第19話 【腫】

 朱絆神社。今日も朝から多くの参拝客で溢れかえっていた。


「すいませーん。朱糸守ひとつ」

「こっちにも!」


 沢山の女性が朱糸守を求めて列を成す。


「ようこそ。お参りくださいました。今日の分の数はちゃんとあるので、お待ちくださいね」


 神主代理のかなえは手際よく、言われた数だけのお守りを袋に詰めて渡していく。


『そういえば聞いた? このお守りの中は覗いちゃいけないんだって』

『聞いた聞いた。中身を見ちゃった人は死んじゃうんでしょ?』

『こわいよねー。でも、お守りは欲しいよね』

『絶対好きな人と結ばれたいもんね』


 列に並んでいる女性たちがそんなことを話しているのを、かなえは聴きながら仕事をこなしていく。


のろい……か……」


 かなえがぽつりと呟き、物置小屋の方をみる。


「すいませーん。お守り一つください!」


 お守りを求める女性の声でかなえはあっという間に現実へと引き戻されてしまう。


「あら、ごめんなさいね。私ったらぼーっとしちゃって」


 かなえは参拝客に愛想よく笑いながらお守りを授けていった。



「やぁ。かなえさん。今日も大変じゃったな、お疲れ様」


 お守りの授与時間が終わり、一息ついていたかなえの前に一人の老人がやって来た。


「村長。ありがとうございます」


 暁鴉村の村長に恭しく一礼をするかなえ。


「かなえさんところの神社が大盛況だから、村も活気に満ちている。まことにありがたいことじゃ」

「いえいえ、村長を始め皆さんの支援のお陰ですよ。姉弟の二人だけじゃ神社以外のことは対応しきれませんから」


 かなえはそう言って笑う。


「神社の方も手伝い出来たらいいんじゃが、そうすればかなえさんたちの負担も減るだろうし。しかし、ワシらも結構の年じゃから、すまんのぅ。こればかりは力になることができんで」


 村長は残念そうにかなえに侘びを入れる。


「いいんですよ。二人で切磋琢磨して勤めていくことが喜びですから。それで村がさらに賑やかになればそれはせめてもの恩返しなので」

「わしらの方のこそ、かなえさんやみそぐ君に罪滅ぼしをさせて欲しいのじゃ。あの時、かなえさんはみそぐ君は生きて帰ってくるという言葉をわしらは誰も聞き耳を持つことはなかった。かなえさんのことを可愛そうな姉としか見ることしか出来なかった。でも、かなえさんが信じた通り、みそぐ君は帰ってくることが出来た。最後まで信じたお前さんに謝っても謝りきれんのじゃ」


 村長は目に涙を浮かべながら深く一礼をする。


「そんな昔のことなんて、もういいんですよ。みそぐが此処にいる。それだけで私達姉弟は幸せなんです。村長達は見守ってくれるだけで十分なんですよ。だから、涙は拭いてください」


 そう言ってかなえは村長にハンカチをそっと渡した。


「ありがとう。ところで、みそぐ君は居るかの? ちょっと、元気にしているか顔を見たくなってのぉ」

「みそぐなら、ちょっとお勤めで忙しくて。代理の私でよければ相談に乗りますけど?」

「いや、顔をちょっと見るだけで後はスグに帰るから案内をしてくれるだけで大丈夫じゃよ」


 そういう村長の言葉に少し困ってしまうかなえ。


「あの、みそぐは……」


 そう言い出そうとすると、


「おっ、こんなところに居たんだ。探したよ村長」


 かなえと村長が声のする方へ顔を向ければ、そこには酒の空ケースを片手で持つ夏陽の姿があった。


「おー、夏陽君かぁ。どうしたんじゃね?」

「どうしたもこうしたもないよ。夕方に空いた酒瓶取りに行くねって電話したのに、いざ家に行ったらいねぇんだもん。何処かで怪我してないかって心配して探したんだぞ」


 夏陽はぷんぷんと怒る。


「あれ、そうじゃったかの? いやぁ、最近物忘れが激しくてな」

「まだ、ボケるのには早いって。まだまだ村長として大活躍してもらわないと、皆困るじゃん!」

「そう言ってくれると嬉しいもんじゃ。すまんな、かなえさん。ちょっと用事が出来てしまったから、今日はこのあたりで失礼するとするよ。またの機会にみそぐ君とお話させてもらえないだろうか?」

「はい、みそぐには伝えておきます」


 かなえはホッと胸を撫で下ろした。


「村長どうする? 俺の軽トラで家まで送っていこうか? かなえさんところの空き瓶を回収してからになるけども」

「いや、大丈夫じゃ。コレくらい歩かないと体がなまってしまうからのぅ」

「そっか。じゃあ、三十分くらいしたら家によるからちゃんと今度は用意しててよねぇ?」

「わかったわかった。じゃあな。かなえさん」


 村長は軽く礼をして神社を去っていった。

 かなえは終わってふぅ……と息を吐く。


「……俺が居て、助かった?」


 夕焼けに染まる夏陽の表情はいつもと少し雰囲気が違うように感じられる。


「……」


 そんな夏陽を黙って見つめるかなえ。


「あーあ、折角のピンチを救ってあげたというのに、ありがとうの一言でも言ってくれたら嬉しいのになぁー」


 夏陽は残念そうな表情を浮かべた。


「だって、みそぐさん。今の時間帯は面会謝絶のでしょ? 村長がもし会ってたらどうなっていたことか」


 クスリと夏陽が笑う。


「……いつまでこんなことを続けなきゃいけないの?」


 かなえがそう訊くと、夏陽はすっと真顔になってこう答える。




「そんなの、君たちの幸せが続く限りはずっとだよ。それは今も昔だって変わらないじゃないか」

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