第37話 【厎】

 するとまた場面は移り変わる。今度は荒れ果てた大地で、その地面には塹壕が無数に掘られていた。


「ここは戦地……か……」


 弐沙は近場の塹壕に飛び降りて、周囲に警戒しながら進んでいく。

 すると、数メートル進んだ先にみそぐの姿があった。

 みそぐは地表へと顔を出し、ぎこちない構えで重機関銃を構えていた。


「ヒトフタマルマル××方面で敵兵を確認せり」

「△△が足りないぞ! こっちに寄越せ」

「オイ、ちゃんと良く狙えよ」


 様々な人間の怒号が飛び交い、弐沙達の横を忙しなく通り抜けていく。


「まさに、激戦地というわけだな」

『僕は戦況が厳しい箇所に送られた。そこはまさに地獄のような場所だった。毎日人が雪崩れるように死んでいくそんな場所で僕は必死に生きていた。でも、ある時、それは起こった』


 みそぐは黙って東の方向を指さす。

 弐沙が目を凝らしてみると、何やら黒いモノが飛翔してくるのが分かった。


「あれは……」

『……なんの変哲も無い、ただの火炎瓶さ』


 みそぐの口調はあくまで冷静そのものだった。

 塹壕に向けられて投げられた火炎瓶は中でパリンと割れ中の者達を焼いていく。


「うぁぁぁぁああああああ!!!」

「アヅイ アヅイ ミズヲ……」

「死にたくない! まだ、しにだくな……」

「ヤメロヤメロヤメロ!!!」


 狭い塹壕でドンドン人が燃えて黒く染まっていく。


「酷い有様だな」


 みそぐの潜在意識の中なので熱さは感じられないが、見ている弐沙は熱さを感じているような仕草を取る。


「焼死は免れたとしても、炎の熱さで蒸し焼きのようになって死んでいった奴も多いだろう」

『次々に焼かれていく仲間を目撃して、怯えた僕は姉さんから貰ったお守りを握り締めて必死に塹壕を走りぬけてここからの逃走を謀った。でも、塹壕内の温度も相当な高さで、熱に浮かされて途中で力尽きたときだった。外から塹壕を覗き込んでいる敵兵の姿が見えたんだ』


 みそぐの言葉で場面が転換する。弐沙が上をみると、まさに銀髪の兵士二人が過去のみそぐを指差して何か叫んでいる様子であった。


「うっ……誰か、み……ず」


 熱さで倒れたみそぐは必死に空に向かって手を伸ばして救いの手を求めていた。

 だが、



 サグッ。



 敵兵は塹壕に倒れていたみそぐの心臓を軍刀で一突きしたのだ。

 みそぐは何が起こったのか分からないままうな垂れるように絶命した。


『僕はあの時死んだんだ。なのに、僕は……』


 白髪のみそぐは段々表情が険しくなっていく。

 みそぐが絶命して数分後、軍刀でトドメをさした敵兵が塹壕の中へと降り立つ。

 敵兵は二人して何か話しているようだが、異国語のため内容を把握することが出来ない。


「こんなとき、怜が居たらあっという間に翻訳してくれるのだがな」


 そんな事を考えつつ弐沙は敵兵たちを見ていた。

 すると、いきなりみそぐの体が動いたのだ。敵兵のほうもそのことに気づいて何か怒号を混じらせつつ、軍刀でみそぐの体を斬りつけていく。

 しかし、その傷は一瞬で治癒していく。

 それに敵兵は驚いて、涙目で何かを訴えつつ、へっぴり腰で塹壕を駆け抜けていった。


「ボク……ハ……ドウシテ」


 みそぐはすっと目を開く。その眼には生気は全く宿っておらず、真っ黒に染まっていた。

 そのままみそぐは地表へと上がる。


 其処には数十人ばかりの敵兵がみそぐに向かって銃を構えていた。


 それを見据えつつ、みそぐは敵兵に向かって歩みを進める。

 敵の指揮官らしき人物が手で何やら合図をすると、一斉に銃から破裂音が聞こえ、みそぐに向かって銃弾が発射される。

 銃弾は幾度となく歩くみそぐの体を掠める。すると、まるでテクスチャが剥がれていくかのように、みそぐの表面の色が変わっていく。

 それは次第に例の異形の姿へと変貌したのだ。


「ボクハ……ドウシテ」


 完全に異形の姿へと変わってしまったみそぐに敵兵は震え上がり、銃を捨てて戦線を離脱しようとしたが、異形となったみそぐの手が敵兵達をまるで虫でも潰していくかのようにプチプチと叩いていく。


「ドウシテ……」


 気が付けば、みそぐの周りには沢山の死体があり、彼以外で生きている者は居なくなっていた。


「カエラナキャ ネエサン ガ マッテイル」


 うわ言のように『カエラナキャ』と呟くみそぐは這うように移動しながら消えていった。


『敵兵に刺され、いつの間にか、このお守りに入っていた“核”が僕の中に植え込まれた。そしてその力により、僕は異形となったんだ』

「かなえの願いを叶えるために、お守りの“核”が作用した……か」


 弐沙はそう分析する。


『その後の記憶は殆ど無い。気が付けばあの姉さんと共に暮らしていた家に帰っていた。すると、姉さんはこんな姿になった僕でも大層喜んでくれたんだ』

「それは、朱禍によるまじないによって、かなえにとって都合のいい姿を見せていたからだな」


 弐沙の問いかけにみそぐは頷いた。


『それから姉さんと再び暮らせるようにはなったけど、僕の正気は一日で二時間くらいしか保てなくなっていた。それ以外の時間を“禁忌の刻”として姉さんには近づかないように頼んだんだ。僕が何をしでかすか分からないからね。それに漬け込んで朱禍は僕を意のままに操っていた。自分の力を増幅させるためにドンドンと朱糸守を作らせていた』


 場面は暗い物置小屋に切り替わり、異形の姿になったみそぐがうな垂れている光景が投写される。


「……」

『もう、疲れたよ、僕は。姉さんは僕と一緒に幸せになることをお守りに願ったんだろうけど、こんな姿の僕じゃ姉さんとは幸せになれない、なれるはずが無い』

「……そうだな」


 弐沙はまっすぐみそぐの顔を見る。


『でも、それも終わりみたいだ』


 みそぐが呟くと、みそぐの口からつーっと血が垂れた。


「……!?」


 その様子に弐沙がぎょっとする。


「お、お前……」

『誰かが僕のことをバラバラにしようとしているみたいだ。もしかしたら君を助けようとしているのかもね』


 みそぐの体はボロボロと無くなっていく。


「お前はそれで本当にいいのか? 悔いは無いのか?」

『悔いなんて言っていたら、また“核”が僕のことを生かしてくるだろう。だから、悔いなんて無い。ただ、姉さんに伝えて欲しいことが有るんだ。伝言頼めるかな?』


 みそぐは弐沙の耳元で何やら言葉を囁いた。


『********』


「……確かにことづけ賜った。伝えておこう」

『ありがとう。朱禍はなかなか僕の次に骨が折れるだろうけど頑張って』


 みそぐはそう言うとまるで溶けるかのように消えていった。

 そして、眩しいくらいの光に包まれて、弐沙は思わず目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る