第70話 こうざんデート
「ん~~~~……。よく寝たぁ…」
窓から優しい日射しが部屋に差し込み部屋を照らしている。外から聞こえるのは草木が揺れる音や小鳥のさえずり、廊下を歩く足音に元気な話し声…
ここはろっじ。俺が住んでいる宿泊施設で、この部屋は昔使われていた職員用の部屋だ。資料室とはまた違った間取りで、一通り家具は揃っている
二階…って言っていいのかは分からないけど、階段を下りて厨房へ。今日は少し早起きして料理をする。ちょっとしたサプライズの為にね
「おはようございます、アリツカゲラさん。今日は出かけてきますね」
「おはようございます、そういえば今日でしたか」
この人はアリツカゲラさん。ろっじのオーナーだ。朝早く起きて掃除や受付の確認をしているので大変忙しい…ってわけでもないみたい。現に厨房にきたし
「張り切ってますね?」
「っ…か、からかわないでくださいよ…」
「フフッ、すみません。ですが、なんだか楽しそうに見えましたので」
むぅ…この人には敵わないなぁ…。何故か心を見透かしてくるからね
そう、今日はジェーンさんとカフェに行く日。早いものであのライブからもうそんなに時間が経っている
あの後、皆一度自分の縄張りに戻るということで、会場にいた子達とは一旦お別れをした。キングコブラさんには声をかけようとしたんだけど、ヘビのフレンズ達が彼女に用があると言って連れていってしまった。先客がいるなら仕方ない。今度手土産を持って会いにいこう
この日まではアリツカゲラさんの手伝いをしていた。こう見えても元執事(見習い)、完璧とはいかずとも一通りのことは出来る。もちろんアリツカゲラさんにはOKをもらったよ
来客も結構いて、俺のことを知っている子も中にはいた。ライブの時に気になったのか質問責めをされたけど、オオカミさんの怖い話で打ち切られた。正直助かった
生活環境は前にいた時とそこまで変わっていない。必要なものはラッキーさんに頼めば手に入るものもあるしね
…いや、一つだけ、大きく変わったものがあった
「あっ、今日は翼が出ているんですね」
…そう、けものプラズムだ。俺はキメラで、野生解放をすると全部出る。じゃあ普段はどうなるのか?
答えは、なんとランダムで特徴が出る。ローテーションなのかもしれないけど、まだ日が浅いので定かではない。一昨日がオオカミ、昨日がキツネ、そして今日はカラス。なんということでしょう。予想できるかこんなもん
「嫌じゃないから別にいいんですけどね。あると便利な時もありますし」
「それもそうですね。…そろそろですか?」
「そろそろですね。…これでよし。残ったのは食べて下さい。もったいないので」
「ありがとうございます。では気をつけて」
「はい、行ってきます」
*
空を飛び目指しているのは、じゃんぐるちほーのロープウェイ。そこが俺達の待ち合わせ場所になっている。翼が出ているので折角だから飛んで向かう。サンドスターの大盤振る舞いだ
真下にそれが見えたので降りると、見慣れた女の子の後ろ姿がそこにあった。座り込み脚をプラプラさせて鼻歌を歌っている。その姿も様になるね
「おはよう、ジェーンさん」
「あっ、おはようございます!」
開幕元気な挨拶と、パアッ!とした笑顔
「もしかして結構待った?」
「いいえ、今来たところ…ではないですが、そこまで待っていませんよ」
お決まりのセリフかと思ったら変化球を投げてきた。ずっこけそうになるのをなんとか耐えて…と
「じゃあ、早速ロープウェイに…」
「それなんですが…これ…」
見るとあら不思議、ロープウェイがないではないですか。誰かが乗ってカフェに向かってしまわれたようだ。やはりこれ一つだけというのは不便だ、最近は紅茶の他におやつも出ると話が広がっているから、友達と行く子も増えていると聞く。そうなればこうなるのも必然
「どうしましょう…?これでは行けませんね…」
悲しそうな表情。だがそんな表情をしなくてもいいぞ?私に考えがある
「ジェーンさん、まだ歩けそう?」
「? はい、まだ大丈夫ですが」
「ならついてきて。カフェに行くよ」
「えっ?えっ?」
困惑する彼女を連れて少し歩く。着いた場所はカフェのある崖の裏側。ボコボコだけど確かに歩ける道はあり、その入口にはフレンズの絵と『登山ルートだよ♪』と書かれた看板が立てられている。これ馬のフレンズか?
「これは?」
「登山道。よく考えたら、あんな場所に行くのにロープウェイだけなんて変だと思ってね」
崖を登ることが出来るのはフレンズくらい。ロープウェイは定員オーバーになりやすい。トリのフレンズが運ぶのも大変。飛行機やヘリはない
ならどうするか?という事だけど、答えは簡単、歩けばいい。フレンズとヒトが一緒に遊ぶように出来ているならこういうのがあってもおかしくはない
「実はラッキーさんに整備をお願いしていたんだ。まだ完璧じゃないから歩きづらいけど、どうかな?」
「途中で崩れたりしませんか…?」
「崩れない…とは言い切れないかな。でもその時には俺が助けるから。絶対に」
最悪飛べば大丈夫だとは思うんだけど、彼女は俯いている。やっぱり怖いかな?ならこの提案は却下しy
「…それでも、少し怖いので…手を繋いでいても、いいですか…?」
スッ…と手を出してきた。…落ち着け、これは想定内だ。ごく自然な考えだ。だから大丈夫だ←何が?
「ずっとは難しいけど、それでもいいなら…はい、どうぞ?」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
ギュッ…と握られた。相変わらずあたたかい
「…あったかい///」
ボソッと聞こえた言葉は聞かなかったことにしよう。同じ事考えてたとか、なんか、恥ずかしいし…
*
予想よりも整備されていたけれど、やはり急だったから時々足場が崩れたり躓いたりしてしまう。時々崖ギリギリの道もあって文句を言ってやりたくなった。誰だこんな所を道にしたの
デコボコ道は歩き慣れていない…と思っていたけど、ダンスの練習をしているだけあって足取りはそこまで重くなさそうだ。たまに調子に乗って転びそうになるのは危ないのでマジで気をつけてくれぃ
だけどそれも最初の内だけだった。段々と余裕がなくなってきたのか、会話が少なくなっていき息があがってきている
「ここで一旦休憩しよっか」
「ハァ…ハァ…はいぃ…」
途中休憩が出来るようなベンチを見つける。屋台や売店でもあったのだろうか。長年放置されていたので辛うじて座れる様な物だけど
「練習とは…また違った…疲れが…」
「そりゃそうだ。はい水筒、冷たくておいしいよ?」
「ありがとう、ございますぅ…」
…凄い勢いで飲んでいる。二本持ってきて良かった。これ俺の分まで飲みそうだし
さて、何故歩いてきたのか。その答えはこれだ!
「ジェーンさん、お腹空かない?」
「空きましたが…ジャパリまんでも持ってきたんですか?」
「フッフッフッ…これを見るがいい!」
四角い箱とアルミホイルに包まれた何かをバッグから取り出しベンチに広げる。蓋をパカッと開けると…
「ふわぁ…なんですか、これ!?」
中に入っているのは、彼女が見たこともないような食べ物。黄色いもの、ソースがかかっているもの、中が空洞になっているもの等…
「これはお弁当だよ。人が遠出をする時に持っていったりするんだ」
そう、お弁当だ。中身は玉子焼き、一口サイズのコロッケ、ちくわの磯辺揚げ、キュウリの漬物。我ながら地味な物に…。本当はお肉関連とか他のものも入れたかったんだけど、流石に使えないのと時間がなかったのでパス
「で、これはおにぎり。食べやすくておいしいよ」
アルミホイルの包みをとって彼女に一つ渡す。三角に握ったそれに海苔を巻いているオーソドックスなやつだ。因みに中身はしゃけとおかか
「いただきます…!」
小さな口で、恐る恐るパクリ
「…おいしいです!」
「本当?良かった」
塩味がちゃんと効いているようだ。感動しているのか目が輝いている。おっと、おにぎりばかりに夢中にならないでこっちもどうぞ?という意思を込めて、玉子焼きに楊枝を刺して渡す
「ん~~~!これもおいしいです!」
リアクションがいちいち可愛いんだよなぁ。脚をバタバタさせたり、手を上下に降ったり。料理漫画のリアクションが現実に。幻覚見てるわけじゃないよね俺
美味しそうに食べてくれている姿を見ると、作って良かったと本当に思えるよ。シンプルなものだったけど、今回に関してはこれでいいと思う。どこでも楽しく食べられるのがお弁当のいいところだ
…楽しく、か
「コウさんは食べないんですか?」
「いや食べるよ?いただきます」
嫌な思い出はしまっておけ。隣にある笑顔にそれは似合わない話題なのだから
*
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様でした」
どれも好評で食べきってくれた。それを見てふと思い出す。ろっじの皆も美味しく食べただろうか。帰ったら聞いてみようかな
荷物をまとめて背負う。ゴミはきちんと持ち帰りましょう。間違ってもポイ捨てなんてして自然を汚さないように
「景色を見ながら食べるのもいいでしょ?」
「はい!凄く美味しかったです!ありがとうございました!」
…景色、見てたのかな?まぁいいか、今崖付近で堪能してるみたいだし、それはカフェでも出来るだろうから。でも危ないから程々にして戻っておいで?
「カフェからもそうですが、高い所からの景色って壮大ですよね。こう見ると、やっぱり空を飛んでみたいです」
「…いつか出来るよ。だって、大空をも制するんでしょ?」
「…フフッ、そうですね。さて、食休みも済んだので行きましょ──」
ピシピシッッ……
「──えっ?」
ガラガラガラガラッッッ!!!
「あっ…キャアアアアア!?」
「────っ!」バサッ!ギュンッ!
ガシッ!
「うう……?あれ……?」
「セーフ…。大丈夫?」
「あっ…はい…」
あっぶねぇ…!まさか本当に崩れるとは思わなかった…!目を離さず見ていて良かった!いや別に変な風に見てたわけじゃないよ?
「ごめんなさい…」
「なに謝ってるの?崖が勝手に崩れただけ。気にしない気にしない。それより怪我はない?」
「はい…大丈夫です…」
「ならよし」
それだけ言って、俺は元の道に戻る…ことはせず
「…あの、下りないんですか?」
「歩いてて思った。予想以上に危ないって。上の道もまだ整備されきっていないだろうから、このままカフェに向かおうか」
「ええっ!?こ、この状態で、ですか!?」
今俺はジェーンさんをお姫様抱っこして空を飛んでいる。落とさないようにゆっくりと。これ以上に安全な飛び方を俺は知らないからね
それに休めたといっても、慣れない道を歩くと結構脚に来る。これで明日からの練習に支障が出たらプリンセスさんになんて言われるか…
「大丈夫大丈夫。直ぐに着くからさ」
「そ、それはいいんですけど…」
「けど?」
「…は、恥ずかしい…ですね、これ…///」
「……」
よく考えたら、今俺はとんでもないことをしているのでは?変なこと言った気もする。あかん、俺も恥ずかしくなってきた。平常心を保つ為には…これだ
「ジェーンさん、しっかり捕まってて。とばすよ!」
「えっ?ふぁっ、キャアアアアア!?!?」
MAXスピード!…とはいかないけど、安全かつスピーディーにカフェへ向かう!ジェーンさんが首に腕を回してしがみついて良い匂い…じゃない怖がってるから速くしないとね!危ないからね!
*
「ふわああぁ!いらっしゃぁい!よぉこそぉ↑ジャパリカフェ……どしたのぉ?」
「「いえ、なんでもないです…///」」
なんとか見られる前にカフェにつけた…。とりあえず紅茶を二人分、クッキーも出せるようなのでそれも頼んだ。席は景色が見えるテラスだ
席についたのはいいんだけど…、会話が出ない。さっきのお姫様抱っこでまた思い出してしまった、助手のあの言葉を。油汚れの様にしつこいな、これ
「あっ、あの!」
「はいなんでしょう!?」
大きな声にビックリした…が、聞きづらそうな表情をする彼女を見てなんか落ち着きを取り戻した。数秒たって、質問を口にした
「…コウさんは、昔パークに住んでいたって言ってたじゃないですか?」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「もしかしたら、あの時泣いていたのは、それに関係しているのではないかと思いまして…」
「っ…」
あの時のことか…。あの光景を見た時、あの日常はもう戻ってこないんだって、悲しい気持ちはあった。姉さんはもういないから余計にね。でもさ…
「…すみません、聞かなかったことに…」
「あの時ね、昔の記憶が映ったんだ」
「…えっ?」
「初めて見た、アイドルのライブ。綺麗な歌声と、華麗なダンス。そして、ヒーローショー。感動が甦って、つい泣いちゃったんだよ」
今は、それだけじゃないんだ。嬉しかったんだ、帰ってきたんだなって思えてさ。それに二人は、俺の中で生きている、そんな気がする
「それを思い出させてくれたのはジェーンさん達なんだよ?ありがとうね。だから応援してる。次も楽しみにしてるからね、皆のライブ」
「…!ハイ!任せてください!」
元気な返事と、いつもの笑顔。それが君の魅力だから、君が悲しそうな顔をする必要はないんだよ?
─
紅茶を嗜んで、クッキーを食べて、お話をして…
気づいたら、夕日が落ちようとしています
「そろそろ帰ろっか。ロープウェイは…」
「…ないですね」
いつの間に皆さん帰ったのでしょう?私達以外にもお客さんは…いましたっけ?あれ?夢中になっていたのかあまり覚えてないです…
しかしどうしましょうか…。他の下りる手段はあの道だけでしょう。ですがあれが危ないのは先程の事で分かっていますし…。夜だと更に危険でしょうから。となると…
「あの…」
「…うん、送っていくよ。みずべちほーまでで大丈夫?」
「はっ、はい!ぜひお願いします!」
彼は私が言おうとした事を分かっていたようでした。しかも了承してくれるなんて…まるで通じあっているようで嬉しいです
先程と同じように腕を回します。落ちないように、というのもありますが…顔を見られないように、というのもあります。真っ赤になっているでしょうから…
ですが、私はあまり会えないですから…
もう少しだけ、こうしていたい、と思ってしまいます。本当に、時間が止まればいいのに
─
「ほい、到着っと…」
「今日はありがとうございました」
「こっちこそ、楽しかったよ。じゃあね」
「はい。……あ、あの!」
歩き出そうとしたら引き留められた。なんだい?
「…また、一緒に行きましょうね!」
「っ…うん、またね」
ジェーンさんに手を振り、翼を広げてろっじへ帰る。今日は楽しかったけど、多分遊園地の時よりもずっと緊張していた…と思う。抱えて飛ぶのも恥ずかしかったし、ドキッとすることが何度もあった
そう感じるってことは、やっぱり彼女への気持ちに何かしらの変化があった、ということなのか…?
だけど、それはきっと、所謂女の子に対しての『好き』ではないだろう。でなければ、ライブの時に、あの子に対しても同じ想いを抱くはずがないのだから
「…明日、会いに行ってみようかな…」
手土産は何にしようかと考えながら、心の中にできたモヤモヤを必死に消しながら、俺はスピードを上げてろっじへと帰るのだった
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