第36話 【肢】

 取り込まれて暫く意識を失っていた弐沙は気がつくと、そこは、鬱そうとした雑木林の中だった。


「ここは、神社の裏手の場所か……」


 辺りを見回る弐沙だが、


「いや……違う。ここはあそこよりも道が余りにも整備されてなさすぎる……、ということは一体何処だ」


 すると、ガサゴソと物音が聞こえて、弐沙は咄嗟に木の陰へと隠れる。

 隙間から確認すると、それは、若い女性と青年の二人だった。


「姉さん!」


 青年は駆け足で女性の許へと駆け寄った。


「どうしたの、そんなに急いで」


 息切れをする青年を気遣うように、女性は話しかける。


「……僕の元にも、召集状が来た。一週間後、旅立つよ」


 青年は真っ青な顔ををして女性にそのことを仕えると、まるでこの世の全てに絶望したような表情で青年をみつめる女性。


「う、嘘よ……、一週間前に召集がかかった二人が旅立ったのよ。そんな、この村からそんなに早く、しかも、みそぐが旅立ってしまうなんて……」


 女性はボロボロと涙を流して泣き崩れる。

 その一部始終を弐沙は見ていた。


「……今、女性が青年のことをみそぐと呼んだな……、ということは女性の方は姉のかなえか。ということは」


 弐沙は周りをさらに見回す。早朝に神社の裏へて行った時と地形は似ているが、その時有ったモノ、無くなったモノが混在していた。


「つまりは、過去に……いいや、これは恐らくみそぐの潜在意識の中だろうな」


 冷静にそう判断をする弐沙。


「姉さん、お願いがある。僕が旅立ったら僕のことなんて忘れて幸せになって」


 泣き崩れる姉を介抱しながら、みそぐは囁いた。


「みそぐ、何言っているの。貴方の居ない幸せなんて私にとっては絶望のどん底でしかないわっ! ここまで二人で一緒にやって来たじゃない」

「だからだよ、姉さん。姉さんにはずっと迷惑をかけっぱなしだ。これ以上僕のことを心配することなんて無いんだよ」

「いや! そんなのいやよ! みそぐ……」


 かなえはさらに泣き叫ぶ。


「姉さん……、此処じゃ体に障るから、家にもどろ?」


 みそぐも悲しそうな目をしつつ、かなえを抱えて自宅への方向へと戻っていった。


「随分と姉は弟への依存が強いようだな」


 弐沙はその様子をみて呟くと、


『そう。姉さんはまるでソレが義務であるかのように僕へ愛情を注ぐことが何よりも大切だった。だから、僕は、そんな姉さんに僕のことなんて忘れて、幸せになって欲しかった。召集がかかったとき、姉さんが僕からの呪縛からようやく解放されると思って居た』


 弐沙の背後に先ほど見たみそぐとは相対する白髪の髪をした、頬に赤い線の痣が出来ている青年が話しかけてくる。


「お前は今のみそぐか」


 弐沙の問いに無言で頷く白髪の青年。と、次の瞬間、場所がガラッと雑木林から物置小屋の入り口あたりに切り替わった。

 すかさず、物影へと弐沙が隠れると、間髪入れずに過去のみそぐが玄関から出てきた。

 みそぐは、支給された軍服にきっちりと着こなし、かなえに向かって敬礼をする。


「では、姉さん。この国の為に行って来るよ」


 みそぐは少し悲しげな顔で姉に笑いかけた。


「……出兵か」


 弐沙の呟きに白髪のみそぐは頷いた。


「絶対に帰って来るんだよ。約束して」

「姉さん。その約束は……」


 みそぐが返事を躊躇ってしまっていると、かなえは一つのお守りを託した。


「あれが最初の朱糸守」

『そう。そして、これが僕の地獄の始まりだった』


 白髪のみそぐは悲しそうに言葉を紡ぐ。


「これは?」

「みそぐが帰って来られるように呪(まじな)いを込めたお守りだよ。これで、私とアンタとの間に縁が結ばれたんだ」

「まじない……?」


 みそぐは託されたお守りを見る、紺色の布地で朱色の糸が使われていた。


『こんなご時世だというのに、姉さんはどうしてこんなものを僕に渡してきたんだろうと思った。あと、姉さんは数日前から髪の長さが少し短くなっていて、もしかして、姉さん自身の髪がこの中に入っているんじゃないかと思ったんだ』

「女性の髪には霊力が宿るという。感染呪術の典型的な例だな」

『僕のことなんて忘れて、幸せになって欲しいのに』

「……それだけ、お前は愛されていたってことだ」


 胸が締め付けられるような思いで一連の様子を見ていたみそぐに弐沙はそう諭した。


「このお守りを持っている限り、みそぐは必ず私の元へと帰ってくる。このお守りの作り方を教えてくれた人もそう言っていたわ。だから、必ず帰ってくると約束して」


 まるで、そのお守りに絶大な信仰をよせているかのように、かなえはみそぐの手を痛いと思うくらい握り締める。


「姉さん……、姉さんが其処まで言うのであれば約束するよ」


 みそぐはすこし悲しげに笑う。


『あの時、否が応でも約束をしなければ良かったんだ。約束してしまったから僕は……』

「……あのお守りとの縁が結ばれてしまったってワケか」


 弐沙は目を細めながら、その光景を眺めていた。

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