第34話 【刺】

「へぇ、君が相手になってくれるのか? コイツの相手は少々骨が折れるぞ?」


 朱禍はニヤリと笑う。


「お前の知っている通り、私はちょっとやそっとじゃ死なないからな。ソレの相手は私が適任だろう。その前に、ソレは一体何なんだ」


 そう言って、弐沙は例の異形を指差した。


「コレかね?」


 朱禍はその異形の体を撫でる。異形は『ネエサン……ネエ……サン』とうわ言のように呟くだけだ。


「君たちには真実の姿しか映っていないが、コレは“結ヰみそぐそのもの”さ。さすがに、実の姉のかなえにこのような姿を見せてしまうのは酷だからね。かなえには自身が望む“みそぐの姿”が見えるようにしたのさ」

「神主そのものだと……?」


 弐沙は怪訝そうな顔をする。


「では如何にして、神主はそのような姿になったのだ?」

「かなえはあの時、あの最初のお守りに弟が無事に帰って、二人幸せに暮らせることを願った……」


 まるで我が子を慈しむかのように、朱禍はみそぐだったモノを撫でる。


「だから、かなえはその願掛けの代償として自らの髪を、私は願いを確実にするためにあの最初のお守りに一つの“核”を入れた。そして、その願いは叶い、みそぐはあの中でただ一人生き残った。そして、二人は今の今まで幸せに幸せに暮らしてた。そういう簡単な西洋で言うところの魔法みたいなものだよ」

「その核のせいで、神主の体が人間から異形に化けたというのなら、それはもう願いでも何でもないのではないか?」

「いいや、願いさ。俺はその願いを聞き届けてやったんだ。真を隠した“まじない”としてな」

「お前の言葉を引用して反論するならば、これは幸せを騙った“のろい”だ。朱禍、お前の方法じゃ誰も幸せにはならないぞ」


 弐沙の言葉にククク……と嗤いだす朱禍。


「何がおかしい?」

「誰も幸せにならないだって? そりゃ、そうだよ。俺は呪うことで力を得ることが出来るんだもの。だから、このままみそぐを起点に呪って呪い続ければ俺の力は永久的に得ることが出来るんだ。ずっとね」

「お前は最低な奴だな」


 弐沙は手元にあった、模造刀を手に取る。


「そんな最低な奴にアンタは負けるかもしれないんだよぉ。それはそれで屈辱的じゃないかな?」


 ニヤニヤと嗤う朱禍はみそぐに寄ってこう囁いた。


「さぁ、約束を果たすときだ。目の前の奴を倒せ。そうすれば君のネエサンは幸せになれるぞ」

「ネ……ネエ……ネエサン……うぉぉおおおおおおおおお!!!!!!」


 朱禍の言葉を聞いて、みそぐは凄い速さで弐沙に飛び掛ってくる。

 それを瞬時に避け、みそぐの懐に潜り込もうとするが、無数にある目は即座に弐沙を捕らえ、触手部分が弐沙目掛けて振り下ろされる。


「くそっ!」


 弐沙は模造刀を抜き、触手の攻撃をなんとか食い止める。


「神主、みそぐ、よく聞け! お前は騙されているんだ、その鬼に」

「無駄だよ。今のコイツには正気なんてもんはあったもんじゃない。純粋なバケモノさ」


 クツクツと嗤う朱禍にチッと舌打ちをする弐沙は、次々くるみそぐの攻撃を何とか避けていた。


「物置小屋が狭いのもあって、コレは十五分も持っていられるか……なっ!」


 ドスンと重い攻撃を喰らい、歯を食いしばりながら攻撃を耐える弐沙。

 そんな中、模造刀は数多の攻撃の衝撃により歪み始めた。


「コイツもこれ以上持つか否か」


 弐沙はそう吐き捨てながら立ち上がる。


「正気に戻らないのなら、意地でも戻してやる」


 再び刀を構える。


「へぇ。タフなだけあってしつこいねぇ」


 感心した様子で朱禍が言う。

 その朱禍の顔を見て、弐沙はみそぐに向かって走る。



 と思いきや、弐沙は急に方向転換をして、ターゲットを朱禍へと変えた。



「お前が居なければ正気になるかもしれないからな」

「なっ……」


 まさか、自分のところへやってくるとは思わなかったという顔で朱禍は目を見開いた。


「どうせお前もすぐには死なないのだろ? 気絶くらいはしてもおうか!」


 弐沙はそう言って、刀を思いっきり上に振り上げ、

 振り下ろした。



 しかし、



「俺がそんなこと想定してなかったとでも思ったか?」


 ニタァと不気味に朱禍が笑ったと思いきや、

 みそぐの触手が弐沙に向かって振り下ろされる。


「くっ……」


 弐沙は刀で防ごうとするが、



 パリン。



 模造刀が衝撃に耐え切れずとうとう折れた。


「くそっ」


 そしてその刹那、弐沙の腹部にみそぐの触手が鋭く突き刺さる。


「ガッ」


 衝撃により、吐血する弐沙。


「何事も臨機応変って大事だよね? 常に不測の事態には備えておかないとね」

「……鬼め」

「ああ、鬼だとも」


 睨み付ける弐沙に飄々とした態度を取る朱禍。


「さて、弐沙。ここまで君に俺から贈り物を贈ってあげるよ」

「……なんだ」


 ゴホゴホと血を吐きながら朱禍に問う。


「君に、この“核”を植えてあげようかと思って」

「私にアイツみたいなバケモノになれというのか?」

「普通の人間ならこうなっちゃうけど、君なら大丈夫だよ。だって、君、もう人間じゃないじゃないか」

「……」


 無言で朱禍の言葉を聞く。


「だから、君は君のままでのろいの機構の媒体となるのさ。素晴らしいと思わないか?」

「フン。私を実験体扱いか。そんなの、お断りだな」


 そう吐き捨てる。


「しょうがないな。じゃあ、少し眠ってもらおうか? みそぐ」


 朱禍の合図でみそぐはさらに鋭く尖った無数の触手を弐沙の全身に向ける。どうやら串刺しにする算段らしい。


「……みそぐ、お前はそれで本当にいいのか?」


 みそぐに語りかけるような真剣な眼差しで目の前の異形に問う。


「さっきも言っただろ? みそぐは今正気を失っていると」

「言葉にし続けたら届くかもしれないだろ? 本当にソレでいいのか? バケモノにされてまで姉との幸せに縛られなければならないことなんて無いだろ。例え苦しい時が多くあったとしても、一瞬でも幸せだったという事実があればそれでいいのではないのか?」


 じっとみそぐを見据える弐沙。


「お前の今の幸せは全てがマヤカシだ。鬼に唆されて永遠に人を呪い続けて得られる幸せなんてありはしない。そんなのは狂っている。だから、目を覚ますんだ」


 弐沙の問いかけにみそぐは答えようとはしない。


「ダメだったみたいだな。じゃあ、少しの間お別れだ」


 冷ややかな視線で弐沙を見る朱禍、そして、


「やれ」


 朱禍はみそぐに攻撃命令を下し、無数の触手が弐沙目掛けて降り注いでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る