第20話 【絑】
***
みそぐは私が十三の時にやって来た父親の再婚相手の五歳差の連れ子だった。
母が死別してすぐに連れてきた新しい母のことは好きになれる気は無かったが、何故かみそぐのことは嫌いになることは無かった。
「姉さん」
私のことを姉と慕い、後ろを付いて来るみそぐが愛しくて仕方なかった。
私が十八になったある日、両親は二人とも事故にあって他界した。
呆気ない最期だった。家には私とみそぐが残された。
「姉さん。これからどうすればいいのかな?」
両親が居なくなったことで途方に暮れている、まだ中等部で幼いみそぐを私はそっと抱き寄せた。
「姉さん?」
「みそぐのことは私が守ってあげるからね。これからは姉弟二人切磋琢磨で頑張っていこう」
私の言葉にみそぐは静かに頷いた。
それから、私は姉として母としてみそぐに尽くしてきた。
私のみそぐに対する愛情は母性なのか、それとも……。
姉弟だけの生活を村の人たちは様々な支援で助けてくれた。
二人の順風満帆な生活は続いて未来永劫続いていくものだと私とみそぐは信じていた。
しかし、そんな幸せな生活を一瞬にして争いが奪っていった。
村では男性たちがどんどん戦いに駆り出されていく。
それはみそぐも例外ではなかった。
みそぐ宛に届けられた一通の手紙。それが私達の間に亀裂をもたらす。
何故幸せな時間が続かないの? 私とみそぐが一体何をしたっていうの?
そんな感情に苛まれつつ、私はみそぐが無事で帰ってこられるように、家の裏手にある小さな祠で願掛けをしていた。
そんな時だ、あの青年がやってきたは。
「やぁ。こんなところで何を拝んでいるの? こんなご時勢に」
青年はニコッと私に笑いかけてきた。
「……弟の出兵が決まったんです」
「それは喜ばしいことじゃないか。おめでとう!」
「私は嬉しくありません。血は繋がってなくても大事な弟なのです。だから、こうして無傷で帰ってきてくれるように祈っているのです」
そう言って私がさらに祈っていると、青年はこう私の耳元で囁いたのだ
「では、俺がとっておきの
その言葉が私にとって何よりも甘美に感じられた。
それが地獄への第一歩とは知らずに。
青年の言う通りに作ったお守りをみそぐに持たせた結果、みそぐは無事に帰ってくることが出来た。無傷で。
これで幸せが再び戻ってくると思っていた。
だけどもそれから訪れたのは……。
***
「姉サン……?」
ぼぅっとしているかなえをみそぐが揺り起こす。
「え? あぁ、みそぐ。ゴメンね、姉さんったらぼぉっとしちゃって今日は特別忙しかったから疲れちゃったのかしら?」
いやねぇと言いながら、かなえはみそぐに心配をかけさせないようにしているつもりだったが、
「何カ、アッタノ?」
やはり姉のことが心配なのだろうか、みそぐは心配そうな顔でかなえを見ているような気がした。
「本当に何もないのよ。みそぐと幸せに暮らせるのなら、なんだって乗り越えて見せるわ」
そう言ってみそぐを優しく抱きしめた。
「姉サン、ソロソロ、時間……」
みそぐに言われて時計を確認すると、もうこの部屋に入って三十分も経過していた。
「今日は長居してしまったわね。じゃあ、みそぐ。おやすみなさい。愛しているわ」
そう言ってかなえは物置小屋の重い扉を閉める。
「ネエサ……ネエサン……」
みそぐはうわ言のように呟く。
「モウ、イヤダ……」
そう呟いた後、みそぐは床に向かって思いっきり嘔吐を繰り返す。
涙や涎、鼻水などの体液などと一緒に何か黒く蠢くものが床に広がる。
「イヤダ。イヤダイヤダイヤダ」
吐しゃ物を見てみそぐは発狂する。
「シ、シニタ……、オネガイ」
「それはダメだよ。みそぐ」
泣きながら死を懇願するみそぐの後ろに影が忍び寄る。
それは真っ赤な髪に真っ赤な服、目は布で目隠ししているので分からないが、頭には等間隔に角が三本生え、それはまるで鬼のような風貌の青年だった。
「君が死ねば、君の姉さんの幸せは崩れてしまう。姉さんを悲しませたくないだろ?」
青年はみそぐに囁きかける。
「君がこのまま
「ネエサン ノ 幸セ ハ トテモ ウレシイ」
みそぐは口をまるで魚のようにパクパクと動かしながら言葉を紡いでいった。
「そうだろ? だから、死ぬのはダメだ」
青年はニヤリと笑う。
「サァ。【呪い】を拡散させよう」
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