第33話 【示】

「夏陽、お前……」

「どう、俺がこっち側だっていうことに驚いちゃったかなぁ?」


 夏陽はケタケタと弐沙に向かって嗤う。


「いや、元よりお前は本性が掴めなかったからな。それに、村で唯一神主の姿を見ているという時点で怪しんではいた。神社サイドの人間だとな」

「へぇ。一般的な若者を演じていたというのに、バレちゃってたかぁ……ざぁんねん」

「……ってぇ……」


 夏陽が残念そうにしている中、怜が頭を抱えながら起き上がる。

 すかさず弐沙が怜の許へと駆け寄る。


「大丈夫か?」

「うん、ちょっと油断しちゃったかなぁ。頭を思いっきり打った。意識はハッキリしてるから大丈夫だけど……、今のこの状況はちょっとピンチの予感かなぁ?」


 怜はズボンのポケットからハンカチを取り出して、自分の額を縛る。


「やぁ。頭を思いっきり打っているというのにすぐに起き上がるだなんて、凄いじゃないか。えらいえらい」


 夏陽はまるで怜を子ども扱いでもするかのように褒める。


「夏陽、答えろ。お前は誰だ。そして、隣にいるソレはなんだ」


 弐沙は夏陽の隣で低い声で呻いている生き物を指差す。

 夏陽はぱちくりと瞬きをして、生き物を見る。


「あぁ。君達にはコレの“真実の姿”しか見えてないんだね。道理で物置小屋の入り口で立ち止まっていたと思ってた。なかなか入らないから俺が切欠を作ってあげたわけなんだけども。コレの正体の前に、俺の正体について話さないとねぇ」


 夏陽は何処かから布切れを取り出し、眼の周りを覆う。すると、みるみるうちに夏陽の金髪が赤色に染まっていく。

 服もいつの間にか洋服から和服へと変わっていた。

 そして、頭部には角が等間隔に三本生える。


「……お前、鬼か?」

「そう、その通り。改めまして、初めましてこんにちは不老不死の者よ。俺の名前は朱に禍々しいと書いて“朱禍”というモノ。鬼神おにがみだよ」


 口角を上げて朱禍は挨拶をする。


「私のことを不老不死ということを知っていたのか」

「そんなの初めて会った時から感じていたよ。だから、次の日にちょっと試しに糸を巻きつかせて見た。見事俺の考えは的中したから、嬉しいよ」

「あの時の糸はお前の仕業か」


 そうだよ。と朱禍は言う。


「嗚呼、それにしても君ののろいは珍しいタイプだね。一般的にはのろいというモノは、対象にマイナス方向に作用するものが多いが、弐沙の場合は不老不死というプラスの方向に作用している。呪った奴の顔が見てみたいもんだよ。興味本位だけど」

「私にとっては、それがマイナスになっているけどな。話は脱線したが、朱禍、答えてもらおうか? その生き物はなんだ」

「あぁ、コレはね……」


 朱禍が説明をしようとしたその時だった。


「貴方たち、こんな時間に神社の敷地内で何をしているんですか」


 声がして振り向くと、そこにはかなえの姿が其処にあった。


「何をしているかと聞いているん……みそぐ!!」


 かなえは一目散に蠢く生物の許へと駆け寄って抱きしめた。


「ま、まった……それが、神主だって……」


 その様子を見た弐沙が目を見開く。

 かなえは、その気持ち悪く醜い蠢く物体を実の弟の名で呼んだのだ。


「みそぐ、苦しそうだけど大丈夫かい? 私の弟に何をしたんですか、こんなに苦しそうに弱ってしまって」


 かなえは弐沙達に向かって叫ぶ。

 その周りには先ほど異形が生んだ子たちがわらわらと群がったままである。


「もしかして、お前は見えてないのか……ソレらが……」

「……何の話ですか? それより、答えてください。みそぐに何をしたんですか。みそぐ、大丈夫かい?」

「ネエ……サン……ネエサン」


 異形は必死に言葉を紡ぐ。


「彼女は君たちとは全く違うものに視えている。可愛い可愛い弟の姿にね」


 朱禍はそう語る。


「朱禍、どういうことですか。こんな時間に人が乗り込んでくるだなんて。貴方にみそぐのことを任せたはずですが」

「いやぁ。まさか深夜に忍び込むとは思わなくてな。ああ。そういえばかなえ、今の時間分かっているか?」


 朱禍は八重歯を見せてかなえに告げる。



「……禁忌の刻だ」



「……あ」


 かなえは思い出したように目を見開く。その刹那、床に転がる子らが一斉にかなえに向かって飛び込んできた。


「禁忌の刻は誰も近寄ってはならないと言っただろう? おしおきだな」


 かなえがソレによって取り込まれそうになる前に、怜がかなえを寸前のところで助ける。


「おっと、惜しかったねぇ」

「間に合った……ふぅ」


 しかし、


「離してください! 私とみそぐを引き剥がさないで」

「っつ……」


 ドンと怜を突き飛ばして、かなえはみそぐの許へと戻っていく。


「お前、本当にソレが実の弟だと本気で言っているのか?」


 弐沙はまるでかなえに警告するかのような口調で話す。


「何を言っているのです。これは弟なんです。戦場へ帰ったままの姿で老いはしていませんが、私のかけがえの無い最愛の弟なんです!」

「その“醜悪に蠢く物体”がお前の弟だと本気で聞いているんだ」

「……え?」


 かなえは弐沙に言われてみそぐの方を見る。其処には最愛の弟の姿は既に無く、


 無数の眼がかなえを捕らえる異形の姿が其処にあった。


「何、このバケモノは! みそぐは一体何処へ消えたの!? みそぐ、私の弟を返して!!」


 バケモノから咄嗟に離れ、弐沙の方へとやってくるかなえ。


「あーあ、誰かさんの余計の一言で彼女にも真実が視えてしまったじゃないか」

「お前……」


 弐沙は飄々としている朱禍を睨む。


「……どういうこと?」

「ネエサン……ボク ハ ココダヨ」


 異形はかなえを呼ぼうと言葉を発する。


「アンタにはアレが先ほどまで人間に見えていたかもしれないが、真実はアレだ」

「嘘よ! みそぐはきっと何処かへ連れ去られたのよ! そうにきまっている。みそぐを返して!」

「ネエさん……ボクが ミエなイノ? みそぐダヨ……ネエサン サビシイヨ」

「かなえ、みそぐが呼んでるぞ? 行かなくていいのかぁ?」


 ニヤニヤと朱禍が嗤った。


「みそぐ……みそぐ……」


 その声に釣られるかのように、かなえは歩みを進めようとするが、必死に弐沙が引き止める。


「早まるな! 近づいたら何が起こるか分からないんだぞ!」

「離して! みそぐが呼んでいるの! 私行かなきゃ!!」

「死ぬかも知れないんだぞ!」

「私がみそぐのために死ねるのならそれは本望よ!」


 かなえはそう言って弐沙を睨んだ。


「……怜、起きてるか?」

「なんとか……ね。あちこち痛いけど」

「命令だ、神主代行を安全な場所へ隔離してこい」


 弐沙はかなえを取り押さえながら怜に命令する。


「わかった」

「離して! 私はみそぐの許へ……」

「……少し黙ってて」


 怜はかなえの首目掛けて手刀を当て、かなえを気絶して肩に背負う。


「行って来るけど、どれぐらい持ちそう?」

「……なんとか凌いで十五分くらいだな。私は戦闘要員ではないのでな」

「……わかった。なんとかその時間までには間に合わせる」


 怜はそう言ってかなえを抱えたまま物置小屋を出た。


「おっと、逃げられたか」


 朱禍は心底残念そうな声を出した。


「しばしの間、私が相手だ」


 弐沙はそう言って朱禍を見据えた。

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