第31話 【吱】
それから三日後の深夜三時。弐沙達は神社の裏手にやって来た。
やはり裏手のほうには街灯がなく、道は真っ暗で何も見えない。
「怜、本当にこの道へ大丈夫なのか?」
「もう、ソレを確認するの何回目? 大丈夫だって。弐沙は見えないかもしれないけど、俺はちゃんと暗闇でも見えてるから」
夜目が効く怜が弐沙の手首をグイグイと引っ張りながら道を進んでいく。
「私を誘導しているフリをして奈落落そうとするなんてことは考えてもするんじゃないぞ。怜が得をしないからな」
「得をするもしないも、俺は弐沙にそんな事はしないから安心しなって」
やれやれという風に怜が言う。
「ならいいんだが……それにしても、あの日の夏陽はよくベラベラと話したな」
暗闇の中をザクザクと地面を踏みしめつつ、弐沙は夏陽が乗り込んできたときのことを思い出す。
『っでさぁー、お酒を持っていったらたくさんの女の子に囲まれて最初はビックリしたんよー』
上機嫌で夏陽が怜の肩を叩く。
『いたいなーもー』
『あ、悪い悪い。そういえば、あの時も社務所が沢山の参拝客が居たから、物置小屋に注文貰ったお神酒を置こうとしたら、かなえさんが血相を変えて飛び出してきたときはビビッたなぁ……、日陰だったから置くのには丁度いいと思ったんだけど、ダメだって断られてさ、まぁ、飛んできたついでに受け取ってもらえたけど、不思議じゃね?』
ずずいっと夏陽は弐沙の目を見る。
『何故、私を見て言うんだ』
『だって、弐沙ってそういう勉強してたんだろ? 村のおばちゃんたちから聞いたぜ。何か神社の作法とかでダメな奴なのかなぁ』
『特に駄目ということでは無いと思うが。神社によってマチマチだから一概には言い切れないがな』
『そういうものかー。あ、そう言えば、キンキのなんとかっていう言葉もかなえさん言ってたなぁ』
夏陽は何かを思い出したように話し始めた。
『キンキ? 禁じられて忌むと書いて禁忌か?』
『そんな漢字のような気がする。禁忌のじかんがなんとか? で、みそぐさんとは一日に数時間しか会えないって俺に愚痴ってたことがあったんだよー。なんだったんだろうなぁー』
んー、と夏陽は考える。
『お守り作っているときは誰も入らせないとかそういうモノなんじゃないのか?』
『あー、そうかも。弐沙、お前って頭いいんじゃん!』
夏陽はワシワシと弐沙の髪を撫でながら乱れさせた。
『やめろ。……ということは、神主代理は神主と一緒にいる時間には制約があるのか。夏陽が神主に会ったっていうのも、その時間以外だったのか?』
『ん? そうみたいだねぇ。普通にかなえさんもいたし』
『なるほど、もし神主に会いたいといえば、その時間を神主代理に聞くことにしよう』
『ソレがいいかもねー』
夏陽はニヤリと笑った。
「本当にピンポイントに俺らの聞きたいことばかり話すんだもん。夏陽は相当なお喋りな奴なのか、それとも……」
「私たちを貶める罠なのか。それを確かめなければな……」
ハァハァと息を切らしつつ、弐沙は導きを元に道を辿る。
「おっと、弐沙、そこ気をつけてね」
「ん? のわっ!!」
いきなり足がガクンと落ちて、前のめりにこけそうになる弐沙。それを間一髪で怜が支えて難を逃れる。
「ちょっとした窪みがあるから、歩くの気をつけてねー。って」
「お前は、主語と述語をハッキリと言え」
「わー、ごめんごめん。あ、そろそろ神社に着くよ」
よいしょよいしょと小声で掛け声を言いつつ、怜が上りきると、続いて手を引かれている弐沙が神社の中へと到着する。
「物置小屋は……あっちだね」
未だ暗闇の中で怜が感覚を研ぎ澄ませて、物置小屋のある位置を指差す。
すると。何処からか呻き声のような音が微かに二人の耳に入った。
「……呻き声?」
「位置的には物置小屋の辺りだねぇ。何の呻き声だろ」
神社の中に入ったので、出来るだけ神社関係者に見つからないように物音を立てず物置小屋へと向かう二人。
小屋へ向かうたびに呻く声は徐々に音が大きくなっていくような気がした。
「小屋の中に何かいるのか? 声から察するに人間のような感じでは無さそうだ」
弐沙が呻き声について考察していると、怜はいきなり立ち止まったので、怜の背中にぶつかる。
「おい、いきなり止まるな。暗くて何も見えないんだから」
「……いがする……」
「え?」
そう言って弐沙が覗き込んで怜の顔を見ると、彼の目つきが変わっていた。
「……怜?」
「この物置小屋から血の臭いがする」
そういわれて、弐沙は嗅覚を済ませて臭いをかぐと、錆び臭い臭いが鼻についた。
「本当だ。血の臭いだ」
弐沙はゴクリと喉を鳴らす。
「弐沙、準備はいい?」
真剣な目つきで物置小屋の戸に手をかける怜。
「あぁ、いつでも大丈夫だ」
弐沙の合図で怜は物置小屋の扉を開けた。
すると、
「な……んだ……これは……」
弐沙の眼に映ったのは、暗闇に蠢く異形の影だった。
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