第35話 【諮】

 弐沙はぎゅっと目を瞑るが、いつまで経っても新たな痛みがやってくることは無かった。

 すっと目を開けると、弐沙の体の寸前のところでみそぐは動きを止めていた。

 しかし、彼の眼はじっと弐沙を捕らえているままだ。


「何しているんだ、さっさとやれ」


 動きが止まったことを不審に思って、すぐに朱禍が命令を下すが、それでも、みそぐは動こうとはしない。

 その時だった。


「弐沙!」


 物置小屋の引き戸が勢いよく開かれて、外から怜が帰ってきたのだ。

 すぐに弐沙のところへと駆け寄る。


「やってみたが、十五分も持たなかったな」

「弐沙なら、コレくらいで十分健闘したほうなんじゃないかな? ところで刺さってるけど、痛くないの?」

「……痛いに決まっているだろ」

「なら良かった。痛覚までなくなって遂に人間じゃなくなったかと思ったから。抜かせてもらうよ」


 怜はそう言いながら、弐沙の腹部に突き刺さっている触手を引っこ抜く。

 弐沙は余りの痛さに表情を歪ませ、腹部からは大量の血が流れる。


「もっと優しく抜けないのか?」

「おや? 弐沙は気持ちよく抜いて欲しかったの? 変態さんだねぇ」


 怜は頬に手を当てて恥ずかしがるようなポーズを取る。


「怜、後で覚えて居ろよ?」

「おー、怖い怖い。後で大目玉を食らわないように、此処でバシッと活躍しとかないとねぇ」


 ニヤリと朱禍に笑いかける怜。


「あー、それと。あのおばあさんならちょっとある所に閉じ込めさせてもらったよ。多分暫くは起きないかな? ところで、このバケモノは一体なんだったの?」


 怜は動きの止まっている異形を指差した。


「元人間で、みそぐそのものだそうだ」

「あー、なるほどねぇ……ところで、なんでコイツ動き止ってんの?」

「ボク……ハ……」


 怜が訊ねたその瞬間、みそぐのところどころある口たちが動き出し、声が不協和音を奏でる。


「わっ、コイツいきなり……」

「……」


 その光景に怜は驚くが、弐沙は黙ってみそぐを見つめるだけであった。


「ボクハ……キエタイ」


 そう呟くみそぐの無数の眼はどこか虚空の一点を捕らえる。


「チッ……正気になりおって」


 朱禍はそう吐き捨て、舌打ちをした。


「コノスガタ……ネエサンニ キラワレル ダッタラ ボクハ……キエル……ウッ」


 次の瞬間、口から再び子を産むみそぐ。

 子らはまるでみそぐを護るかのように、弐沙たちに飛び掛ってきた。


「うわっ、もう、小さいのが鬱陶しい」

「恐らくは、みそぐに植えられている呪いの“核”がみそぐの体内で増幅されて、体内から出ているんだ、まるで産卵するかのように。取り憑かれたら呪われるぞ」

「え、ちょ、それを早く言って!」


 怜は慌てて、手近にあった長い棒を縦横無尽に振り回しつつ、子らを蹴散らせて行く。

 弐沙はというと、半分に折れた模造刀の持ち手側を持ち、飛び掛る子らを断ち切り、朱禍を睨んだ。


「朱禍、質問がある。朱糸守の中身はコレか?」


 折れた刀で斬られた子らの残骸を指す。


「さすがだね、ご名答。あのお守りの中身はコイツらの死骸だ。生まれたてを丁寧に潰して出来たモノ。袋の中に入っているときはこれと言って作用はないが、袋の中を開いて、人がソレを視認したとき、始めてのろいのシステムが完成する。普段ならお守りの中身なんて滅多に覗かないが、あえて『見るな』と警告することで、見たくなるように人間心理が働くように仕向けた。どうだ、すごいだろ?」

「いかにも、あくどい奴が考えそうなシステムだな。それで何人ものろい殺されているのは確かだが」


 弐沙はそう悪態をつく。


「弐沙、君にもその任を担ってもらうよ? 永久にね?」

「先ほどから言っているが、お断りだ」


 すっと、弐沙の視線がみそぐに向けられる。


「みそぐ、今楽にしてやる」


 みそぐに向かって歩き出す。


「ケシテ……ボクヲ ケシテ」


 そう嘆くみそぐの近くへと歩み寄り、折れた模造刀を両手で構える。


「……これで、終わりだ」



 ザクッ。



 優しく弐沙が呟いて、模造刀は深くみそぐの体へと突き刺さった。

 すると、その瞬間。パンッと何かが弾けるような音が聴こえ、

 みそぐの体はまるで弐沙を包むかのように覆われていく。


「な、なんだ」


 その光景に、弐沙は驚愕の表情を浮かべる。


「あははははは! そんなにすんなりとソイツを倒せるとでも思ったの? 弐沙、君はこれから取り込まれてみそぐの“核”の養分になってもらうよ」


 不気味に笑う朱禍。そして、


「弐沙!」


 恐ろしい剣幕で飲まれようとする弐沙を追いかける怜。

 しかし、時既に遅く、


「れ……」


 弐沙は混沌の異形の中にへと取り込まれてしまったのだった。

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