第32話 【媸】
ギラリと光る無数の眼と歯をむき出しながら奇声を発する口、そしてうねうねと動く触手。
物置小屋全体をそんな異形の影が蠢いていた。
そんな光景に、弐沙はまるで足を地面に縫い付けられたかのように動けないでいた。
「弐沙、どうした……っ!?」
立ち止まっている弐沙を心配して、怜が小屋の中を覗き込み、驚愕する。
「何……アレ……? 人間なの……? うっ」
蠢く影を直視して、怜が吐き気を催す。
「余り直視しすぎると、当てられるぞ」
「それを早く言って……ううっ……気持ち悪い」
手で口を押さえながら必死で吐き気に耐える怜。
「アレは流石に人間ではないだろう」
「じゃあ、何」
「……分からない。私も長年生きてきて一度も見えたことがない生物だ。人間でないことは確かなくらいだな」
「海外のSFとかに居そうな感じはするね」
顔に冷や汗を垂らしながら弐沙が向こうの様子を伺う。
「あんなに眼があるのに、こちらの様子には気づいていないようだな。私達が暗闇に紛れているからか」
「かもねー。あ、何かあの生き物が苦しそうにもがき始めたよ」
怜が弐沙にボソッと呟く。
建物の中にいる影は、ビタンビタンと激しく蠢きながらもがき苦しむような動作をする。そして、
「ア゛ア゛アアアアアアアアアア」
呻き声をあげながら床にビシャビチャと何かを吐き続けていた。
それと同時に周りには鉄くさい臭いが一気に充満する。
「うっ……アイツ、血でも吐いてるの?」
余りにも血の臭いがきつくて、怜は口と鼻を手で塞いで、眉をひそませる。
しかし、弐沙は目を見開いてアレが何かを吐き続けている様をずっと見ていた。
「……弐沙?」
「ち、違う、アレは血を吐いているものなんかじゃない……」
次第に弐沙の顔が青くなっていく。
「……自分の子どもを……生んでいるんだ」
そういう弐沙の唇はカタカタを震えていた。
そう言われて、怜が床をじっと見ると小ぶりのソレが無数に床に転がって蠢いていた。
わらわらと密集するソレ。
「小さいのが沢山増えてる……うっ……」
怜は再び吐き気がぶり返す。
「一体なんなんだアレは……」
「弐沙が怖がるってのも珍しいけど、これは怖がらないほうがオカシイや……」
「あぁ、アレは、常識の範囲をとっくに超えている」
なおも、ソレはビチャビチャと床に自らの子を生み出していく。
子はまるで親がスグにでも分かったかのように大きいソレに縋り群れを成していた。
「コレが、私達が見ている悪い夢ならいいんだがな」
「今ごろ現実の俺たちは宿泊先で熟睡している時に見ている夢ならいいんだけど……、残念ながら」
怜は自分の頬を少々強めに抓る。
「痛い。夢じゃないみたいだ」
「しかし、このまま立ち尽くすわけにも行かない。乗り込まないといけないな」
「そうだね」
弐沙と怜が意を決して小屋の中に入ろうとしたとき、
「やっと追いついた」
背後から声がして二人は驚愕し、振り返る。
其処には夏陽の姿があった。
「夏陽、なんでこんな時間にお前が居るんだ」
「それはこっちのセリフだよ。寝付けないから散歩してたら二人が神社の方向へ消えていくのが見えたから、夜道は暗くて危ないし熊も出るかもしれないからって慌てて追いかけたんだよ。雑木林は暗くて苦労したよ、本当にもう!」
そう言って夏陽はプンプンと怒る。
「私達の心配はいいんだ。何かあれば自分らで対処できる」
「それならいいんだけど? ところで小屋のところで突っ立っていたけど、何見てたの? 俺にも見せろよ」
二人だけずるいぞと言いながら夏陽は小屋の中へ侵入しようとする。
「あ、待て、その中は……」
弐沙達が夏陽を引きとめようと、物置小屋の中へ足を踏み入れた。
すると、その刹那
怜の体が吹っ飛び、壁へ叩きつけられた。
「怜?」
弐沙は何が起こったか分からず、怜が飛んだほうをゆっくりと見た。
そこには頭から血を流して気を失って倒れている怜の姿があった。
「おや、やっぱり普通の人間は脆いんだねぇ。ものの数秒も持ちやしない」
そう言って嗤うのは、
バケモノにぴったりと寄り添う、夏陽の姿だった。
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