なら教えてあげる。『キュウビねえちゃん』って甘えて手を握ってきたり気が済むまで尻尾に埋まってそのまま寝おt」
「思い出しましたそれ以上は言わなくていいです」
駄目だ、何を言っても勝てる気がしない。やめだやめだ、これ以上恥ずかしい過去を掘り出されてたまるかってんだ
「でも、ヤマタノオロチに対しては今も昔もあんまり変わらないわね。何故かしら?」
「だってあの人初対面で何してきたか覚えてますか?あの大量の蛇で脅してきたんですよ?4歳の子供相手に」
「『食っちまうぞ?』って囲まれたんだっけ?大泣きしてたわよね」
あれは滅茶苦茶怖かった。危うくトラウマになるところだった。今蛇が平気なのはヨル姉さんのお陰だと言っても過言ではない
「その後ヨルが激怒して喧嘩になって…。流石にあれは肝を冷やしたわ」
「俺もリル姉さんも周りのフレンズもビビりまくってましたからね」
いつも冷静沈着なヨル姉さんが、あんなに怒りを表に出すとは思わなかった。ヤマタノオロチとヨルムンガンド…神獣同士の本気のぶつかり合いでパークがやばかった。ヤタガラスさんとオイナリサマが全力で止めて、その二人に説教され、その後四神にもされ、父さんにもされていた。連鎖しすぎ
「だからかしら?あなたのけものプラズム、彼女の特徴だけ出てないでしょ?」
「ヨル姉さんの力が対抗してるんじゃないですか?蛇で被ってますし」
「それだと私とオイナリのが説明つかないでしょ。本当に不思議よね、あなたの体」
あの人は分類としてはヘビのフレンズだけど、フードはなく尻尾が複数ある、他の子とは違う姿だ。なのにガチャでは出たことがない。力だけを受け継ぐパターンもあるのか?よく分かんないけど
「完全に受け継いでいるわけではないのか、まだ覚醒しきっていないのか。どちらにせよ修行不足なんじゃないの?その証拠に、私の力が出てるのに三本しか尻尾がないし」
「…これから出てくるから期待しててください」
「あら頼もしい。なら期待してるわね?」
残り6本が出てくるかはともかく、修行不足の実力不足なのは確かだ。完璧に操ることが出来るようになれば、持久力も上がって使い分けられるかもしれない。そうすれば、今回のような心配をかけることもなくなるだろうから
*
そこからは思い出話をたくさんした。お揃いの眼鏡をかけたこと、本を読み聞かせてくれたこと、ダンスイベントに連れていってくれたこと…
あの三人との思い出も語った。あの頃からオイナリサマは苦労人ポジションだし、ヤタガラスさんは冷静沈着だし、ヤマタノオロチさんは勝負好きだ。程度の差はあれど、皆優しくしてくれたのは事実だ
案の定からかわれもした。お化け屋敷で怖くて尻尾に抱きついたこと、大好きなお菓子を落として涙目になり分けてもらったこと、ヒーローのお面をもらってはしゃいだこと。余計なことは言わないでくださいよ…
彼女は姉さん達に化けて会いに来たこともあった。あなたには通用しなかったのよね、と悔しそうに言っていた。流石にそれは騙されないですよ?
とても楽しそうに話す彼女を見て俺も楽しかった。遠い遠い、俺の大切だったあの一年の思い出を、こうやってまた話せることが、彼女にとっても大切だったと知れたことが嬉しかった
どれくらい時間が経っただろうか。充分に話せたことに満足したのか、一旦会話が途切れる。その少しの時間、彼女は無言で俺の頭を撫で続けた。ごめんなさい、それはそろそろやめていただきたい
そして、一度深呼吸をして、彼女が呟いた
「…大きくなったわね。今16歳なんだっけ?」
「そうですよ。俺はもうそこまで子供じゃない。あれから11年経ってるんですから」
「…16年よ」
「えっ?」
「あなたがこの世界からいなくなってから16年経っているわ。なんとなく感じていたけど、やっぱり時間のズレがあるのね」
16年…5年も時の流れが違うのか。この世界にいたままだと俺は二十歳超えていたのか。あの時、もし別の結末を迎えていたら、俺はあのままパークで日々を過ごして…
いや違う…。パークで過ごせなくなる異変があった
「…この16年間で、一体何があったんですか?」
ふと考えたことはあった。例の異変という、幻想異変と呼ばれたあの事件の後に起こった、人がパークからいなくなった原因。図書館の本にもない、彼女達しか知らない異変
だけど、山で見た彼女達の辛そうな表情が忘れられず、今日まで聞けずにいた。そして、失敗したと思った。今もあの時と同じ表情をしているから
「…すみません、聞かなかったことにして下さい」
「…大丈夫よ。それに、これも目的の一つだから」
その表情は一瞬で元に戻った。いや、戻したと言うべきか。瞳を一度瞑り、一呼吸置いて、彼女は話し始める
「これは、幻想異変が終わったと同時くらいに起きた異変よ」
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