第57話 vsセルリアン -絆-


『ハァ?何そレ?』


その言葉に首を傾げる。頭がおかしい奴を見るような表情をしている


『散々待たせておいて、答えがそレ?』


「なんだ?他のがいいのか?じゃあ…」


頭を掻いて、彼は言う



「通りすがりのフレンズだ。忘れていいよ」



いつか言った自己紹介。真面目なのかふざけているのかは彼にしか分からない。ただ、ヘルをイラつかせるには充分だった


『あーそうかイ。だッたラ…』


目付きが鋭くなる。改めて標的を見据え…



『忘れてやるからさッさと消えロ!』



羽を飛ばす。動きを止めようとするが彼は空へ逃げる。だがそれは想定内。宙を蹴り、逃げた彼に向かう。右腕に刃を造り突撃する


それに対抗し右手に剣を造る。最初と変わらない武器。変わらない姿。そこから生まれる、変わらない衝突


変わったのは、彼等の表情


『その顔…気に入らないンだよ!』


状況は良いとは言えない。お互いのサンドスター量を比べるとしたら、コウに残っているサンドスターはヘルよりも少ない。だというのに、彼の表情は余裕すら感じられた


「散々煽られたんだぞ?一周回って吹っ切れたわ。お前もどうだ?悟り開こうぜ悟り」


『ザッケンナアアアアアア!!!』


空中での衝突は続く。攻撃が大振りになっているヘルと、ヒット&アウェイで対抗するコウ。一撃で仕留めるか、堅実に削っていくかどうかの戦いだ



『バカの一つ覚えみたいな攻撃だネ!他に何も無いのかなァ!?出来ないのかなァ!?』



攻撃が当たらないにも関わらず、戦法を変えず意地を張るヘル。どうにか自分のペースに持ち込もうと得意の挑発をするが…



「変えてほしいの?しょうがない、我儘を聞いてあげよう。特別だぞ」キラッ☆



逆に挑発され、激昂し更に攻撃が雑になる。体を大きく振り回し、どうにかして仕留めようと躍起になる。だがそれでどうにかなるわけがない。今の彼はとても冷静だった


即座に回復されるが、それはサンドスター・ロウの消費が速い。それも彼の狙いだった。持久戦に持ち込まれれば勝てなくなるのは変わってはいない。挑発が効いている間に少しでも多く減らしていく


「んじゃ、リクエストにお答えしますか!」


彼が左手を振りかぶりヘルに叩きつける。その手に造られた物は、ヘルによって予想外な物



『ッ…!?魔鎚ミョルニル…だッテ!?』



ヨルが造った魔鎚を模したものだったが、何回か叩くと砕けてしまった



「げっ、もう?なら次!」



次に造った物は細長い何か。ヘルの腕に巻き付け縛り上げるが切れてしまった



『今度は魔法の紐グレイプニール…!?さッきかラ…!』



威力も耐久も彼女達が造った物より数段劣る代物。だが隙を作るには十分。勝利を掴むために、確実に詰めていく





「…一体、何があったのかしら…?」

「さあな。だが、吹っ切れたようだ」

「こっちも大方片付けたぞ」

「では、石板を…」


ポテポテポテ…


「あら?あなたもここに来たのね」

「…ん?通信モードになってるぞ」

「…オイナリ、彼の元へ連れていけ」

「えっ?」

「力になりたい。そう言っている気がする」

「残りは我等がやる。貴様は見届けろ」

「いざとなったら結界使いなさいよ」

「…分かりました。お願いしますね」





衝突から数分。一方的に攻撃をされ続けられた為か、ヘルは漸く落ち着きを取り戻す。小振りながらも力強く振るわれた剣はお互いを弾き、地面に刺さり砕けた


それを見届けたコウと、敵しか見ていないヘル。目線が外れた瞬間に右拳を振るう



ガシッ!



読んでいたとばかりに受け止め、彼も右拳を放つ。だがそれは読まれていたのか、直ぐ様受け止められる


「やっぱり長くは続かねぇか」


『危ない危なイ。まさかこンな戦法も出来るなンてネ。誉めてあげるヨ』


「別にいらねぇよそんな言葉」


『素直に受け取ッとけばいいのニ。まァいいヤ。ならサ…』


ビキビキッ!と何かが造られる音がする。それは先端がナイフの様に鋭い尻尾だった


『このプレゼントをあげるヨ!』


心臓を貫く勢いで迫る尻尾。手はガッチリ捕まれていて離れることは不可能。彼に防ぐ手段はない


だが、それは今までの彼だった場合だ



「ヨル姉さん!頼んだ!」

(漸く出番か。待ちくたびれたぞ!)



彼が叫ぶと、彼の体から何かが飛び出してくる。それはフードと、身体全体に巻き付いても余るほどの長い蛇の尻尾。そして、彼の左眼は翠に輝いている


『それは…ッ!さッきノ…!』


「気づいたか?まぁ気づいた所でどうにもならないけどな!」


尻尾を巧みに操り、向かってくる死を締め上げ砕く。その力強さと精密性は、まさしくヨルのもの


『じャあ次はこれダ!』


うなじから触手が生まれる。ノコギリのような歯がついたそれは彼の首へ噛みつこうとする。その歯で噛み千切るために



「リル姉さん!お願い!」

(はいはーい!任せて!)



彼が再び叫ぶと、狼の耳が現れ、爪と牙が一層鋭くなり、右眼は碧く輝く


腕を引き寄せ、ヘルの体勢を変えることで触手を回避し、触手の付け根である首に噛みつく。自分の首に噛みつかれる前に噛み砕く。その顎の力は、紛れもないリルのもの


なんとか距離を取るヘル。今まで見てきた戦法とは全くの別物。警戒せざるを得なかった


『なンなンだよさッきかラ…!なンなンだよその力!?その姿ハ!?』


先程までのリルとヨルは、コウの体を借り、入れ代わりながら戦っていた。そしてまたコウに主導権が戻った


だが今の彼の姿は、入れ替わることなく、


その姿を見つめるヘルは初めての感情を持つ


「俺が怖いのか?」


『…ハ?』


「怖いんだろ、俺が。正体が分からない俺が。理解できない力を振るう俺が。追い詰められているこの状況が」


恐怖。セルリアンにあるはずのない感情の中でも、特に認めたくないもの。事実として、ヘルの手は微かに震えていた


『…バカにするのも大概にしロ…!誰がお前なンカ…!』


「なら、なんで距離を取った?さっきまでの余裕面は何処にいった?そのまま戦えばよかったじゃないか」


『……』


図星をつかれる。が、深呼吸をして元に戻す。もう何があっても動じない。そんな心を再現しようとする


『いいよ、キミを倒すことで証明すル。この気持ちが恐怖ではないことヲ!ボクに怖いものなンてないンダ!』


「受けて立つ!勝つのはだ!」



幾度となく繰り広げられる攻防。交わす言葉はなく、只只相手を倒す事だけを考える時間が過ぎていく。サンドスターによる攻撃、防御の強化。回復と再生の繰り返し。鎖、鎚、剣、紐の武器の顕現。触手、尻尾、刃、羽の再現。その衝突


殴り殴られ。切られ切りつけ。飛び続けることが難しいのか空から落ちる。だが倒れているわけにはいかない。二つの影はヨロヨロと起き上がり、二本の足で立ち、目の前の敵から視線を逸らさない



「そろそろ…限界…なんじゃねぇか…?」


『それハ…キミも…じャないのかイ…?』



お互いに残りのサンドスターはあと僅か。しかし、辛そうなコウとは対照的に、ヘルは余裕そうな表情を作る


『だけど残念だッたネ。キミの輝きのお陰で、ここに集まッてきているンダ』


空を仰ぐように話すそいつに、彼は焦りの表情を浮かべる。この状況でそれが実現されればもう勝ち目はない



『さァ来いボクのご飯黒セルリアン!』



勝った。そう確信したが──



『…あレ?』



──他のセルリアンが、来ることはなかった



『何故ダ…?確かに、さッきまでいたはずなのニ…!?…まさか…まさか、まさカ!』


「今あなたが考えている通りですよ」


振り向くと、そこにいたのはオイナリ。辛そうな顔だが、しっかりと前を見据えている


「ここに来ているセルリアンは、あの三人が片っ端から倒しています」


『だ、だガ!それが何時までもつのかナ!?パーク中のセルリアンを集めることだッテ…!』



ジジジジ…ジジ…ジジジ…


『ホントに多いな、準備しといて正解だ』

『でもこれオーダーきついですよぉ…』

『あの人はもっと厳しい場所にいるんですよ?気合い入れなさい!』



『…ア?』



ジジジ…


『アードウルフさん、大丈夫?』

『大丈夫です!バリーさんもいますし!』

『これも修行の一環だ。さぁ遠慮なくいくぞ!』



『ハ…?』



ジジジジ…


『最近倒したばかりなのにもうこんなに』

『ルターさん、これも普通への試練ですよ』

『そうやな、普通への…ってなんでやねん!』

『普通ってなんやろなぁ…』



『なン…!?』



ぽてぽてぽて…とオイナリの足元から小さな何かが顔を出す。その眼は緑色に光っている


ラッキービーストが、他の場所にいる者と通信をしていた。そこから流れるのはフレンズ達の状況。皆がセルリアンと戦い、倒している様子が音声で流れていた


各地方の状況が代る代る流れる。同じなのは、全員がセルリアンを倒しているということ


『なンデ…!?あンな奴等に、ボクの力を込めた子達が負けるはズ…!?』


「…お前は群れの、皆の強さを甘く見すぎていた。弱いと思い込んでいた結果だ!」


フレンズへの特化能力を持ち、知能の高いヘルは、それ故にフレンズを見下していた。あまりに予想外だったのか、嘗てないほどの動揺を見せる


「勝った気になって、油断して足元を掬われる。お前は何も成長していない。幼い俺に、隙間送りにされたあの日から何も!」


『ッ…!』


ヘルが思い出したのは、幻想異変の最後。目線の先にいる、嘗ての彼にしてやられた屈辱の日。忘れるはずがない。彼さえいなければこうはなっていないのだから



『ふざけるナ…』



ワナワナと震えながら呟く



『ふざけるナ!こンな所デ!こンな形デ!このまマ!終わッてたまるかアアアアアア!』



心の底から出た本音。取り繕うことのない本当の想い。それにヘルのサンドスター・ロウが反応したのか、どす黒い輝きを放ち、それは空へ向かう


ビキビキと空にヒビが入り、そこに生まれたのは、異世界へ繋がる次元の裂け目


「なっ…何故、このタイミングで…!?」


突如現れたそれに全員が困惑する。だが、そこから直ぐに切り返す者が一人


『アハッ…、アハハハハハハ!遂ニ!ボクは向こう側への境界をも操れるようになッたンダ!』


今までにない、嬉しそうな顔ではしゃぐヘルは、その勢いのままその隙間へフラフラと向かう



「逃がしてたまるかよ……っ!?」ガクンッ…



体の痛みと、度重なる野生解放による疲労。無理を重ね、すでに限界を何度も超えた為、体が思うように動かない



「くそっ…動けよ、このポンコツが…!」


『ハハハ!本当にキミは呪われているヨ!何度もボクを倒すチャンスを逃しているンだからサ!』



ヤタガラスが飛ぼうとするが、周りのセルリアンに邪魔をされ上手く動けない。他の三人も光弾を放つが、セルリアンに阻まれ到達しない



『バイバ~イ!またいつか会おうネ!哀れな獣どモ♪』



ヘルが隙間に飛び込もうとした時



ヒュワァン…



『えッ?』



小さな隙間が現れ



ギャリギャリギャリギャリ…ギシッ!



鎖が、隙間を閉鎖する



『な…なン…だよこレ…!?』


「あれは…まさか…」



空間にできた5つの隙間。そこから出る鎖。進入禁止と言わんばかりに入口に固定される


それは彼がよく知り、憧れたもの



(…あぁ、そうか。そういうことか…)



次元の隙間から手が振られている。そこからチラッと見えるのは、飽きるほど見た洋服の袖


そして、それが意味するのは



(トドメは、自分でしろってことか)



拘束を解く気配はないが、攻撃する気配もない。彼がその意図を読み取るには十分な行動



『まさか…この隙間が繋ぐ世界ハ…!』


「━━その通り。私達の世界よ」



その場にいる全員が懐かしいと感じる、十年以上変わらない、胡散臭い声


『これはフレンズとセルリアンの戦いダ!部外者は引ッ込んでロ!』


「━━お前の力の源は私の力。それにコウは私の弟子。この子の執事。そして、私は彼女達に借りがある。部外者ではないわ」


怒りの言葉もさらっと受け流される


「━━でもそうね、お前を倒すのは私じゃない。サポートはしてあげるけどね」


それを聞き、コウに目を向けると、残りのサンドスターで武器を造っている。剣ではなく必殺の槍。一番の大技


それを見たヘルは再び焦りを見せる。鎖を壊そうとするが力が足りない。トドメを刺そうにも時間が足りない。その間にも、彼は武器に力を込めている


「これで──」



『お前のせいで娘は死んだ!娘を返せ!』



「──っ!?」


それは、クラスメイトの親からの言葉



『あのが死んだ責任どーやってとんだよ!この人殺し!』


友達だと思っていた人から



『息子?出鱈目を言うな!お前は誰だ!?』


義父から



『貴方なんか助けるんじゃなかった。もういらないわ』


お嬢様から



『お前はもう用済だ。何処に行こうが構わん』


先生が否定しなかった、あの世界での最後の言葉



そして



『あんたなんか産まなきゃよかった!生まれなければよかった!あんたさえいなければ私は幸せだった!』


母親からの、最後別れの言葉


ヘルが彼の記憶から読み取った、忘れたい物。ヘルの最後の抵抗


吹っ切れたなんてただの強がり


聞き流すことなど出来ず、力が抜けていく


過去に何度も嫌なことがあった。その度に恨み言を言われ、一人になって、また出会って、また一人になって


生きていていいのかと思った。存在していいのかと思った。消えてしまいたいと思った


過去が甦る。頭に響くそれは、消えることのない──



「コウ、これを言うの忘れてた」



「……?」



「「誕生日、おめでとう。生きていてくれて、ありがとう」」



「──。」



ジジジジジジジジ…


『アリツさん!先生!大丈夫ですか!?』

『問題ないよ。それよりアリツさん、それは本当かい?』

『はい。だから私も守ります。コウさんが帰ってくるこの場所を』


彼は言った。また来ると



『二人ともいける?』

『こんなもの余裕よ』

『コウがスカイレースを復活させてくれるのよ?ここでやられるわけにはいかないわ!』


彼は言った。協力すると



『会場にまでいるのかよ!』

『マーゲイ大丈夫~?』

『まだまだいけますよ!』

『無理はしないでね。ライブ前に怪我なんてしたら大変なんだから』

『そうだな。コウに、私達の最高のライブを見せるんだからな!』


彼は言った。楽しみにしていると



『全くここにまでくるとは…。面倒な奴等なのです』

『終わったらコウに料理を作らせるのです。でなければ割に合わないのです』

『帰ってきたら大変だな、少年。まぁ頑張りな~よ~』


彼は言った。お礼をすると



『ジェーンは平気か?』

『平気です。無理はしませんけどね』

『そうだよね~。また会った時に心配かけたくないもんね~』

『へっ!?た、確かに、そうですけど…』



『にしても多いな。厄介なものだ』

『あら、珍しく弱気ね蛇の王。ここでやられていいの?』

『フッ…愚問だな』

『そうよね~。彼にまた会いたいもんね?』

『むっ…ま、まぁ、それもそうだが…』




『「おかえり」って、言いたいですから』

『「おかえり」と、言ってやらないとな』



いくつもの出会いがあった。助けて、助けられて。楽しい思い出を沢山作り、貰った



この世界には、もう居場所は出来ていた



彼はもう、一人ではなかった



頭に響くそれは、もう消えていた



彼の手の槍に力がこもる。紅く、碧く、翠に輝き、混ざり合い、白く光る



「──姉さん」


「なぁに?」

「なんだ?」


「──ありがとう」



三人の力を、皆の想いをのせた槍が放たれる



ヘルを貫き、次元の隙間を消し飛ばす



今ここに、戦いの幕は下ろされた

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