第58話 戦いの先にあるもの


槍がヘルを貫き、次元の隙間を消し飛ばす。ヘルの体はボロボロと崩れていき地面へ落ちる。残ったのは頭と胴体、その内にある、核となるセルリアンの石だけ


『こンな…こンなことッテ…』


「これでも砕けないのか…。もうホント怖いよお前…」


サンドスター・ロウでの修復を試みているのか、体に黒い霧が集まるが、形を作る前に散っていく。消えるのは時間の問題だった


『いやダ…消えたくなイ…。コウ…助けて…助けてヨ…』


叶うはずのない願い。それでも、言わずにはいられない


「…次元の狭間で生き残った手段を使えばいいじゃないか」


『…いじわル。出来ないッて分かッてるくせにサ』


ああそうさ、出来ないことなんて分かりきっている。右手の力で、サンドスターという『幻』を否定し、自分を作り変え、供給なしでも生きられるようにした…そんなとこだろう。その力を失ったんだ、それはもう不可能だ


『なンでボクだケ…なンデ…』


「…やっぱり、そうだったんだね」


コウはヘルに近づき、目線を合わせるように片膝をつく。その眼は優しい眼をしていた



「…



その一言に、ヘルの眼が大きく開く


「フェンリル、ヨルムンガンド、ヘル。北欧神話における三兄弟。もしかしたら、とは思っていたけど」


「…そうでした。碧さんの研究で生まれた特殊なサンドスターは、ありました」


オイナリが過去の記憶を呼び起こし話していく


「しかし、後日彼を訪ねると、それは無くなったと言っていました。二つはリルとヨル。では、もう二つは何処に行ったのか。それは…」


『…そうだヨ。一つはボク。そして、もう一つハ…』


「…俺、なんだね」


オイナリが頷き、続けていく


「おそらく、コウの髪と瞳はサンドスターの影響でしょう。どのような経緯で貴方に渡ったのか、どのような性質を持っていたのかは分かりませんが」


「一つはセルリアンに渡り、吸収しその姿になった。ヘルと名乗ったのは、同じ研究所で生まれたサンドスターが元になっていたから」


神話において、『ヘル』は獣ではなく女神。そして反応したのはサンドスター・ロウ。フレンズとして見られるかは…言わなくても…ね


「でもなんでこんな異変を?」


キュウビキツネさんが首を傾げる。俺も疑問だった。生まれた経緯は分かったが、そこからの行動はセルリアンがする事とは思えなかったからだ


『…羨ましかッタ。姉弟なのに、ボクだけ違うことが嫌だッタ。苦しくて、悲しくテ。でもどうすることも出来なイ。なら、いッそ壊してしまおうと思ッタ』


ああ…。その時には、もう感情が芽生えていたんだ。他のセルリアンを通じて見ていたのかもしれない。そして力をつけて、先生の力を再現して、異変を起こした


『ボクも…「セーバル」みたいだッたら…仲良くできたのかなァ…?』


セーバル…そうか、嘗てパークにはいた。『とくべつ』によって、輝きを得た子が。セルリアンのフレンズが…友達がいた


だけどそんなものはもしもの話。過去は変わることはない。後悔したって戻っては来ないし、罪が消えることはない


だけど、それでも


「もし…もしさ、また出会うことができたら、その時は、友達になれるんじゃないかな?」


『ッ…!』


「全く…貴様は甘い奴じゃのう」

「だが、可能性はゼロではないからな」

「輝きがないとダメかもしれないけどね」

「そ、それを言ってしまうのですか…」


俺にも居場所が、友達が出来たんだ。あり得ない、なんてことはあり得ない。奇跡が何度もあったっていいじゃないか。そんな未来があったっていいじゃないか。例えそれが、どんなに小さな可能性だとしても


「だから、今はお別れだ。もうこんなことしないでよ?」


『…ごめンネ。そして…ありがとウ』



パキッ…パカーン…



「…散々暴れたのに、最後は改心とか、ゲームのボスみたいな奴だったな」


四人が笑う。どうやら口に出てたみたい。けど、全員気持ちは同じだったと思う



「さようなら…ヘル姉さん」



さようなら…



*



俺の目の前にいるのは、嘗てパークで出会った女性と、俺が長年過ごした世界で出会った女の子。共通するのは、二人ともあの世界へ俺を導いた、ということ


「「──ごめんなさい」」


何かを言う前に、二人が謝ってきた。けど違う。俺が求めているのはただのその言葉じゃない


「…それは、何に対しての謝罪ですか?」


「…真実を隠していてごめんなさい。謝るのが遅くなってごめんなさい」

「…嘘をついていてごめんなさい。記憶を封印してごめんなさい」



「あの日、酷いことを言ってごめんなさい」

「あの日、否定しなくてごめんなさい」



深々と頭を下げる二人。本当に申し訳ないという気持ちが伝わってくる声


「…なんで、あんなことを?」


それに対し、単純に気になったので質問する。二人はすんなり答えてくれた


「あの日、この子が見たのよ。パークの子が貴方を迎えに来る未来を。私達は、貴方が私達の世界に来た日から決めていたの。必ずパークに帰すって」

「だから、それを利用してそのまま帰ってもらうつもりだった。だけど、心残りがあるといけないと思った。だから…」


「…わざと、突き放すことを言った…と?」


二人が頷く。それ言われた方が心残りになるっちゅうに…


なんか、こう、イラッとしたので


「次。吸血鬼になったと言った理由は?」


どんどん質問をぶつけていこう。こうなったら全部吐いてもらう。当たり前だよなぁ!?


「えっ?ええと、貴方、襲われて力が発現したでしょ?それで、特徴が似てたから。魔力は与えたのよ?だけどそれだけじゃならなかったみたい」


要は俺にバレないようにした結果、姿が似ている、吸血鬼の力を手にした、ということにしたってことか


「…ん?なら、俺が死んだっていうのは?」


「それは本当よ。生き返った理由は別…」


別…?気になるけど、それは後ででいいや


「次」

「ま、まだあるの?」

「なんでないと思ったんですか(怒)」

「ご、ごめんなさい…」


Q:あの時なんで記憶と力を封印した?

A:あの世界で生きるには不便だから


Q:なんでその時に連れていってくれなかった?

A:あのまま連れていくと二人が表に出て消えてしまう可能性があったから。『幻』が否定された世界で体に押さえ込む時間が必要だった


Q:お前が来たのは本当に偶然か?

A:偶然です


etc...etc...



*



他にも色々聞いた。そして言いたいことはたくさんあるけど、一番はこれ


「なんで言ってくれなかったんですか。言ってくれれば納得したのに」


ポカーン…としている。なんだ?何か変なことでも言ったか?


「あの言葉もそうですけど、それ以上にずっと嘘をつかれていた方がショックでした。俺は…信用されてないって思ってしまったから…」


「そんなこと思ってないわよ!」

「もちろん私も!嘘じゃない!」


「…なら、いいです。…よかった」


謝ってくれた。そう思っていたのは俺の勘違いだった。仲直りが出来た。それだけで、俺は満足だ


「なら、最後の質問を。俺が忘れられた原因は?」


「住む世界を移した代償ね。パークからも、あの世界からも貴方の情報がなくなったのはそれが原因…だと私は思うわ」



…それって、つまり



「…これから、貴方はどうするの?」


そこからの、この質問。その意味は分かっている。もし叶うなら、二つの世界を行き来したい


だけどそれは出来ない。次元の隙間は閉じられる。元々交わることのない世界。サンドスターの気まぐれがあるかもしれないけど、向こうにはそれはない


そして、こちらに残れば、向こう側の俺の情報は全て消える。また俺は忘れられる


けど…


「俺は、パークに…故郷に、帰ります。それが俺の、貴女達の願いですから」


「…そう。寂しく、なるわね」


「俺もです」


「もしまた会えたら、その時はどれくらい強くなったか見せなさい!」


「上等だ!リベンジしてやっから覚悟しとけや!」


「さようなら、コウ。私達の、命の恩人よ。貴方の幸せを願っているわ」



先生が作った隙間に二人は入る



帰ってしまう、その前に



!お世話になりました!この恩は!一生忘れません!さようなら!」



「っ…!さようなら!ありがとう!」

「さようなら!元気でね!」



シュン…



隙間が閉じられる。ああ言ったけど、会うことはもうないだろう



「…泣くとか、らしくないんだよ、全く…」



さようなら、お嬢様、先生



さようなら、俺達が恋した、幻の世界



*



「リル姉さん…ヨル姉さん…」


「カッコよかったよ!流石自慢の弟!」

「頑張ったな、よくやってくれた」


二人が今目の前にいる。封印が解けたのと、サンドスターの濃度が高いためか、二人はこうして目の前に…



「…え…?なんで…!?」



二人の体から輝きが漏れていく。あの日見た光景に似ていた。体が透けていく


「ボク達は、サンドスターが少ない状態で力を使っていたんだ。今残ってる量じゃ維持できないし、確立するための媒体もない」

「忘れられた結果だな。それに元々少なかったし、消えることを無理矢理否定したんだ。ここまでよくもったほうだ」


「で、でも!ここには沢山のサンドスターが…!」


二人は首を振る。自分のことは、自分が一番よく知っているから


「間に合わないよ。もう消えかかってる」

「当てたところで直ぐに散ってしまうだろう」


「そんな…!」


…待って、おかしい。先生は、俺の中に入れば助かるかもしれないと言っていた。ヘルの力がなくなった今、それが原因による消滅はない。だというのに消えるのか?


それはつまり、その時には存在できる量のサンドスターがあったのに、使ってしまったということなんじゃないか?


なら…一体どこで…


「…まさか、うそ、だよね…?」


二人が微笑む。それで分かった。分かってしまった。理解してしまった


「俺の…俺のせい…ムグッ…!」


リル姉さんが俺の口を指で塞ぐ。だけどそれしか考えられない


なんで生き返ったのか。なんで滝から落ちても生きていたのか。なんで回復が早かったのか


全部、全部…!


「こ~ら、ダメでしょ、そんなこといっちゃ。弟を助けるのが姉の役目だもの!」


「それでも…!」


「気にするな。封印に綻びが生じた時から、なんとなく感じていたことだ」


「姉さん達はそれでいいの!?せっかく、またこうやって会えたのに!」


つい叫んでしまった。答えなんて分かっていたのに


「…悔しいよ。またこうやって会えたのに…直ぐにお別れなんて…!悔しいよ…!」

「だけど、同時に嬉しいんだ。お前がそこまで私達を思ってくれていることが」


その言葉は嘘じゃないんだろう。お互いがお互いの言葉に頷いている


「私達はもうすぐ消える。そこで、お願いがある」


「お願い…?」


「手を握って?そうすれば、ボク達の力は君の内のサンドスターに移る。消えてしまっても力になれるんだ」

「姉としての、最初で最後の我儘を聞いてほしい。お前をこれからも護りたい…それが叶うんだ。こんな嬉しいことはない」


差し出された手を、俺は優しく握った。迷いはなかった。今俺が出来る、唯一の恩返しだったから


「姉さん…俺は、『守護けもの』になるよ。姉さんが目指した夢、俺が叶える」


「知ってたの?」


「皆と話してたの聴こえてたよ」


「そうか…。それを聞けて、満足だ」


その顔を思い出す。いつも微笑みかけてくれていた、優しさと慈愛に満ちた表情。懐かしくて、つい



「…リルねえちゃん、ヨルねえちゃん」



呼び方が戻ってしまった。二人は少し笑って



「…なぁに?」

「…なんだ?」



「…姉になってくれてありがとう。命をくれてありがとう。楽しいをくれてありがとう。思い出をくれてありがとう。ありったけをくれてありがとう。僕は…」



泣くな。笑顔で送るんだ



「僕は!俺は!世界で一番の幸せ者だ!」



「「…!」」



二人を抱き締める。二人に抱き締められる。光が段々と散っていって──



「私も楽しかった!バイバイ、コウ!」

「元気でな!コウ!見守っているからな!」



──二人は、この世界から消えた



天に昇るように、サンドスターが散っていく



それを掴もうと、つい手を伸ばしてしまった



「…二人は、立派な姉でしたよね?」


「…そうね」


「こんな所で立ち止まってちゃ、申し訳ないですよね!」


「…」


「さぁ帰りましょう!皆が…」


「…コウ」


キュウビキツネさんが俺を抱き締める。包み込むように。幼いころにしてくれたように



「…辛いときは、おもいっきり泣いていいのよ。聴かれたくないなら、私の胸の中で泣いていいから…ね?」



「っ…!うぅ…うわああああぁぁぁ…!!」



久しぶりに大声で泣いた。抑えることなんて出来なかった。どんなに涙を流しても、止まることなんてなかった。キュウビキツネさんは優しく、俺の頭を撫で続けてくれていた



今日俺は、多くの大切な人と、別れを告げた

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